コリンたちの選抜試験3
辺りはすっかり暗くなり、コリンたちはテントを設営し、薪を集めて火を起こして暖を取っていた。
風は木が遮ってくれるおかげで幾分かマシに思えるも、それでも夜となると凍えるような寒さで肌が痛くなる。
試験が開始されて今まで戦闘など1回も無いものの、さすがに無警戒という訳にはいかずに交代で見張りを立てることとなった。
最初の見張りはコリンとアイザックが申し出、2人は焚き火に当たりながら他愛のない話をしていた。
「…それで?コリンはもうアテナに告白したのか?」
「…ぶっ!!」
思ってもみない質問のせいでコリンは驚き、飲み物が器官に入って咳き込む。
「ゴホッゴホッ……な、なにを言うんだよアイザック…!…アテナとはそういうんじゃないし…!」
「へぇ…仲良さそうにしていつも一緒にいるからてっきりね。」
「…それは幼なじみだし……ってかそんなことどうでもいいだろ!」
「はいはい。」
「そんなことより、アイザックはどうして王国兵に志願したんだ?」
「ん?そりゃあ決まってる。モテるためにだよ。」
「……それだけのためにか……?」
「んー、まぁ、ノックス様に恩返しをしたいってのも当然あるけどね。でもやっぱり、俺自身がもっとモテたいから受けるのさ。」
「……へぇー……」
「そう言うコリンはなんで受けたんだ?」
「……僕は早くに両親がいなくて、ずっと姉ちゃんが僕の世話をしてくれたんだ。
ノックス様への恩もあるけど、今度は僕自身が姉ちゃんを守れるくらい強くなりたい…
そう思って志願したんだ。」
「立派だねぇ。少なくとも俺なんかよりも。」
「………………」
コリンはこの試験を受けようと決意した時の気持ちを振り返る。
確かにその気持ちで志願した事に変わりは無い。
が、現実のところ、こうやって安全策を取りながら皆で固まって過ごす、という状況は、果たしてあの時の決意に反することではないだろうか。
そんな思いが頭をよぎっていた時であった。
「……それにしても、いざこれで1週間過ごすとなってもヒマだねぇ。」
「……しっ……」
「……ん?なんだいコリン?」
「静かに…!何かの音がする…!」
コリンが指摘したように、どこからか微かにする異音。
その音の原因を探ろうと立ち上がって辺りをキョロキョロと見回すと、森の奥から発生している。
コリンらがその方向を注視していたが、何者かの悲鳴が聞こえ、コリンは慌ててテントの中の2人を叩き起した。
「起きろ!!モンスターが近い!!」
「……ん……なに…………」
「モンスターだ!!早く起きろ!!」
「……モ、モンスター!!?い、急いでミラ!!」
「…は、はいぃ!!」
飛び起きた2人は目を擦りながらも急いで支度を済ませ、武器を手にテントの外へと現れた。
『ひぃぃぃぃ!!!!』
『だ、誰かァァ!!!!』
『助けてくれぇぇぇええええ!!!!』
悲鳴が近づき、コリンらだけでなく周囲の者もその異変に気づき、テントから出て警戒態勢を取っている。
ようやっとシルエットが見えてきたかと思いきや、参加者の一団の背後に一際大きな黒い物体が何十頭、唸り声をあげて襲いかかって来ている。
シルエットが露になったそれは、『ブラックグリズリー』という凶暴なクマのモンスターであった。
「やばいやばいやばい!!ありゃブラックグリズリーだ!!」
「……こ、こっちに向かって来てます……!!」
「どうするのコリン!?」
いきなりの事態にコリンはパニックを起こしそうになるも気をしっかりと留め、ミラに向かって指示を出す。
「ミラ!!あの人を襲ってるブラックグリズリーに攻撃を!!」
「…は、はい!!」
逃げ惑う参加者の一人が足がもつれ倒れ込んだ所へ、ブラックグリズリーがまさに襲わんとする所で、ミラから火魔術が飛ぶ。
いきなりの魔術で多少怯んだスキに参加者は急いで起き上がって再度逃走を試みた。
「くそっ!なんでこんなにも数が!!」
本来冬のシーズンにもなればこのブラックグリズリーらは冬眠に入るため、冬場に会敵することは有り得ない。
だが、このブラックグリズリーらは異常繁殖で食糧難により冬眠できず、こうして参加者らに襲いかかってきたのだ。
逃げ惑う参加者の中には自分の持ち込んだ食料をブラックグリズリーに投げつける。
すると襲いかかってきたブラックグリズリーは足を止め、投げられた食料を夢中で漁っていた。
それを見た他の参加者らも同じように自分の食料を投げつけ、ブラックグリズリーらの注意が逸れた。
その食料に当たらなかったブラックグリズリーらはそのままコリンらに向けて突進してきている。
「ま、まずい!!こっちにも来る!!」
「コリン!今のあたしらじゃこの集団には勝てないわ!!」
「分かってる!僕らも食料を!!」
「おいおいコリン!!そんなことしたら俺らの食料が……」
「背に腹はかえられない…!!とにかく今は生き延びることが最優先だ!!」
「くっ……それもそうだな……!!」
コリンらは仕方なく持ち込んでいたありったけの食料をブラックグリズリーらに投げつけ、注意が逸れた所で退避した。
他の参加者らも同じようにブラックグリズリーらに食料を投げつけていたらしく、その食料で満足したブラックグリズリーは食料が入ったカバンをそれぞれ咥えて森の奥地へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結果として死者が出ることは無かったものの、重症を負った数名が脱落となり、救難信号を出して運ばれた。
コリンらは4名全員ケガもなく、難を逃れることに成功したものの、状況はハッキリ言って芳しいものではなかった。
それは他の参加者らも同様で、食料の大半を無償でブラックグリズリーに提供してしまったようである。
状況が落ち着いて来たところで冷静さを取り戻し、今自分たちの状況がいかにマズイことになっているかを理解し始めた。
「……おいおい……初日から食料全ロストだなんて……」
「……でも、そうしなければ代わりにあたしらがあのクマに食い殺されていたかもしれないのよ!」
「いや、そりゃ分かっちゃいるさ。ただ、生き延びれたはいいものの、これからどうして1週間も過ごそうってさ……」
「……ご、ごめんなさい…!!あたしの魔術が弱いせいで……」
「……ミラのせいじゃないよ………僕らは戦うこともできなかった………」
コリンはこの最悪の状況の中、頭の中で色々と整理していた。
なぜこうなったのか?
どうするべきだったのか?
もしもこのままここに居座れば、もしかするとまたブラックグリズリーらが現れてくる可能性も高い。
当初は楽観的に捉えていたこの試験が、いかに厳しいものであるかをコリンらはヒシヒシと感じていた。
『食料が無くなった。』
たった一つの事柄であるにも関わらず、それだけでこの試験の厳しさが大きく跳ね上がってしまったのだ。
それはどの参加者も同じであり、中にはケンカまで始めている集団もいた。
そんなことでどうするのか。
コリンはアテナが言った『ノックス様はかなりの策士である』との言葉を思い返す。
そして、自分自身が感じていたノックスが甘いとの考え。
甘いのはノックス様ではなく自分ではないか。
「……ともかく移動しよう。このままここに居るとまた奴らが襲ってくるかも。それに……」
「……そうだな。それに、こうなってしまった以上、食料を巡って他の参加者との争いに巻き込まれるかもしれないな。」
まだ夜が明けていないにも関わらず、コリンらは早々にテントを片付け、他の参加者と距離を取るべく夜の森を歩き始めた。