古傷
「…あそこの一際大きい屋敷が見えますか?あれがベスティロ枢機卿の邸宅です。」
「……あれか……」
遠巻きにベスティロ邸宅を見つめるノックスとヨハンナ。
だがその様相は、少し前にマイナらと侵入した時の様子とは違っていた。
衛兵たちが大勢集められ、ここからでも分かる強大な気配が確認できる。
「…前の時よりかなり厳重ですね……あんな気配、この前の時には感じませんでした。
……にしてもこの数……まさか、陽動がバレたのでしょうか…?」
ヨハンナがノックスの顔を後ろから覗き込んだが、その形相に思わず息を飲む。
「……この気配……間違いなくノースがいる……なるほど……俺の目的について勘づいたのか。」
忘れもしない13年前のあの日。
両親を殺され、自身を『悪魔の口』へと放り投げ、その上妹まで攫った張本人。
少年『ノックス』が刺し貫かれた胸の傷は完全に塞がっているものの、その古傷が疼くかのようにズキズキと胸を刺激する。
その確信により、ノックスは思わずギラついた眼を輝かせながら不敵な笑みを零していたのだ。
「…ノ……ノックス……様……?」
「……あぁ、悪いな。奴にやられた古傷が疼いたようだ。」
「…これは完全に罠だと思います。ノックス様の情報を得た教会は、ルナ様とノックス様の関係を思い出し、誘いだそうとしているのかと。」
「だろうな。でなければあんなにも堂々と目立つ場所に立つわけもない。
ともかく、ルナの保護が最優先だ。」
「…ただ……報告にもさせてもらったように、『ここには来ないで』とのルナ様のお言葉が…」
「……俺も色々考えたが結局答えは出なかった。これから本人に会ってその真意を聞くしかあるまい。」
「…分かりました………けど、その……」
「…どうした……?」
「…そろそろ魔力が切れそうでして……」
「それなら仕方ない。ヨハンナはここで休んでいろ。俺が様子を伺ってくる。」
「で、ですが透明も無しでは…」
「隠密スキルで様子を伺うだけだ。隠密を10まで引き上げれば敵は俺を目視しない限り見つけられないことはすでに検証済だ。」
「…わ、わかりました…」
ヨハンナが『透明』を解除すると同時にノックスは自身の隠密レベルを最大にする。
分かっていたことだが、改めてこの至近距離でも隠密レベルを最大にしたノックスのことを、目視しなければ『そこに人がいる』ということすら分からないことを改めて知らされた。
「様子を確認次第また戻ってくる。その後は予定通りに。」
「分かりました……どうか、お気をつけて…!」
そのままノックスが屋根から飛び降りる姿をヨハンナは見守った。
ノックスはその後、行き交う衛兵の合間を縫うようにスイスイとベスティロ邸宅へと歩みを進める。
道中、衛兵が何人もノックスとすれ違っているハズなのだが、まるで道端の石ころのようにノックスを気にも留めずに素通りしていく。
結果として、衛兵誰1人としてノックスが教国内に潜入している事実に気が付かなかった。
ノックスはそのままベスティロ邸宅の裏へと回り込み、外から様子を伺った。
「……大きい気配が1つだけ……12使徒はノースしかいないのか…?……いや、隠密スキルで潜伏している可能性もある、か。
外に7人、邸宅内には………17人。合わせて24人か。」
ノックスは感知スキルで中を伺いながら邸宅の裏手をぐるりと回る。
かなり大きい邸宅であり、至る所に警備兵が配置され警戒していた。
確認しただけで邸宅内に出入口は3箇所。
正面玄関に1つ。裏手に左右に2つ。
正面玄関をノースが警戒し、裏口やその他の場所を警備兵が見回りしている。
そのままぐるりと邸宅を一周したノックスは、遠巻きにノースを見やる。
こちらに気づいた様子では無かったものの、ノースの顔を改めて見ると、腹の底からグツグツと煮えたぎるような何かがノックスを包み込むかのような感覚に陥る。
ノックスはフゥと深呼吸して気持ちを落ち着かせ、一旦その場を離れてヨハンナの元へと戻った。
「……待たせなたな。」
完全にノックスを見失っていたヨハンナは、突然ノックスが現れたことに体をビクッとさせた。
「…あ、えっと、ノックス様……でしたか……」
「…さっそく例の場所まで連れて行ってくれ。」
そう言うとノックスはカバンからマジックポーションを取り出してヨハンナに差し出した。
「…視察はもう宜しいので?」
「これ以上は何も分からん。外からではルナと思しき気配もどれがどれやら。」
「…分かりました。では、ご案内致します。」
ヨハンナはノックスから手渡されたマジックポーションを飲み干し、再度『透明』を使用して目的の場所までノックスを案内することにした。
 




