恩に報いるために
ノックスはマイナたちを連れてノエルらと合流し、宿へと入った。
治療を施されたとは言えヨハンナはまだ目を覚ましておらず、腕を切り落とされていたセトは貧血気味であった。
「げっ!?あ、あんたは…!?」
「あら、久しぶりね。元気そうでなにより。」
「戻ってきたんッスね……ってかノックス様、本当に大丈夫なんッスよね…?」
「その辺も含めて話をしよう。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスは皆を団らん室へ集めた。
ベリアルは話し合いに疲れたとの事で、1人ウィンディアの街中へとぶらつきに出掛けたが。
事情を知らないナタリアらのためにも1から説明した。
「……そう……6ヶ月間の預かり、というわけね。」
「悪いが今のところそれ以上の譲歩はできない。」
「ま、仕方ないわよ。私がこの国に何をしたのかを考えれば、すぐさま処刑されなかっただけでも有難いわ。
それよりもまず、報告するわ。」
マイナの口から教会に潜入した際の顛末が語られた。
情報提供者として、ルナの本来の購入者である当時の枢機卿、シェイマス・ジェファーソンの息子、ジェラートを見つけた。
父シェイマスは買い付けたその日の夜中に何者かに暗殺され、ジェラート自身も嫌疑を掛けられた。
ジェラートはその後貧民街にて1人、教会の情報をかき集めていた。
その調査により、父親を暗殺したのはベスティロという男が関与していた。
その男は現在枢機卿となっており、ルナはそこで名を改められ、隷属の首輪を掛けられている。
ルナは別れ際、『ここには来ないで』と発言した。
それらの事をノックスに話した。
「……なるほど。今はベスティロ枢機卿の手元にいる、というわけか……」
「かなり苦労したけどね。」
「それで、お前たちの目的をそろそろ聞こうか?」
マイナは皆と顔を見合わせ、意を決してノックスに自分たちの目的について話し始めた。
「……取引よ……」
「…取引?」
「ええ、取引。私たちの目的は、あなたの協力が無ければ達成できないの。」
「……ほう?ならば取引内容を聞かせてもらおうか。」
「……私の…弟を……コリンを助けて欲しいの。」
「……弟……?」
「いや、コリンだけじゃないわ。私たちの家族はね、ある理由から隔離されているの。」
「……詳しく聞こうか。」
「弟は『衰弱病』という病に掛かっているの。体内の魔力が著しく低下し、衰弱してしまう病気よ。
症状が進行すれば、呼吸困難に陥り……死ぬ。」
「……それを俺に治してくれというのか?ケガなら治してやれんこともないが、聞いたこともない病を治すことなどできん。」
「……違うのよ………本当は……そんな病気なんて無いのよ……」
「……え?……どういう事ッスか……?」
「…その『衰弱病』、特定の場所に一時的に発生するの。
本来病気なんて、先天的な物以外は外部から持ち込まれ、何かしら接触することで拡大するハズなのにね。」
「……つまり、誰かが故意に病気をバラまいている、と?」
「私らもおかしいと思って調査したのよ。
…そしたら案の定。その病気は、教会が極秘にしている『固有魔法』が原因なのよ。」
「び、病気を蔓延させる固有魔法ッスか!?」
「……なぜ教会はそんなことを?」
「簡単な理由よ。
私たちのような者らを縛り付け、従属させるための、言わば人質よ。」
「……『私たちのような者』……?」
「穏健派だったり、今の政策に反抗的だったりする者のことよ。そういう人たちを、自分たちの従順な下僕にさせるためにね。」
「……それだけの……ためッスか……」
「俺たちもマイナと同じような境遇だ。俺の場合は妻と息子だ。」
そう言うハイゼルと同様に、他の者らも表情を顰めた。
「その固有魔法を放った者は特定できているのか?」
「えぇ。『リコリス・グランデ』という女で、教会では司教という立場よ。」
「その女を殺して欲しい、というわけか?」
「簡潔に言えば、そういうことね。弟らは隔離病棟に監禁され、その女は責任者としてそこに居るわ。」
「なるほどな。
それより、お前たちはここに来る際にリームスたちと鉢合わせたと言ったが、弟らに危害が及ぶのでは?」
「……確かにね。だから、急いでほしい。」
「事情は分かった。その隔離病棟は教国内にあるのか?」
「いえ、サントアルバ教国の東にある離島にあるの。」
「…なるほどな…」
「これが私たちの条件。引き受けてくれるのなら、私たちからは情報を渡すわ。」
そう言うとマイナはカバンからジェラートから譲り受けた本を取り出した。
「それは?」
「この中には今の教会の情報が記載されているの。現12使徒や枢機卿、司教などの情報ね。
それだけじゃなく、私たちからも色々と情報を聞かせてもいい。」
「ほう。」
条件としては悪くない条件である。
むしろここまで動いてくれたマイナには、無条件で弟らを助けてもいいと思っていたほどだ。
ノックスが思案していると、モズが恐る恐るノックスに話しかけた。
「……ノックス様………その……この人たちは、本当に教会と縁を切ったんですか……?
