ウィンディアからの賜り物
この日、ノックスは王城の裏手にある厩舎へと訪れていた。
ウィンディアから戴いた馬の様子を見るのと、自身の馬術の訓練のためである。
ウィンディアより賜った3頭の馬はそれぞれ白、黒、栗毛であり、毛艶もよく品質の良い馬だと素人目でもわかるほどの上質な馬であった。
厩舎には他にも数頭馬がおり、厩務員には2人のゴリラの獣人族が世話をしていた。
「あぁ!ノックス様!こんな所に来るなんて珍しいでやすね!今父ちゃんを呼んできやす!」
獣人族の少年は駆け足で父親を呼びに行き、ノックスが来たとのことで父親も大慌ての様子でノックスの元へと駆け寄ってきた。
「こ、これはこれはノックス陛下!!あっしらが馬らの世話をしております、『グルー』と言いやす。こちらは息子の『リラ』でやす。
わざわざこちらにまで足を運んで頂いたのにこんな格好で…」
「いや、そのままでいい。というか、遠慮するな。」
「へ、へぃ!」
「それで、この3頭がウィンディアから賜った馬だな。素人目でも分かるが、上質な毛並みだな。」
「それはもう!さっすがはシアン国王でやす!長ぇこと厩務やらせてもらってやすが、ここまで良い毛並みに美しいフォルムをしとる馬は、そう滅多と拝めねぇでやす!」
「だろうな。」
「けんども、この黒毛の子は少々やんちゃくれでやして…」
「へへっ!この前父ちゃん、試しにこの子に乗ろうとしたら振り落とされちゃってたでやす!」
「…こ、これこれリラ、要らん事言わんでええ。
……そ、それよりノックス様、今日はノックス様専用の馬でも見に来たんでやすか?」
「…馬に乗ったことがないんだが、そんな俺でも乗りやすい馬はどれだ?」
「白い子は比較的大人しいかと思いやす。まあ、物は試しで一度乗ってみてくだせぇ。」
グルーに促され、ノックスは馬を一頭ずつ試し乗りしてみることとなった。
前世でも乗馬を体験したことがないノックスにとって新鮮な体験であった。
乗ってみた感じとしては、ノックスがたどたどしく騎乗しても嫌がらない大人しい馬もいれば、少々不快そうに鼻を鳴らす馬もいた。
白毛の馬はグルーの言っていたようにとても穏やかな性格をしているらしく、ノックスが乗る時もかなり大人しくしていた。
栗毛の馬はわんぱくな性格なのか、ノックスが騎乗する前から勝手に歩き回ったり、ノックスが騎乗しても色々な場所へと歩き回っていた。
「……ふむ……やはりグルーが言っていたように白毛の子はかなり大人しいな。」
「へぃ。初めて乗られるという事であれば、この子なら乗りこなしやすいかと思いやす。」
「最後は例の黒毛の馬か。」
「だ、大丈夫でやすか…?ちいとその子は気性が荒いようでやすが……」
ノックスはグルーの忠告を聞きながらも、黒毛の馬を見つめる。
馬もまた、ノックスをまるで品定めしているかのうな目つきでもってノックスを見つめていた。
「…ふむ。まあ物は試しといこうか。」
「もしその子が暴れたりしても、ノックス様は冷静にしてくだせぇ。それと、振り落とされないように注意するでやす。」
「了解した。」
ノックスは馬の横からステップへ足を掛け、騎乗する。
が、やはりというか、馬はノックスを嫌がり、高らかに鳴き声を上げたかと思うと立ち上がり、ノックスを振り落としにかかった。
「と、父ちゃん!!」
「落ち着くでやす!!どうっ!!どうどうっ!!」
早速グルーとリラの2人で馬を宥めようとしていたが、荒馬のように暴れる馬はノックスが落ちるまで暴れ続ける。
「……落ち着け。俺は敵では無い。」
暴れる馬を屁とも思わないノックスは振りほどかれることなく馬に優しく語りかける。
だが馬は聞き入れる様子もなく、尚もノックスを振り落とそうと暴れていた。
ノックスは荒馬に乗りながらも、前世でもし同じことが起きたら速攻で落ちてるな、などと悠長に自己分析を行っていた。
いつまで経っても振り落とせないノックスに馬が苛立ち、馬はさらに暴れ始める。
平然としているノックスとは対照的にグルーはなんとか馬を落ち着かせようと奮闘していたが、不意にリラが巻き込まれ、リラが転倒する。
そこへ今度は後ろ足がリラを襲った。
「リラァァアアア!!」
だが、寸前でノックスが魔障壁を展開させ、蹴りがリラを襲うことは防がれた。
蹴るつもりが無かったとはいえ、危うく子どもの命を奪いかねない事態となってしまったことに、ノックスは少々肝を冷やした。
静まる様子のない馬に、仕方なくノックスは飛び降りた。
