アニムス
ノックスの首元目掛けてノースが剣を振り下ろす。
だが、振り下ろされたその剣は、ノックスの首に届かなかった。
ただし、ノックスは決して魔障壁を展開していた訳では無い。
ノース自身が突如動きを止めたのだ。
「…な……なに……?」
「……ようやっと鎮まってくれたか……俺の中にいる『魂』が、貴様を殺せと泣き叫んでいてな。」
「き……きさま……なにを………」
ノックスはスっと立ち上がると、刺し貫かれていたハズの胸の傷が忽ち消え失せ、何事も無かったかのように平然としていた。
が、平静さと共に恐ろしいまでの殺意に満ちた眼でノースを睨んでいた。
「動けないのは俺の魔術、『砂粒縛・礎』のせいだ。貴様がベラベラと喋っているその間に、貴様の体内には無数の砂の粒子が入り込み、貴様の動きを封じさせたまで。」
「……さ……さりゅう…ばく……だと……?」
「安心しろ。この術で貴様を殺すつもりはない。
貴様には…この世の地獄を味わってもらう。」
ノックスは火魔術でもってベスティロ邸宅の壁を吹き飛ばし、さらに見晴らしを良くする。
邸宅を取り囲むように見ていた野次馬や衛兵らは突然のことに騒然としていた。
「外野がわらわらと集まってきたな。」
ノースの援護にと駆けつけてきた衛兵らを一瞥すると、一気に魔力を練り上げる。
「『砂粒縛・茨』!!」
ノックスから魔術が解き放たれると、ベスティロ邸宅付近にいた衛兵たちだけを的確に捕え、身体からいくつもの棘が突出する。
「ぐぁぁああああああっ!!!!」
「い、いでぇぇえええええっ!!!!」
身体の内側から突出した無数の棘により衛兵たちは甚大なダメージを負い、それを目撃した野次馬からも悲鳴があがり、まさに阿鼻叫喚そのものであった。
「さて、次は貴様の番だ。」
ノックスが怒りの表情のままノースを睨みつける。
ノースはなんとかこの魔術を破ろうと必死に足掻くも、全て徒労に終わっていた。
「……き……きさ…ま……!!」
「もう喋るな。死ね。」
冷酷な一言を浴びせ、ノースの頭に手をかけようとしたその時であった。
「そこまでだ!!!!」
突如として声が響き渡り、見やる先には壮年の男がおり、その周りには何人もの衛兵を並べていた。
そして、その衛兵らは1人の女を跪かせ、両脇から首元に刃を当てがっている。
「貴様がノックスだな!!それ以上動けば、この者の首を落とす!!」
その女はゆっくりと顔を上げ、ノックスを見やる。
「……ル……ルナ………?」
「……お……にい……ちゃん……?」
「フハハハハハ!!!!
ノース、お主の言う通りノコノコと現れたようだな!!よもやワシの家をこれほどまでに壊してくれた礼は、貴様の命で賄ってもらおう!!」
「…待っていろルナ。今助ける。」
「…な、なんでここに…!?」
「……13年も待たせてしまったな……だがもう大丈夫だ。」
「…ダメ……ダメなの……!!……ここには…来ないでって……そう言ったはずよ…!!」
「それが本当にお前の本心ならな。」
「本心に決まってるじゃん!!」
「これこれ。兄妹喧嘩は止めたまえ。
それに、もう遅いわ!彼奴はワシの家をこれほどまでに破壊したのだ!
