たった1人の兄妹
「ここはこうすべきだろう。」
「いやいや、その前にここの設備を……」
「それならこっちからやったほうが……」
王城建設現場付近にある大きいテント内では、各部署の責任者があれやこれやと意見を交わしている。
ここ数週間、あまりにも多忙を極めていたため、ノックスは少し眠そうであった。
一緒にいたノアはノックスの足元ですやすやと眠っている。
その時、突如としてテントのパネルが開かれ、聞き慣れない若い女性の声がしてハッとする。
「お兄ちゃん、ここにいますか!!」
「……ルナ……!?」
「おぉ、ルナ様か。どうしたのだ、こんな時間に。」
「ちょっと、お兄ちゃんと話したいことが。」
「…分かった。皆はそのまま続けてくれ。」
ノックスは立ち上がり、皆に後を任せてルナと共にテントを出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスとルナは人のいない港近くの浜辺に訪れる。
2人の後ろからはノアと騎士スケルトンも追随していた。
「ここなら静かだな。」
「ごめんね。無理言っちゃって。」
「構わん。それで、俺に話とは?」
「……あたしね、お兄ちゃんに助けてもらってから、ずっと塞ぎ込んじゃって……」
「…………」
「お兄ちゃんは凄いのに、あたしなんて全然役に立たないなって……」
「……………」
「…でも、もうそうやってウジウジするの、辞める。あたしにはあたししか出来ないことが必ずあるって。」
「……………」
「……だから、その………色々気を遣わせてごめんね。」
「……もう、大丈夫なんだな?」
「…うん。ちょっと時間掛かっちゃったけど、あたしはこっから頑張る。」
「それなら良かった。」
「……とりあえず今日はそれを伝えたかった。こうやって言葉にしたかった。」
ルナは優しく微笑み、ノックスも優しく微笑み返すも、すぐさま険しい表情を浮かべた。
「……ルナ。俺も、お前には伝えなければならない事がある。」
「……ん……?」
「それによっては、お前を悲しませることになるかもしれん。
だが、それでも伝えなければならない。」
「……どうしたの……?」
「………俺は………俺は………1度死んでいる。」
「……え……?」
「…この体の本当の持ち主であるノックスは、13年前に『悪魔の口』に落とされた際に死亡した。
今の俺は、その時に異世界より転生した魂が定着した……いわば……別人だ。」
「……ど、どういう…こと……?」
「理屈は分からない。が、今の俺は、ルナの本当の兄ではない。」
「………そ……そんな…………」
「だが、ハッキリと分かる。俺のこの体には、ルナの本当の兄の魂が微かに残っている。
嘘みたいな話かもしれないが、本当の話だ。」
「……………」
「…………………」
「……なんで……」
「…………………」
「………なんで……それを明かしたの……?」
「……たった1人の妹を……騙したくはない。」
「……………」
「…………………」
長い沈黙が二人を包む。
それも無理もない。
ルナは俯き、表情が窺えない。
「……本当に…今その体の中に……本当のお兄ちゃんがいるの……?」
「……あぁ。」
俯いたままのルナは、いきなりノックスの胸に飛びついた。
「……ルナ……?」
「……お兄ちゃん……お兄ちゃん………!」
「………………」
「……お兄ちゃんはずっと見守ってくれた……昔も今も………ずっと見守ってくれた……」
「……ルナ……」
「……今のお兄ちゃんが本当のお兄ちゃんじゃなかったとしても……あなたはあたしのお兄ちゃん……」
「………………」
「……お兄ちゃん……ありがとう……
……本当のこと、言ってくれて………」
「……俺のほうこそ……ありがとう……」
ルナは更に力を込めてノックスに抱きつき、ノックスもそれに応えるように頭を優しく撫でた。
ルナはノックスから離れると、照れながらも少し嬉しそうにしていた。
「…あはは……お兄ちゃんもまだ持ってるんだ。フォレストボアの牙。」
「……ああ。すまない、痛かったか?」
抱きついたときの感触か、ルナはノックスの胸元にあるフォレストボアの牙に気づいたようだ。
ノックスは首飾りにしていたフォレストボアの牙を首元から引き出した。
「ううん。大丈夫。えへへ。あたしもまだ持ってるよ。」
ルナもまた、フォレストボアの牙を首飾りとして所持していた。
「……それにしても……良かった……あなたみたいな人が、お兄ちゃんの体に転生してきてくれて。」
「……本当は悲しませてしまうんじゃないかと。黙ったままのほうが、ルナにとっていい事なのかもとかなり悩んだが……」
「……うん。ちょっとだけ、悲しかった。
……でも、もう大丈夫。お兄ちゃんはお兄ちゃん。
あたしにとって、たった1人の兄妹なんだもん。
だから…あたしも、もう目を逸らさない。」
「……さすがは俺の妹だ。」
「うん!まずはここから!あたしも頑張る!