すると、そこへ馬が前足をあげて叩きつけにかかるも、魔障壁を展開するでもなく片手でその攻撃を受け止めた。
「…随分と甘やかされてきたのか…しっかりと躾が必要のようだな。」
怒りに満ちた目でノックスを睨みつけていた馬だが、ノックスは声を荒らげるでも、増してや、隠密スキルを切るでもなく、毅然とした態度で馬の目を見返す。
怒りの目つきで睨む馬と、怒るでもなく静かに馬を睨むノックス。
やがて馬は諦めたのか、ノックスを叩きつけようとしていた前足から力が抜け、くるりと踵を返して離れていった。
「…ノ、ノックス様ぁぁああ!!無事でやすか!!?リラの命まで助けていただいて感謝の言葉もございやせん!!」
「ノックスさま、ありがとでやす!!」
「礼はいい。しかしながら、本当に気性の荒い馬だな。ああいう時はどちらが上か、ガツンと分からせてやったほうがいいのか?」
「い、いえいえ!そうしてぇのは山々でやすが、そうしちまうと信頼関係が崩れることにも繋がるでやす……まあ、あの子に関しちゃあ長い目で躾けるしか無ぇでやすね……」
「…なるほどな…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスはその後も合間を見ては乗馬の訓練を続けた。
さすがに黒毛の馬に乗る訳にもいかず、気性も穏やかな白馬に乗って訓練を続けることとなった。
その様子を、少し離れた場所から姫スケルトンがウットリと眺めていたのだが。
ノックスは乗馬と並行して馬車に改良を施すべく職人を集め、話し合いも行う。
それは、馬車の足回りに関する事だ。
舗装されている地球とは違い、こちらの世界は土の道であり、ロンメアで初めて馬車に乗った時はそのあまりの乗り心地の悪さを初めて知ったのだ。
その時にも考えたのだが、馬車にサスペンションを施そう、というのだ。
地面の凹凸に対し、タイヤだけが上下に動く仕組みを簡単に説明すると、職人たちは感嘆の声を漏らしていた。
ノックスはこの日はある程度馬術が上達したのもあり、ルナを連れて厩舎へと訪れた。
「あ!ノックス様!こんにちわ!!…あれ?その人は…?」
「どうも。こちらは俺の妹のルナだ。」
「初めまして、ルナです。宜しくね。」
「初めまして!リラでやす!父ちゃん呼んでくるでやす!」
その後、ノックスは白馬に跨り牧場内をカッポカッポとリズム良く歩かせる。
馬の歩くリズムに合わせてノックスも姿勢を保ちつつ上下に体を揺らす。
「うわぁ…!お兄ちゃん、上手い上手い!」
「ふふん。」
「さすがはノックス様でやす!この短期間でここまで乗れるなんてすごいでやす!」
「あたしも乗ってみたいなあ……」
「すぐには難しいぞ。気性の荒い馬もいるからな。」
グルーはルナが試乗する馬を選別しようとした時だった。
例のあの黒毛の馬がルナに近寄り、顔をすりすりとルナの胸元へと当て、まるで甘えているかのような態度を見せた。
「あはっ!くすぐったいよぉ!」
「あぁ!ル、ルナ様!!」
「ねえグルーさん!この子に乗ってみてもいいかな?」
「…え…い、いやでもその子は……」
答えあぐねるグルーだったが、馬はどうぞと言わんばかりにルナの騎乗を待っているかのようであった。
「……まぁ、何かあったら俺が止めるさ。」
「そ、そうでやすか……なら、どうぞルナ様。乗ってみてくだせえ。」
「やった!よろしくね!」
その後、ルナが騎乗したが、馬は暴れる気配など一切見せることもなく、むしろご機嫌な様子でルナを乗せて歩き回っていた。
その様子を静かに見守っていたノックスとグルーは、静観しつつも思うところがあった。
「そういえば、この子、名前は何て言うのー?」
「…へっ…!?……いやぁまだ決めとらんでやすが…」
「ならあたしが名付けてもいい?」
「…ど、どうするでやすか、ノックス様?」
「…構わんが。」
「やった!んー、じゃあどうしようかなぁ…」
「悩むなら、『どスケベ太郎』という名はどうだ?」
「絶対やだ!!」
「なら『尻敷かれタイゾー』は?」
「……お兄ちゃん、ふざけないで。」
「………………」
「んー、そうだなぁ………じゃあこの子の名前は、『ブルース』!よろしくね!ブルース!」
ブルースと名付けられた馬は嬉しそうにヒヒンと鳴いて、その後も上機嫌にルナを乗せていた。
心無しか、変な名前を提案したノックスを煽っているかのような表情をしているようにも見える。
その後、ノックスはウィンディアから賜った他2頭のうち、白馬に『シリウス』、栗毛に『アトラス』という名前を付けた。