その報いを受けさせてくれよう!!」
「……いや……だめ………」
「者共よ!!祈れ!!そして魔力を捧げよ!!!!」
ベスティロが叫ぶと、各地に点在させていた司教や司祭が祈りを捧げ、途端に魔力が集中する。
莫大な量の魔力が一点に集中し、上空に巨大な魔法陣が現れ光を放つ。
「…なにをする気だ……!?」
「…まさか…枢機卿……ここであれを……!?」
「いやぁぁぁぁあああああ!!!!」
「来たれ!!!!アニムス!!!!」
上空に輝いていた魔法陣に魔力が注がれ、怪しく色を変えて光を放つ。
さらに上空に雷雲が発生し、ゴロゴロと唸りをあげたかと思うと、突如巨大な雷が魔法陣に降り注ぐ。
一瞬の静寂の後、魔法陣から巨大な手が這い出し、やがて上半身が現れ咆哮する。
だが、明らかにそれは人では無い何かであった。
覗かせた頭の至る所に目や口がいくつもあり、ギョロギョロと目玉を動かしながら不気味な声をあげている。
以前、ウィンディアに侵攻してきたズーグが放った物に近い存在ではあるのだろうが、これの禍々しさとは比べ物にもならない。
顔の形状だけでなく、身体はとてつもなく肥満体であった。
現れたそれはさらに這い出し、全身が顕になる。
身体からはいくつも腕が生えており、その手のひらには口がある。
全身にも目があちこちに存在し、同様に辺りをギョロギョロと見回している。
「……おぉ……!!なんと神々しい……!!」
ベスティロは自らが召喚したアニムスを見て感嘆した。
「…さて、ノックスよ!!妹の命が惜しくば、このアニムスの生け贄となるがよい!!」
ベスティロが声高に叫ぶと、アニムスの目玉が一斉にノックスを捉える。
不気味な声をあげながら、アニムスはその巨体をいくつもの手で這いずるようにノックスへと近づき始めた。
その時、ルナを捕らえていた衛兵の背中が斬り付けられ、何者かがルナを解放する。
「やはりいたか!!教会の裏切り者めが!!」
ベスティロはそれをすぐさま『透明』となったヨハンナの仕業であることを見抜く。
「まあよいわ!!貴様の兄が【魔王】である以上、もはや貴様にも用は無い!!兄共々、アニムスの餌食となるがよい!!!!」
這いずるアニムスが近づくにつれ、野次馬たちは慌てて散り散りになる。
だが、『砂粒縛・茨』により身動きを封じられていた衛兵たちは、そのままアニムスの手のひらにある口で丸かぶりされた。
残されたのは魂を喰われた肉体のみで、すでに絶命していた。
「ヨハンナ!!ルナを連れて逃げろ!!」
「逃がすわけあるまい!!」
ベスティロが聖印の首飾りに魔力を流す。
「きゃぁああああああ!!!!」
という悲痛な叫び声をあげ、ヨハンナと共に透明化していたはずのルナの姿が顕になる。
隷属の首輪から発せられた雷魔術により直接ルナを攻撃したようだ。
「…死ぬがいい…ノックス……!!…貴様はもう終わりだ……!!」
砂粒縛に囚われながらもノースが告げる。
ノックスの中に宿る少年ノックスの魂の残滓の影響か。
ノックスの身体の中で激しい憎悪が渦巻いてゆく。
その間もアニムスが近づき、ノックスの魂を飲み込むべく手を叩きつけにかかる。
我に返り、すぐさまその攻撃を躱しつつ斬撃するも、攻撃はアニムスの身体を通り抜ける。
魔術での攻撃を試みるも、どれもがアニムスを通り抜けていった。
その時、突如背後から現れた男がノックスの腹部を刺し貫いた。
それによりノースにかけていた砂粒縛が解け、自由となる。
「ギャハハハハハ!!おいおいノース!!なんてザマだ!!」
「……黙れレナント……貴様こそ遅すぎる……!!」
「そう言うなよ。この魔王さんの隙を窺ってたんだよ!」
「……ちっ……他にもいたのか……!」
「俺様はレナント様だ!流石の魔王様も、【暗殺者】の気配までは見抜けなかったようだなぁ!!
いやぁ、しかしながらあん時のガキが生きてとはなあ!!ギャハハハハハ!!」
突如現れたレナントは引き抜いたナイフをクルクル回しながら一頻り笑った後に続けた。
「ほらほらぁ!!さっさとコイツぶっ殺して報酬をたんまりと貰おうぜてめぇら!!」
レナントと号令により、かつて家族を襲撃したノースの仲間が集まる。
そのどれもがノックスのことを卑しい笑みを浮かべている。
「…本当に生きてたとはねぇ…ホント、魔族ってしぶといね。」
「油断するなよ。腐ってもコイツは【魔王】であり、レベルが2000を超えたバケモノだ。」
「分かってるわ。それよりもアニムスに巻き込まれないようにしておかないと。」
「…おしゃべりはその辺で終わりだ。さっさと片付けるぞ!!」