だから、お兄ちゃんももう少し気をつけてね!」
「……ん?……気をつけるって、何をだ?」
「寝癖そのまんまだったり、ボタン掛け違えたり。見てる人は見てるんだから!」
「……え……寝癖……だ、誰も何も言ってくれないから……」
「みんな遠慮しちゃってるの!お兄ちゃん、近づき難いオーラとか出してるから。」
「……そんなオーラ……出しているつもりはないんだが……」
「……ふふっ……あ、そういえば、お兄ちゃんはどうしてこの世界にやってきたの?」
「……前世で俺は死んだのは確かなはずだ。」
「…んーっと、じゃあその時に誰かが魔法でも?」
「いや、俺のいた世界は魔法など存在しない。そういった物は架空のお話でのみ存在する程度だ。」
「…え……魔法が無い世界とか……どうやってモンスターと戦うの?」
「……そうだな……」
ノックスはルナと横並びで座りながら、自身の前世での暮らしについて話す。
日本という国で過ごしていたこと。
科学文明が発達し、その技術で人類が月に行ったこともあること。
漫画やテレビ、インターネットなど、あらゆる娯楽で満ちていたこと。
ルナは興味津々で聞いては驚き、目を輝かせていた。
「……それで、お兄ちゃんは…その……前世で、なぜ死んじゃったの……?」
話が一旦落ち着いた所でルナから質問がきた。
ノックスは一旦深呼吸をし、自分が死んだ状況について詳しく話した。
「……という事故で、俺は死んだんだ。」
「………そっか………」
二人の間に若干の沈黙が続いたが、それを破ったのはルナだった。
「……そういえばさ、お兄ちゃんが死んだ時、他の人も死んだんだよね?」
「……そのはずだが……?」
「……もし、お兄ちゃんが死んだ時に、そっちの世界とこっちの世界が何かしら繋がってたと仮定するならさ……その……
……事故で死んだ他の人たちも、もしかしたらこの世界に転生してきた、って可能性も…あるよね…?」
ノックス自身もその可能性については考察したことがある。
むしろ、自分だけ特別この世界に転生できた、とは考えづらいからだ。
何よりも、地龍は『転生』という言葉を知っていた。
もしもそうであるならば、あの場で死んだと分かっているのは自分を含めて3人。
元婚約者と後輩だ。
相手方の車に乗っていた者たちがどうなったかまでは知らない。
「……その可能性は高いだろうな……」
「……その人たちがもしこの世界で転生しているとしたら、お兄ちゃんは……」
「……恨まれているかもしれないな。」
「……でもそれはその人たちが……」
「どういう理由であれ、俺が彼らの命を奪ったことに変わりはない。」
「……………」
「心配するな。彼らの死は俺に責任があるが、この世界で彼らが俺に復讐しに来たとしても、俺はそれを甘んじて受け入れるつもりはない。」
「……うん……
……でも、本当に良かった。」
「……ん?」
「お兄ちゃんに転生してきたのが、その人たちじゃなくて、お兄ちゃんで……
……だから、1つ約束して。」
「…何を?」
「…絶対に教会の連中になんか負けないで…!
あたしもそのために、何か出来ることを絶対に探し出して、この国のために全力を注ぐから。」
「…あぁ…!!
ルナも遠慮せず何でも言ってくれ。」
「ふふっ…例えば、『お兄ちゃん、寝癖ついてるよー!』とか?」
「あぁ。皆が遠慮して言いづらいことも含めて、だな。」
ノックスとルナは波が打ち寄せる浜辺にて、微笑み合い、13年間の鬱憤を晴らすかの如く、いつまでも他愛の無い話をしていた。




