対峙
明朝。
ノックスとヨハンナはジェラートの案内によりベスティロ邸を地下通路で繋ぐ空き家へと案内される。
元貴族とはいえやせ細り、見るからに浮浪者の姿のまま中心街へ行く訳にも行かないので、ヨハンナの『透明』で姿を消している。
道中、やはり今日も昨日と同じく衛兵らが駆け回っており、時折ジェラートが指をさしては司祭や司教の居場所を伝えていた。
そうこうしながら、やがて住宅街に建ち並んでいる1軒の空き家に到着する。
見かけはごく普通の家であるものの、扉を確認すると、空き家には似つかわしくない堅牢な鍵が施されていた。
ノックスは刀を抜き、施錠されている鍵を寸断させ、容易く室内へと侵入した。
室内は空き家ということもあってか人が住んでいた気配はないものの、定期的に掃除は成されているようだ。
一行はそのまま室内を隈無く探索するが、地下通路への入口らしきものが見当たらない。
注意深く探索していると、1つの戸棚に違和感を感じる。
というのも、その戸棚がある部屋は明らかに狭く、間取りを確認しても、そこだけ謎の空間があるような違和感を感じるのだ。
さらに、戸棚の足元の床には何かが擦れた跡のようなものが見て取れる。
ノックスが戸棚の本を床にばらすと、戸棚の奥に取っ手が見つかる。
それに手をかけ引っ張ると、ガチャリと鍵の音がし、そのまま手前側へと戸棚が扉のように動かせた。
「……見つけたようだな……おそらくここが、地下通路だ。」
扉の奥には階段があり、一行はそのまま地下通路へと降りて行く。
地下通路はかなり昔に掘られたようであり、薄暗くひんやりと冷たい。
火魔術で明かりを灯しながら、一行はそのまま奥へと進んで行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こちら屋内警備班、異常無しであります!」
「……あぁ……」
「こちら屋外警備班、異常無しであります!」
「……あぁ……」
ベスティロ邸宅内の正面玄関にて、警備兵が代わる代わるノースへと報告する。
1時間毎に定時連絡をさせているようだ。
「…しかしよぉ、こんなに警戒する必要あんのか…?」
「黙って命令に従っていろ…!ノース様に知れたら大変だぞ!」
「わかっちゃいるけどさぁ、そもそも今やばいのはムエルテ島なんだろ?なんでベスティロ様のお屋敷にこれほど人員を割く必要があんのかね?」
「…俺の知ったことか…!」
「……はぁ……その上ノース様がこの場を仕切るってさ……あの人がいると残業確定じゃん?昨日だって俺3時間も残業させられたんだけど…」
「止めろ!ノース様の耳に入ればどうなるか分からんぞ!」
「へいへい。」
衛兵は愚痴を零しながらも引き続き警戒にあたった。
ちょうどその頃、ノックスは地下通路からベスティロ邸宅へと続く扉を開け、邸宅内へと侵入していた。
邸宅内に侵入し、辺りを見回すとそこはどうやら書斎のようである。
が、そこにベスティロ枢機卿の姿は確認できず、すぐさま感知スキルで辺りを伺う。
「…昨日と同じく、邸宅内には17人…外には7人か。
…ベスティロは……」
壁越しに感知してみたが、ベスティロらしき人物の気配は不明のままであった。
ノックスは書斎の扉を開け、廊下へと出る。
昨日偵察した時に予想していた通り、邸宅内に使用人と思しき気配は感じられなかった。
「…ということは、ノースがベスティロ共を避難させた、か。
奴なら居場所を知っているだろうが、その前に邪魔な衛兵は先に始末させてもらう。」
ノックスは隠密スキルを最大にしたまま、1人ずつ衛兵の背後へと回り込み、チョークスリーパーの要領で首を絞めて無力化させていく。
というのも、殺せば感知スキルによりバレてしまう危険性があるためだ。
一人、また一人と衛兵たちを無力化させ、当初17人いた邸宅内の衛兵の数を9人まで減らす。
白昼堂々、しかも地下通路よりすでに侵入させられていると思ってもいない衛兵たちは完全に気が緩んでいた。
残りの衛兵の位置を確認すると、固まって警備をしており、単独を伺うチャンスはあまり無いようである。
その中でも4人もの衛兵を配置している場所へと近づく。
さすがにこの人数相手に気付かれずに無力化するのは困難であると考えたノックスは、隠密スキルを最大にしたままその衛兵らに何食わぬ顔でツカツカと近づく。
通常ならすぐに警戒に入る衛兵であったはずだが、反応に一瞬遅れる。
ノックスの姿に驚き、声を上げて警戒しようとしたが、すでにノックスの間合いの中にいた衛兵らは声をあげることができない。
「…悪く思うな。」
ノックスはそう衛兵らに告げると、いつの間にか抜いていた刀を納刀し、そのまま4人の衛兵の首が地面へと転げ落ちた。
そのまま扉を開けると、そこは寝室のようである。
が、そこにはやはり誰もいなかった。
「…やはり避難させた後、か。」
その時、背後から急接近してノックスの背後から何者かが斬りかかる。
振り返ってその斬撃を鞘で受け止め、その者の顔を確認すると、腸が煮えくり返るような感覚に囚われる。
「チッ……これで殺れたら楽だったのだがな。」
「……ノース……!!」
「久しいな。その顔はよく覚えているぞ。裏切り者の母親によく似ている。」
「…ノーーース!!」
ノックスが斬撃を受け止めていた鞘から刀を抜き、ノースに向けて斬りつけたが、ノースは距離を取って斬撃を躱す。
「待っていたぞ。よもや地下通路から乗り込んでくるとはな。
貴様なら激情に身を任せ、正面から乗り込んでくると思っていたが、案外慎重なようだな。」
「……ベスティロはどこにいる?」
「教える訳がない。それよりもまさか『悪魔の口』から生き延びるとはな。」
「…御託はいい。ベスティロの居場所を教えないのなら貴様を殺すまでだ。」
「フン。小僧、貴様だけが力をつけたと思うなよ。」