『保存』
あれからも拠点作りは順調に進む。
基本的にローシュが主導して行っているが、所々にノックスの嗜好が施される。
ノックスがダンジョン作りの次に着手したのは治水である。
ダンジョン作りで大量の土が盛り上がっていたため、それを有効活用すべく、近くの川をダムとして利用するのだ。
『水を貯めることでなぜ治水となるのか。』
当然その疑問が湧き上がったが、ノックスの口から簡単に説明する。
「川の水というのは天候によっては氾濫することもある。あるいは、降水量が少なく、枯渇することもある。
川の水を減らしたい時に減らし、増やしたい時に増やすために貯水するんだ。」
「……なるほど……それでここまで大きな仕掛けを施すと……
この仕組みは水の勢いを利用してエネルギーを貯める装置、というわけか……」
ダムには水車を設置して発電設備を作成し、そこで得られる電気を蓄えるための魔石を仕込んでいた。
他の魔道士らは川の護岸工事を行うのと、生活用水を溜め込むタンクを製作する。
上水道の配備である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街づくりが着々と進んでいたが、ノックスはセトを引き連れ、ドワーフ族の職人がいる工房へと訪れていた。
「悪いな、セト。」
「いえ。それで、俺に頼み事って?」
「セトの持つ『保存』の固有魔法が必要でな。」
「そういえば前に言ってましたね。便利とかって…
…でも、大ハズレの固有魔法ですよ…?」
「使い方次第だ。他人の魔術を保存することは可能か?」
「……え……?た、他人の…ですか…?」
「例えば、俺が今から行使する魔術の保存だ。」
そう言うとノックスは手のひらから風魔術を行使し、小さな竜巻を作った。
「……やったことはありませんけど……やってみますね。」
セトは竜巻に向けて『保存』を行使してみた。
すると、それまで渦を巻いていた竜巻がピタリと止まり、魔術そのものが途中で静止した。
「……思った通りだ……」
「……え…?……これが、役に立つんですか?
魔術なんて保存したってあんまり……」
「この『保存』を行っている間はセトのMPが減るのか?」
「いや、発動にのみMPが必要なんで、持続させるのには必要ないですね。」
ノックスは静止した竜巻を手で摘み上げ、地面へと置いた。
近くにあった小石をそれに飛ばして当てると、途端に『保存』の効果が切れ、竜巻は渦を巻き、やがて消えていった。
「……あの……ノックス様…?」
「……これはかなり有用な魔法だ。」
「…え…?」
「この魔法を使えば、あらゆる魔術をそのままその状態で保存できる。しかもそれは、衝撃を与えれば効果が切れる。
見極めさえすれば、相手が放ってきた魔術を全て『保存』により、ある意味無効化することすら可能だ。」
「……で、でもそれだと、かなり近くに引き寄せてからじゃないと……」
「だからこそ見極めだ。
…いや、それよりもだ。」
ノックスは続いて、工房に置いてあったパイプを持ち出す。
「少々借りてもよいか?」
「えぇどうぞ。」
この鍛冶屋はジェルゾの元で鍛えられた職人であり、『モロゾフ』という名であった。
ノックスは借りたパイプを持ち、手のひらに魔術を行使する。
「今度はこれを『保存』してくれ。」
「了解です。」
ノックスがセトに『保存』させた魔術は小さな砂の球体であった。
ただし、それは単なる球体ではなく、風魔術で空気ごと圧縮させた物である。
続いて地魔術でパイプの穴より少し小さい石を形成する。
その石をまずパイプへと入れ、続いて砂の球体を入れる。
「離れていろ。」
ノックスの指示でセトとモロゾフが距離を取る。
それを見やったノックスはその後、パイプの先端を10メートルほど離れた岩へと向ける。
その後、地魔術でハンマーを作成し、砂の球体を叩いた。
すぐさま『保存』の効果が切れ、圧縮された空気が爆散する。
そのエネルギーにより石を押し出し、反対側の穴から勢いよく飛び出した。
原始的な大砲である。
飛び出した石は目標に定めていた岩に見事命中し、弾痕を形成していた。
「…ふむ。威力はまずまず、といった所か。さすがにこのまま使用する訳にはいかないが。」
その様子を離れて見ていたセトらは、驚きのあまり口をあんぐりとさせていた。
「そういえば魔鉄が大量にあるという話だったな。あれを使用すれば、さらに強力な魔術を保存させても可能だろうな…」
「……いやいや……な、なんなんですか今のは!?」
「勢いよく石が飛んだの…ですかな…!?全くもって目に見えない速度でしたが……」
ノックスは2人に原理について説明する。
爆発となりうる魔術を『保存』させ、それに衝撃を与えて『保存』を解除させる。
爆発のエネルギーにより石を押し出し、パイプの先端から飛び出させる。
地球では火薬がその役を担うが、爆破の魔術もあるこの世界ではそんな物は不要であるのか、火薬そのものが存在しない。
原理さえ分かれば他の魔道士でも可能だが、この『保存』を使えば、魔術師でなくとも大砲を撃つことができるのだ。
ノックスは続けて、大砲の仕組みについて2人に説明する。
パイプのように両端が開いていると危険なため、片側を塞ぐ。
爆発となりうる魔術を『保存』させた物を、とりあえずは『火薬』と呼ぶことにした。
パイプの側面にスライドで開閉できる扉を作り、火薬と砲弾を設置する。
パイプの側面には火薬を叩くための小さな穴を開けておく。
装填し終わったら、小さな穴からピンを差し込む。
照準を定めたら、ハンマーでピンを叩き、『保存』の効果を強制終了させる。
それと同時に爆発が起き、砲弾を押し出す。
遠距離攻撃と言えば弓矢か魔術のこの世界で、誰でも撃てる大砲の始まりであった。
「この武器を増産し、海から来る敵を迎え撃てるよう配備する。まずは火薬の安定化が重要になるな。」
「同じ威力の爆破魔術を撃てるよう安定化させないと、ですね。」
「しっかりと閉鎖出来ればそこまで大きな爆発は不要だ。
セト、この武器の製作にはお前が必要不可欠だが、やれるか?」
「…勿論ですよ…!!……ハハッ!!…俺の固有魔法なんて誰も見向きもしなかったのに……ノックス様にかかればこんな凄いことに使えるなんて……」
「言っただろ?魔法とは使い所だと。量産は難しいだろうが、この大砲を配備できれば、専門技術がそこまで無くとも遠距離攻撃が可能になる。
それに、『保存』による効果はこの大砲に応用できるだけじゃない。」
「……正直……今まで『保存』することしか頭に無かったんですよね……それがまさか、解除させることで効果を発動させるなんて……ハハハ……」
「鍛冶のスキルも大事になるが、モロゾフ殿、いけるか?」
「……俺に『殿』だなんて畏まらんでくだせぇ。
それより、こんな前代未聞の武器の発明に携われるなんて……職人としての腕が鳴ります……!!
ぜひやらせてくだせぇ!!」
モロゾフは自信たっぷりに答えた。
「では、この大砲の製作に至ってはセト、モロゾフ両名が主導し製作にあたってくれ。必要な人材が居れば伝えてくれ。」
「「了解です!!」」