初メイド
朝日が上り、小鳥が囀り始める頃、何時ものようにノックスは起床する。
季節的にはとうに秋分を過ぎ、朝日が昇る時間も徐々に遅くなり始めていた。
とは言えまだ寝静まってる者が多く、イブリース王国は静かな朝を迎えていた。
起床したノックスは汲んでいた水をやかんに入れ、火を入れる。
沸騰した湯をティーポットに入れ、蓋をし、湯でティーポットを温める。
その間にスプーンで紅茶葉を掬い、量を確認する。
ティーポットの湯を捨て、先程用意した茶葉を入れ、高い位置から再度熱湯を注ぎ入れ、茶葉を撹拌させつつポットを満たす。
蓋をしてしばらく待ち、十分に紅茶葉から成分が浸出されたところで蓋を開け、スプーンで撹拌し、それでようやくティーカップへと注ぎ入れる。
紅茶の香りを楽しみつつ、ノックスは椅子に腰掛け、机に置いてある茶菓子をひとつまみしつつ、紅茶を口に含んで堪能する。
ナバルより美味しい紅茶の煎れ方を教わってからの毎日のルーティンである。
しばらくすると扉をノックする音が鳴り、扉越しに女の声が聞こえた。
「おはようございます、ノックス様。お邪魔させていただいても宜しいでしょうか?」
「……ん?…あぁ、いいぞ。」
そう言って扉を開け、入ってきたのは女性であった。
「改めて、おはようございますノックス様。本日より、ノックス様の身の回りのお世話をさせていただきます、『アイリーン』という者でございます。
何卒、宜しくお願い致します。」
アイリーンは髪を後ろで束ね、控えめな化粧にオシャレなエプロンを着飾った40代程の人族の女性であった。
ノックスは表情には出さなかったものの、心の中では(メイドが来た!!)と喜んでいた。
「……あのう……ノックス様……?」
「ああいや、すまない。アイリーンだったか。宜しく頼む。」
「はい!ノックス様の身の回りの事に関しましては、何なりとこのアイリーンにお申し付けくださいませ!」
「メイドはアイリーンの他にも?」
「はい!私はノックス様の専属となりますが、他にも王城に仕える召使いが何人も雇われております。本日、皆から挨拶がありますが、取り急ぎご挨拶をと思いまして。」
「そうだったのか。」
「ノックス様は朝紅茶を飲まれるとお聞きしていたのですが……どうやらそのご様子だとすでに……」
「ん?ああ、これは俺のルーティンみたいなものだ。」
「……この香りはウィンディア産の茶葉ですかね……少し香りが抑えられている気もしますが…」
「……ほう?アイリーンも紅茶に詳しいのか?」
「精悦ながら、多少知識はございます。」
「……ほう……ならば、この紅茶を味見してみてくれ。」
「このアイリーンで宜しければ、お付き合いさせていただきます。」
ノックスはカップを取り出して注ぎ入れ、アイリーンは注がれた紅茶を鼻に近づけ香り、そして一口含んで下の中で転がし、飲み込んだ。
「……ふむ……やはりこちらはウィンディアの茶葉とどこかの茶葉をブレンドしていらっしゃいますね。この独特の深みのあるコクは……ロンメア南部の茶葉でしょうか?」
「その通りだ。良くそこまで分かったな。」
「いえいえ、ノックス様こそ、紅茶を楽しんでいらっしゃって、とても良いご趣味だと存じます。」
「アイリーンの紅茶も出してくれるのか?」
「了解致しました!このアイリーン、ノックス様のお口に合う紅茶を煎れさせていただきましょう!」
「それは楽しみだ。」
「では、お召し物をお着替えなさいますか?」
「…え?…あぁいや、それくらいは一人でできる。」
「そう仰らずに、何なりとこのアイリーンにお任せ下さい。」
ノックスの部屋に他に2人のメイドが現れ、自己紹介をする。
それぞれ名を『イチカ』と『ニコ』と名乗り、アイリーンに比べてこの2人は10代後半の若い女性のメイドであった。
アイリーン主導の元、イチカとニコも手伝ってノックスの着替えが行われたが、前世でもこんな事をされた事がないノックスは気恥しさを覚えながらも着々と着替えを済ませた。
「…この服は…」
「コチラは我々がノックス陛下の為に拵えたロングコートにございます。
さすがはノックス陛下、とってもお似合いですわ!」
着せられたロングコートは黒をベースとし、煌びやかな装飾と刺繍がなされていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、朝食を済ませたノックスは謁見室へと足を運ぶ。
そこにはすでにローシュ他、ナタリア、リドル、ジェラート、ヨハンナ、キリト、セト。スケルトンらもそこに居た。
その他にも使用人として雇われることになった者が10数名、整列していた。
「おはよう。」
「「「「「おはようございます!!」」」」」
「さっそく今日の議題に取り掛かろう。」
謁見室ではローシュが進行役となり、話が進む。
今回の議題は、王城での使用人の紹介と、マイナたちや元衰弱病の患者らが正式にイブリース王国国民となる旨などであった。
特にマイナの弟であるコリンはイブリース王城兵への入隊まで志願しているほどである。
「…と言っても、まだ軍そのものが作ってはないが……そうだな。
ノエルらが帰ってくるまでにその辺りも詰めておこう。
それよりも、使用人の皆、改めて宜しく頼む。」
「「「「はい!!!!」」」」
使用人らはそれぞれ挨拶を行った後、各々任された業務を全うするべくさっそく取り掛かった。
「それで、ノックス様。各スケルトンらにはどのように?」
「……ふむ。ここにいる12体のスケルトンは、姫と侍女以外は全員戦闘が専門だからな。
侍女には料理長をやってもらいたい所だが、構わないか?」
ノックスに聞かれた侍女は「お任せを!!」と言わんばかりに膝を着いて頭を垂れた。
「他のスケルトンは志願兵らの訓練要員として配属させる。」
こちらも同じく皆膝を着いて頭を垂れる。
「姫は何か得意だったり好きな事は?」
ノックスの問いかけに姫は裁縫の動きをして見せた。
「…裁縫…か?」
「そういえば姫殿はノックス様のそのロングコートの刺繍を張り切ってやっておったな。」
「そうなのか。このロングコート、素晴らしい出来だな。俺の丈にピッタリだと思っていたが……そうか……姫が主導して作ってくれたのか。」
褒められた姫は少女らしい照れくさそうな仕草をしていた。
「ならば姫はその裁縫技術を活かしてみてくれ。いずれこのイブリース王城の隊服を用意しないとだしな。」
姫は「お任せ下さい!」と言わんばかりにスカートを軽く持ち上げぺこりと頷いた。