逃亡
「はぁ〜、ウィンディア遠すぎ〜…」
サントアルバ教国を出たマイナたちは、ウィンディア領の南に位置するラヴィーナ領へとやってきていた。
ここラヴィーナ領はかつてはアズガルド帝国という国であり、1人の王が支配する国家であった。
だが、その王はとんでもない強欲家であり、血税を吸い上げ、圧政を強い、国民の貧富の差は拡大。
クーデターを恐れた王はさらに税金を絞り上げ、国外から有力な冒険者を雇い入れ自身の護衛に就かせた。
気に入った娘がいたならば力づくで連れ去り、自身の欲望の捌け口にしていた。
国民は武器を手にするも、やせ細った体では戦う術など無い。
歯向かう者は容赦なく処刑され、独裁国家と成り果てていた。
そんな折、突如として国王は暗殺された。
その日、いつものように街中で気に入った娘を連れ去った国王は、彼女を弄んだ。
だが、娘はそれを受け入れていた。
自身の性欲を満たし、寝静まった国王にむけ、娘は自分の最大火力の魔術で焼き殺したのだ。
魔力枯渇に陥り、動けなくなった娘はあっけなく捕まり、凄惨な拷問の上、処刑された。
だが、その娘の行動が国民の心を揺り動かしたのだ。
国民は立ち上がって武器を取り、激しい内乱の末、王城は陥落。
そうして、このアズガルド帝国は滅び、国名を処刑された娘の名を取り、『ラヴィーナ』としたのだ。
今やここは民主主義国となり、選挙によって選ばれた代表らが国を纏める国家となっていた。
それが今から約100年ほど前の出来事である。
「もうすぐ転移魔法陣を敷いてある場所に着くわ。」
「…にしても、ラヴィーナは聞いていた通り自由な国だな……教会の者では入国すら禁止されている国もあるというのに。」
「魔族がいないからっしょ。狂信者ともなりゃ魔族と聞いただけで目の色変えやがるし。」
「それでも最近建国された国とは思えないほど体制が整っているわね。」
「よっぽど昔の独裁国家が嫌だったんだろうな。」
一行はそのまま特に何事もなくウィンディアに入領できることを願いつつ、国境付近の森の中へと歩を進めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…くそっ…!!なんてやつだ……!!おい、しっかりしろヨハンナ!!」
「……………」
「……へ……へへ……すまねぇ……ドジっちまった……」
「しっかりしてセト!!……あぶない!!」
ヨハンナはハイゼルの背に担がれ、キリトはホーク、セトはマイナの肩を借りながら、6人は襲撃者から命懸けで逃亡していた。
「もう少し……もう少しだから……!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
襲撃者に襲われる少し前。
6人は森の中で火を炊き、休息を取っていた。
しかし、背後から突如として異形の影が現れ、6人に斬撃を浴びせかける。
気配もなくいきなり現れたそれに6人は不意打ちを喰らい、セトは咄嗟に受けた左腕を斬り落とされた。
「……ふふ……これはこれは。背信者とバッタリ出会すとは……いけませんよ。裏切り行為はその命で支払っていただかねばねぇ…」
声の主を見やると、そこには現12使徒のリームスがおり、背後にはエンリとクーロの姿が見て取れる。
リームスらはウィンディアでの仕事が終わり、サントアルバへと帰国する道中、偶然にもマイナたちと鉢合わせしてしまったのだ。
クーロはしゃがんで地面に手を翳しており、先の不意打ちはこのクーロが仕掛けた固有魔法であると判断する。
「リ、リームス……!!」
「貴様ら……リームス様の名を呼び捨てるとは……!やはり教会の裏切り者か…!!」
エンリはリームスを呼び捨てにしたマイナを睨みつける。
「…まあまあ、それは別に構いませんよ……ふふ……これから死にゆく者が何を語ろうと、興味はありませんからねえ……」
リームスは厭らしい笑みを浮かべつつも、その目は目の前の獲物を狩ろうとギラついていた。
「…差し当たり、あなた方が取り入る先はノックスなのでしょう?」
「…なっ…!!」
