潜入
「緊急報告!!緊急報告!!至急、教皇様にお伝えしなけらばなりません!!」
サンドアルバ教会に煤まみれになったムエルテ島の守備隊と思しき人物がなだれ込む。
正気を保てなくなった何名かの者が、体を竦めてガタガタと震えていた。
ベリアルが龍形態となり、ムエルテ島で暴れ回っていたが、何名かの生存者は命からがらサンドアルバ教会へと帰還したのだ。
「どうしました?騒がしいですね。」
対応に出たのは若くして司祭になったリーネという女であった。
「至急、教皇様にお伝えしなければならない事があります!!」
「教皇様は今は不在です。代わりに私が聞きましょう。」
「で、ですが!!」
「早く申されるのです。内容によっては、必ず私が教皇様にお伝えします故に。」
「…で、では……」
守備隊は自分が見た光景を伝えるべく呼吸を整えた。
「ムエルテ島にて、件のノックスという男が仲間を引き連れ、襲撃に現れました!!
それだけでなく、現在ムエルテ島には火龍が現れ、今も尚暴れ回っております!!」
「……なんですって……!?…リコリス様は!?」
「リコリス司教とは現在連絡が取れません!!それだけでなく、ムエルテ島に派遣されたスカーレット様、それにロウ様も……戦死されました…!!」
「………なんてことに………分かりました。すぐこちらで対処致しましょう。他の生存者は?」
「…我々は…自分の事だけで手一杯で……」
「それも致し方ありません。いいでしょう。この件は私が預かり、教皇様になるべく早くお伝え致します。あなた方はすぐさま療養所で体を休めてください!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん〜、教会の動きが慌ただしいねぇぇ。守備隊を皆殺しにすることくらい出来たろうに、もしかして、わざと生かしたのかねぇ?」
「……どうだろうな。」
ヨハンナの『透明』によりファウストらの乗る船に同行してノックスが潜入していた。
火龍に襲撃されている情報のおかげで港に寄港したファウストらをあまり警戒することもなくすんなりと密入国できたのだ。
「もしそうだとするなら、オタクさんかなりの策士だねぇぇ。今なら教会の注意はムエルテ島に集中するわけだしねぇ。オジサン関心しちゃう。」
「…悪いがお前たちの相手をしている暇が無い。ここでお別れだ。」
「……あたいらを殺すのかい…?」
「殺されたいならそうしてやる。」
「…まさか、我らを見逃すというのか?」
「ちょいちょいぃ!オタクさんたちが潜入してるって言い振らせば、オタクさんらにとって良くない状況になるんじゃないのかぃ!?」
「2度も言わせるな。貴様らがここで好き勝手しようが俺の邪魔になどなりえん。立ち塞がるというのなら容赦はしないが。」
「……確かに我々がお主に敵わぬのは認めよう。だが、教会総出となればお主とて…」
「……まぁまぁ、ヨーク。魔王さんが別に構わないって言ってんだから、ここは大人しく引きさがろうじゃないかねぇぇ。」
「………ふむ………なるほど……そういう事か………」
「はぁ?何納得してんのさ!?」
「ジョアン、オジサンが後で説明してやるから。ここは有難く見逃されようじゃないかねぇ。
それより、一つだけ教えて貰えないかねぇ?」
「…なんだ?」
「オタクさんは、これからこの教会を滅ぼすつもりなのかぃ?」
「……想像に任せる。」
「…ふぅん…教えちゃくれないってわけね。ま、そりゃそうだろうねぇ。」
ノックスはそれ以上何も話すこともなく、ヨハンナと共に教国内へと消えて行った。
それを黙って見送ったファウストらだったが、疑心暗鬼のジョアンがファウストに説明を求めた。
「…なにのんびりしてんのさ!あのノックスらが教国内に潜入したって情報を早く情報部に知らせないと、ホントにあたいらが叛逆者として処刑されちまうよ!!」
「落ち着けジョアン。そうしたいのは分かるが、それは我らにとって悪手でしかない。」
「な!?なんでさ!?」
「ただでさえ固有魔法持ちの我々が撤退したこと自体、あまり良くは思われん。」
「仕方ないじゃないさ!あんなバケモン相手に無駄死にする必要なんか無いさ!」
「それは汲み取っては貰えるだろう。だが、ノックスらを潜入するのに手を貸した、と知られればどうなる?」
「…そりゃあ………でも、脅されて仕方なく……!」
「気持ちは痛いほど分かるよぉ。でもねぇ、教会がそれを許してくれるかは別だよねぇぇ。」
「……だ、だけど……」
「ジョアンはまだ若いから知らないだろうけどねぇ、教会は疑わしきは罰するってのが鉄則なのよねぇ。」
「マイナたちが裏切ったのも、教会に人質を取られていたからだ。あの島で何が起きていたか、ジョアン。お主は嫌というほど見てきたであろう。」
「………………」
「それならいっその事、ノックスが教国に潜入したのを知らぬ存ぜぬで突き通すほうが、自分たちの身のためになるのだ。」
「そのノックスがこの教会で何をするかによるけどねぇぇ。んま、オジサンやぶ蛇はゴメンなのよねぇ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで、ベスティロとやらの邸宅はどこにある?」
ファウストらと別れたノックスとヨハンナ。
ヨハンナの『透明』により姿を消し、教国内にあるベスティロの邸宅に囚われているルナを探していた。
「…も…もう少しあっち…です…」
ノックスを透明化させるためにノックスの肩に手を置いていたヨハンナは、少々顔を赤らめながら答える。
ムエルテ島にわざと残したベリアルが予定通り大暴れし、陽動を請け負ってくれているおかげか、その情報が伝わった教国内の衛兵たちは対応に追われていた。
「これだけ走り回られると通路は使えんな……少し急ぐぞ。」
「そ…そうですね……って…えぇ!!?」
ノックスはヨハンナの手を掴み、屋根伝いにベスティロ邸宅へと向かう。
「ち、ちょっと!!そんなスピード無理ですって!!」
「……仕方ないな……なら俺が背負うから掴まれ。」
「へ!!?い、いやいや、そ、そんなの…」
「早くしてくれ。」
「…わ…分かりました……ですけど…ちょっとだけ心の準備を……」
恥じらいながらもヨハンナは恐る恐るノックスの背に掴まると、ノックスはヨハンナの両足を抱え、すさまじい速度で屋根を伝ってベスティロ邸宅へと駆けていった。
ヨハンナの悲鳴にも似た叫び声をあげて。




