囚われの身
ロンメアを出立して1週間。
セイレーン号はマーメイド号と共にウィンディア王国へと入港した。
予定としてはマーメイド号は物資と人材の補給が終わり次第、先にアステル島へと向かう手筈となっている。
「ノックス殿!よくぞ無事に帰国されたました!お疲れの所申し訳ありませんが、早速王城にて国王陛下に報告をお願いします。
至急ノックス殿にお知らせしたい事もございますので。」
駆けつけてくれたガンベルに促され、ノックスはまたベリアルを連れて、王城へと向かい国王へ報告にあがる。
「また報告とは……人間は面倒臭いのう……」
とボヤいていたが。
ノエルらには資材の確保、及び、宿の確保を命じた。
とは言え、初めて見る『人間に仕えるスケルトンら』にウィンディア国民はあわやパニックとなるところではあったが。
謁見室へと通されると、すでに国王が鎮座しており、その横には各部隊長が整列していた。
「ノックス殿!アステル島への遠征、誠にご苦労であった!!」
王子が誘拐されたあの時とは打って変わり、威勢よく声を張り上げた。
「して、そちらの御仁は?」
「こちらは火龍のベリアルです。色々とあって、現在は俺たちと行動を共にすることとなりました。」
その後、アステル島での顛末を報告する。
相変わらず火龍を仲間にしたことなどについては皆驚愕していたが。
「……なるほど……誠にご苦労であったな……」
「…そういえば、何か俺に伝えたい事があるとお聞きしましたが?」
「…うむ。貴殿が遠征に向かわれていた間に、教会の者がやってきたのだ。」
「…教会の者…ですか?」
「心配は無用だ。話すより見てもらったほうが早いやもしれん。」
国王は立ち上がり、ノックスに着いてくるよう促した。
階段を降りてゆくと、堅牢な扉とそれを守っている門番がいた。
国王が頷くと、門番は扉を2人がかりで開け、ノックスらを更に奥へと招き入れた。
「…地下牢…か。」
「なんだか陰鬱そうな場所じゃのう。」
扉の奥にはいくつもの檻があり、檻の中には魔法陣が描かれ、光を放っていた。
囚われていた囚人は国王の姿を確認すると罵声を浴びせ騒いだが、看守のエルフ族が何かを唱えたかと思うと、魔法陣がさらに怪しく光を放ち、囚人は腰から崩れ落ちた。
「……ほう?そんな魔法があるのか…人間は面白い魔法を使うようじゃのう。」
「『脱力』という呪術魔法陣を敷いてあります。それ以外にもいくつもの呪術を仕込んでありますが。逃げようとしたり、攻撃を仕掛けようものならすぐに呪術が発動し、囚人を抑え込むようになっているのです。」
「なるほどのう。だがわからんな。無法者ならばすぐに殺せばよかろう。」
ベリアルがギラリと囚人たちを卑しく睨みつけると、その気迫により囚人たちは怯え萎縮してしまった。
「さすがにすぐに処刑という訳にはいきません。窃盗や傷害など、罪の軽い者もおります。法に則り、罪に準じた処罰を受けさせねばなりませぬ。」
「……やはり面倒臭いのう……ま、ワシには関係無いことか。」
「ノックス殿、こちらだ。」
国王が招いたのは、地下牢のさらに奥にある扉だった。
「開けろ。」
門番に促すと、何やら詠唱し、それにより扉が開く。
扉を潜ると、さらに地下牢が並んでいた。
1つ1つ部屋を見ていたノックスだったが、1人の男の牢屋の前で立ち止まる。
中の男はノックスに気づくと、「ひぃっ!!」と悲鳴をあげ、怯えていた。
「……こいつは………」
「はい。以前この国に襲撃をかけてきた教会員の1人。『カイロス』という魔物使いの男です。」
「…まだ生きていたとはな。てっきりもう処刑したのかと。」
「当然そのつもりではある。が、少々込み入っておってな。」
「……?」
「案内したいのはこちらだ。」
国王がその牢屋の前で立ち止まり、ノックスを手招いた。
「……お前は……!」
「……久しぶりね……」
その牢屋に囚われていたのはマイナであった。
「…ここに戻ってきた、ということは、何か掴んだのか。」
「えぇ。だけど……その前に……彼らを治療してほしいの。」
マイナの後ろを見やると、片腕が無くなった者や、全身が傷だらけの者、さらに、全身に毒が周り、息絶え絶えの者までいた。
「……ひどい状態だな。」
「ねぇ!お願い!!彼らを…治してあげて!!あなたならそれぐらい簡単に出来るでしょう!?」
「だまレ!!アンタら教会員のせいで、一体どれほどの死人が出たと思ってんダ!!」
「あぁ、その通りだ。本当ならテメェらは今すぐにでもぶっ殺してやりてぇよ!その上ノックスさんにまで慈悲を乞うとはなぁ!!」
「……そうね……その通りよ……でも、彼らには罪は無いわ!…お願い……お願い……!!」
「国王陛下。少し、俺と彼らだけにしてもらえますか?」
「…よかろう。」
国王らは退出し、扉を閉め、ここにはノックスとマイナら6人、それとカイロスだけの空間となった。
「見せてみろ。」
ノックスに促されたマイナが、ヨハンナ、キリト、セトらを鉄格子近くまで連れてきた。
「3人とも酷いな。特にこっちの女は毒のせいで足先が壊死している。」
「……お願い………治してあげて………!完全には無理でしょうけど……お願い……します………!!」
「解毒し、治療せよ。」
鉄格子越しにノックスの回復魔術が放たれ、ヨハンナを包み込む。
見る見るうちに体色が戻り、壊死していた足先にも生気が宿った。
「次はお前たちだ。治療せよ。」
続いてキリトとセトにも回復魔術が放たれた。
両断されたはずのセトの左腕が再生される。
「……バ……バカな………こ、こんな……事が……!!」
その様子を静かに見守っていたハイゼルが、衝撃の光景を目の当たりにし、腰を抜かした。
「お前たちもケガをしているだろう。さっさとこっちに来い。治療する。」
その後、ノックスの回復魔術により6人は完全に回復を施された。
「ありがとう……ありがとう……ございます……!!」
マイナは涙を流してノックスに感謝した。
「礼はいい。それより、ルナの所在について何か分かったから戻ってきたのだろう?」
「…えぇ…、そうね。そうだったわ。」
マイナは涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭い、ノックスに改まった。
「安心して。ルナは、生きているわ。」
「……生きて………」
『ルナは生きている』
その一言を聞いたノックスは、傍らにあった看守用の椅子にドサッと腰掛け、安堵した。
『悪魔の口』に落とされ13年。
転生とは言え、この世界で唯一生き残っているであろう家族。
何度夢に出てきただろうか。
その悪夢を見る度、何度魂が張り裂かれる思いをしただろうか。
が、物思いに耽っていたノックスだったが、ハッとして切り替える。
「……お前たちのケガは……教会の連中の仕業か?」
「…えぇ。ここに来る途中、12使徒のリームスとバッタリと鉢合わせちゃってね。」
「……あいつか……」
「なんとか逃げ延びたけど、さっきの通りだったの。」
「それでこの国の衛兵に匿ってもらったというわけか。」
「そうよ。でも、本当にありがとう……」
「礼ならいい。俺もルナの事を聞けて感謝している。
そういえば隣にいるカイロスはお前たちの同志なのか?」
「彼は違うわ。」
「そうか。」
ノックスはスっと立ち上がり、牢屋を後にする。
去り際に、「あとは俺に任せろ」とだけを言い残して。