応援部隊
群がるアンデッドを倒しつつ前線を押し上げた一行ではあったが、その分犠牲となった者も多くいた。
日が明けてからまだ戦える者を確認したが、あまりの凄惨さに心が折れた者も数多く存在した。
当初は歩兵62、弓兵27、魔道兵28の総勢117名で討伐隊を結成したものの、現在戦える者は歩兵29、弓兵18、魔道兵15の62名となっていた。
「さすがにこの数でアグロス村に行くのは無謀という他ありません。なので、この野営を前線基地とし、応援を待ってみるのがよろしいかと。」
これまで場を仕切っていたロザリオにサンドラが提案する。
一夜明けたというのに、残っている討伐隊の表情はやはりどれも暗い。
「……そうだね。ここからアグロス村まで半日はかかるし、ここから先はさらにアンデッドの数も多くなる。」
消耗が激しすぎたため、一行は一先ずはここで応援を待つことになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜通し見張りをしていたノエルらは交代でテントの中で休息を取っていた。
特にノエルとハイゼルは積極的に周囲のアンデッドと戦闘を行っていたため、マイナと一緒に先に休息を取るようにと配慮してのことである。
「……アンデッドとの戦闘がこれほどまで精神的に来るなんて……」
「仕方あるまい。アンデッドとはいえ元は一般市民。」
「………子供のアンデッドもいたわね……噂には聞いていたけど、暗黒魔術が禁術指定された理由にも納得ね。」
テントで休息を取れと言われていたものの、あまりの惨状を目の前にした手前、そう易々と心が休まらなかった。
会話しているハイゼルとマイナとは別に、ノエルは1人、考え込んでいた。
ノックス様ならばどうするだろうか。
もしここにノックス様がいれば、このまま応援を待ってからアグロス村へと踏み込むだろうか。
討伐隊の消耗が激しすぎ、特に、今残っている先発隊でもこの先戦えるかどうかが分からない。
このまま応援が来たとて、同じことの繰り返しになるのではないだろうか。
……ノックス様なら……一体どうするのか………
「……ル………ノエル?」
不意に自分の名を呼ばれて思考をやめ、振り返る。
「……なんだ?」
「ロザリオへの対処は、前に言っていた通り俺の分身で見張る。それでよいのだな?」
「……ん……あぁ……」
あまり気の無い返事をしたノエルをハイゼルは訝しんだが、肉体的にも精神的にも疲れているのだろうとそっとしておくことにした。
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その後、ラヴィーナ側から応援が駆けつけ、戦闘離脱者はそのまま本国へと引き取られた。
応援に駆けつけた兵は約200名もの大部隊であるが、アンデッドとの戦闘を見聞きした者らしく、あまり覇気が感じられない。
一先ずロザリオとサンドラで作戦概要を説明していた。
応援隊からの報告によると、あと2、3日もすればロンメアとウィンディアからも応援が到着するとの事だった。
「…やはり問題は、アグロス村には現在リッチがどれほどの軍勢としているか、だな。」
「当初の報告では、被害者は約500人。全てがアンデッドにされているなら、今まで倒してきた分と差し引いてもまだ400はいるでしょう。」
「アンデッド1体1体はそこまで驚異ではない。問題は、『浄化』による攻撃で倒すか、火魔術で炭にしないと意味が無いということだ。」
「……それに……彼らは言葉を発します。中には……子供のような喋り方で………」
作戦会議室として使用しているテント内では、ロザリオとサンドラの他にも各小隊長が顔を揃えて議論していた。
「………キミはどう思うんだい?ノエル君。」
不意にロザリオがノエルを名指しし、小隊長らが一斉にノエルを見やる。
「……どう、と言われてもな。」
「キミは他の仲間と違ってアンデッドに対しても狼狽えることなく戦えただろう?まさか、魔族だから人族のアンデッドを殺すことに躊躇いは無いってだけなのかな?」
「…そういう訳では無い。むしろ、アンデッドとして囚われてしまった魂を、俺たちが助けてやれる事は倒すしかない。」
「それは、建前じゃなく本音かい?」
「……何が言いたい……?」
「いや、怒らないでくれ。僕は教会側の人間だからね。魔族は人族を恨んでいるって、そう教えられてきたんだよ。」
「………恨みなどは無い。むしろ、ロンメアにいる人族には感謝もしている。
……そうだな……アンデッドの声に耳を傾けるなとは言わない。嫌でも耳に入ってくる。
だからこそ、アンデッドを始末する度、俺は必ずリッチを倒すと怒りを覚えている。」
「………なるほどね………いや、すまない。試すような事を聞いてね。
でも安心したよ。キミも僕と同じ考えを持っていると確認できてね。」
「……あの………それで、ロザリオ殿?」
「あぁ。ともかくロンメア・ウィンディアからの応援を待とう。特にザリーナ女史が来てくれるなら僕も心強い。」
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その後は何事もなく、ロンメアとウィンディアからの応援隊と合流した。
ロンメアからはザリーナ率いる兵が50名、ウィンディアからはシリュウ・メローネ率いる兵が100名加わった。
その際、ロザリオはザリーナの顔を見るなり手を挙げ、挨拶を交わす。
「やあ!ザリーナ女史!久しぶりだね!」
「……貴殿は……ロザリオ……か……!?まさか貴殿もリッチの討伐に!?」
「そういうこと。リッチなんて放っておくわけにいかないだろう?12使徒になった今、僕が代表してここに来たんだよ。」
「…何……!?貴殿が12使徒だと……!?……いや、それはともかく………まさか教会から援護が来るとはな……」
「そんな事より、早速キミたちにも作戦概要を伝えておくよ。あとであそこのテントに来てくれるかい?ウィンディアの隊長さんも。」
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明朝。
早速一行は隊を生してアグロス村へと向かう。
アグロス村へと1歩近づく度に、嫌という程嗅がされた腐敗臭がきつくなり、応援部隊は顔を顰め、先発隊は嫌な汗をかいていた。
一行の姿に気付いたアンデッドは唸り声とも悲鳴とも取れる声を上げながら襲いかかる。
人間の頃の記憶を有したアンデッド。
言葉を発するアンデッド。
それを相手にするのがどれほど苦痛か、応援部隊はすぐさまそれを知らされる事となった。
遠目からでもアグロス村が見えてきたが、とんでもない量のアンデッドがアグロス村周辺に屯しているのも確認できる。
が、それと同時にアグロス村の上空には黒い霧のようなものまで見て取れる。
当初はリッチによる暗黒魔術の魔力かと思いきや、近づくにつれ否応なくそれが何なのか知らされる。
それは、大量のハエであった。
空を埋め尽くさんとする大量のハエがアンデッドの死肉に群がり、卵を産み、ウジが沸き、死肉を貪り、それがまたハエとなり、卵を産む、を繰り返す。
討伐隊は当初はハエを手で払い除けようとしていたが、それは全くの無意味であると知った。
「戦闘隊形に入ります!!弓兵、魔道兵は所定の通りに!!」
サンドラの掛け声により隊が散開し、弓兵と魔道兵はなるべく高い位置を取るべく周囲の丘へと駆け上がる。
「……それじゃあ、僕らも行くよ!!」
弓兵らが丘へと駆けていくのを確認したロザリオが皆に合図を送り、歩兵部隊はアンデッドの山と化しているアグロス村へと入って行った。