あれから
「…ルナ……!」
「…ここは……?」
ルナが目が覚めたという知らせを受け、ノックスが病室へと訪れた。
「ここは船の中だ。
……迎えに来るのが遅くなってしまって……すまなかった……」
「…あ………あなたは………ほ………本当に………お、おにい…ちゃん……?」
「あぁ。」
「…本当に……本当に………お兄ちゃんなの……?」
「…13年ぶりだな……お互いすっかり成長したが、俺はノックスだ。」
「……お兄ちゃん……!!」
堰を切ったようにルナは大粒の涙を流し、ノックスの胸のなかでわんわんと泣き始めた。
「おにいぢゃぁぁあああああん!!し、しん、死んじゃったのかと……!!」
「……心配かけたな……けど、もう大丈夫。
……もう……大丈夫だ。」
胸に顔を埋めて泣きじゃくるルナの頭をノックスは優しく撫でる。
ノックスの体内に残る少年ノックスの魂の残滓の影響か、ノックスにも熱いものが込み上げる。
それを堪えつつ、一頻り泣き止むまで、ノックスはいつまでもルナの頭を優しく撫でていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
気持ちが収まったところで、改めてルナの話を聞いた。
ノックスが『悪魔の口』に落とされた以後の話を。
「…お兄ちゃんが落とされてから、とても怖かった……
あたしも殺されるんじゃないかって……
奴隷にされて売られて、私は1人のおじさんに購入されたの……」
「…確か、シェイマス・ジェファーソンという当時の枢機卿だな。」
「…ハーフデビルのあたしに、その人はとても優しかった……
『ここならもう安全だ』って。
…でも、その日のうちにそのおじさんも、おばさんも……殺されて………」
ルナは当時の恐怖を思い出し、震えながらシーツをギュッと握る。
「……そのあとは、名前を『ディアナ』と呼ばれ、ベスティロ枢機卿の奴隷として譲渡されたの…」
「……そういえば、マイナらに『ここには来ないで』とか言ったんッスよね?あれは…?」
「……あたしはベスティロにさんざん見せつけられてきたの……
捕えられた魔族が、教会のいい様に利用され……無惨に殺され……晒される様を……」
「……利用……?」
「…それって、『勇魔大戦活劇』ってやつかい?」
一同の間にホークが割り入る。
「…確か、そんな名前だったかと……」
「…なんだ?その『勇魔大戦活劇』というのは?」
「過去の『勇魔大戦』の演劇さ。リアル思考なのか、【魔王】役に本物の魔族を利用して、本当に劇中で殺しちまうのさ。」
「……え……?……でもあれは、勇者たちも一緒に死んだんじゃ……?」
「貴族の連中はそんなものは求めちゃいないさ。ただ、自分たちが安全な場所で、魔族が無惨に殺される様を見て愉しんでやがんのさ。」
「……そ、それだけのために……」
「…隷属の首輪をかけられ、一生ここから出られない。
……あたしはもう……死んだのと同じだと……ずっとそう思ってた………死にたいとも思ってた……
……何より悔しかった………お父さんやお母さん、お兄ちゃんを殺したやつが、のうのうと生きてることが許されるなんて……!!」
語気を荒らげたルナの目には再び涙が浮かぶ。
「……いっそのこと……あいつらを殺して、自分も死んでやるって思ってた………でも……出来なかった…………
……そんな時……お兄ちゃんの名前で手紙が来たって聞いたの。
そんなの有り得ない、人違いだろうって……
もし本当に生きてたとしても、ここに来ればどうなるか………だから、本当に生きてるのなら、あたしの事なんて忘れてって………」
「………それで、『ここには来ないで』って言ったのね……」
ルナは黙ってこくりと頷く。
「……でも……正直嬉しかった………お兄ちゃんが生きてたこと。あたしを助けようとしてること。
最初見た時はお兄ちゃん、あいつらに殺されちゃうって思ったのに……」
「あれは演技だ。ルナの解放を第一として考え、それを悟らせないためにな。」
「正直言って、ノックス様に敵うやつなんてこの世にいないッスよ。そこで呑気に寝てるやつも、ホントは火龍で、ノックス様1人で手懐けたんッスから。」
「………え……?……火………龍………?」
アインが病室で寝かせていたベリアルを指さし、驚いた表情でルナが確認する。
ベリアルは寝言で
「……うぅん………はにこむ……おかわりをよこすのじゃ……」
と呟き、幸せそうな夢を見ているようだ。
「…………」
「…いや、ほんと!これでも一応火龍なんッス!!」
「……てことは……お兄ちゃん本当はめちゃくちゃ強いの……?」
「めちゃくちゃ所じゃないわ。ルナちゃんが気を失ってからどうなったか……聞いたらビックリするわ。」
「……その話はまた今度としよう。今はまず、ゆっくり休むんだ。」
「……うん………あのね…お兄ちゃん……」
「…なんだ…?」
「……助けに来てくれて……ありがとう……」
その言葉にノックスが優しく微笑むと、ルナも表情を和らげた。
まだ不安と恐怖が残っているのか、ふとしたことで折れてしまいそうな笑みを浮かべて。