……ノックス様には申し訳ないんですけど……やっぱりあたしは教会の人ってだけで……」
「怖い、か?」
「………はい………」
「今すぐに信用してくれとは我々も言わない。教会があなた方魔族に今までどれほどの事をしてきたかを考えれば尚のことかと。
俺なんぞがこんな事を言っても仕方ないのかもしれんが……申し訳なかった……」
「「「「………………」」」」
ハイゼルは教会に代わって謝罪をするも、皆の表情は暗いままであった。
特にモズは今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
ノックスは、自身が考えている以上に、教会と魔族の因縁はより根深いものとなっているのをヒシヒシと感じた。
「…勝手に進めてしまって悪かったな。
だが、モズ。お前はロンメア国民は嫌いか?」
「……いえ……ロンメアの人は優しくて、嫌いなわけありません……全員が全員、というわけではありませんけど……」
「なら人族は?」
「………ロンメアの人族は……最初は警戒しましたけど………思った以上に……優しくしてくれました。」
「そうだろう。国が違えばそこに住む者の思想も違う。
お前たちに耐えろと言うつもりはないが、教会の中にも分かり合える者もいる。」
「………それは………分かりますけど………」
「俺たちは何のために戦う?」
「………教会を……倒すため……です。」
「ならば、なぜ教会を倒すんだ?」
「そ、それは…!!教会の人たちが、魔族のあたしらに……酷いことをしたからで……!!」
「ああそうだ。だが、だからと言って教会員全て皆殺しにするのか?」
「そ……それは………」
「当然そんな事は望んでいないだろう?俺たちは、魔族であることを理由に踏みにじられてきた。
だからこそ俺たちは、魔族の権利を勝ち取らねばならん。」
「………………」
「……昔……俺の母がよく口にしていた言葉がある。それは、『恩には恩で返せ』という言葉だ。
マイナたちは自分たちの危険を顧みず、それこそ死の淵にまで追いやられながらも俺たちのために動いてくれた。
……とは言え、それは俺の妹を見つけて欲しいというお前たちにとってはどうでもいい要求だろうがな。」
「そ、そんな……!!どうでもいい訳なんてありません!!」
「……その恩に、俺は恩で返さねばならない。恩に報いるためにもな。」
「…………………」
モズは視線を落とした。
が、その目は先程のように怯えている訳ではなかった。
「……分かりました……!あたしも、マイナさんたちのため、弟さんたちの救出のために戦います!」
モズは力強くそう答え、アインたちも同じく賛同した。
「……ありがとう……ありがとう………!!」
マイナは目に涙を浮かべ感謝した。
「……改めてマイナさん、宜しくお願いします…!」
モズは手を差し出して握手を求めた。
マイナもそれに応え、2人は固く握手を交わした。
「ありがとうモズ。
では、改めて取引は成立としよう。」
「ありがとう……!!私たちもあなたたちの恩に報いるため、出来る限りの事をさせてもらうわ。」