「丸わかりですよ。ズーグと同行していたハズの貴方だけが逃げ延び、サントアルバへ帰るのではなくウィンディアへ向かう途中のようですし……それに、聖印まで破棄していますよねぇ。
エンリは彼の動向を見て状況を確認してくださいねぇ。あとはクーロたちでお願いしますよ。」
「畏まりました。」
「り、りりり了解です!!」
その言葉を皮切りに、再度クーロが魔力を練り上げ、固有魔法により6人を追撃する。
クーロの固有魔法は『影操作』。これは、あらゆる物の影を自由自在に操ることのできる固有魔法である。
ハイゼルがセトを担ぎあげ、6人はすぐさまリームス達から逃亡する。
それを許さないよう、クーロは6人の影を操り、実態化させては斬撃を浴びせる。
「ぐあっ!!」
ハイゼルの隣を駆けていたキリトが、影の攻撃を避けた瞬間吹き飛んだ。
「気をつけて!!透明化もいるわ!!」
同じ固有魔法を持つヨハンナがいち早くそれに気づく。
「さすがは同じ固有魔法持ち……もう気づきましたか……」
「リームス様…あのノックスですが……」
「何か進展がありましたか?」
「…どうやら、アステル島に行くというのは本当の事だったようです……現在、火龍と対峙しております。」
「それはそれは。エンリ、引き続き監視をお願いしますよ。どうせならそのまま火龍が彼を倒してくれればありがたいですねぇ。」
その間もクーロやモーロックが6人に追撃を喰らわせる。
「このっ……!!」
防戦一方の状況を打開すべく、マイナが『氷の雨』で反撃する。
「それは無駄ですよ……あなた程度の魔法など、私の魔障壁で全て防ぎ切ることができますからねぇ……ふふ……」
降らせた『氷の雨』は言葉通り、リームスが展開した魔障壁により全て防がれてしまった。
「ハイゼル!!」
「分かっている!!」
マイナとて防がれるのは承知の上であり、ハイゼルに呼びかける。
ハイゼルはセトを背負いながらも、固有魔法『分身』により、いくつもの分身体を生成する。
「あ、あああれあれ!?ど、どどどどれが本物!?」
「慌てず全て蹴散らせばいいのですよクーロ。」
「あ!そ、そっか!!」
クーロは魔力をさらに練り上げ、現れた分身体全ての影を操り攻撃を仕掛けた。
それにより傷つけられた分身が解かれ、分身体の数が一気に減る。
その間、透明化のモーロックはヨハンナが同じく透明化し、相手取っていた。
透明化中は、同じく透明化中の相手を目視することが可能であるためだ。
「透明化同士では相性が悪いですからねぇ…こうしましょうか。」
リームスが魔力を練り上げ、手にした杖を空に掲げ、上空には巨大な魔法陣が現れた。
そこからムカデにクモ、ハチやハエなど大小様々な虫が現れ、6人の頭上に降り注ぐ。
「こんなもので我々を止められるとは愚かな…!!」
「あなた方を止めるために召喚したわけではありませんよ……これは、そちらの透明化中のお嬢さんのためのささやかなプレゼントですよ……」
召喚された虫はニオイや体温に引き寄せられる。
当然それは透明化中のヨハンナの元へも群がった。
「ま、まずい…!!」
『透明化』の弱点は、あらゆる耐性を無効化してしまう。
虫が持つ些細な毒であれ、透明化中であれば簡単に通してしまうのだ。
累積された毒によりヨハンナは透明化が切れ、体を蝕む毒によりドサッと大地へと倒れ込んだ。
「ヨハンナ!!」
ヨハンナの体は至る所が刺され、変色してしまっていた。
「……あ………あたしのことなんか………ほっといて……早く……!!」
「ダメよ!!アナタを置いて行くなんて!!」
「心配せずとも全員逃がしませんよ……ふふ……」
「マイナ!!このままじゃ俺達も殺られる!!ヨハンナの言う通り早く!!」
「ダメ!!絶対……絶対に置いて行く訳には……!!」
「……早く………ハイゼル……マイナを連れて……!!」
「か、かかかか観念してくださいぃぃ!!」
クーロはトドメとばかりに魔力を練り上げ、全員の影を操り、攻撃を仕掛けようとしたその時だった。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
突如として悲鳴がこだました。
驚いて見やると、エンリが両手で頭を抱え、目や鼻から血を吹き出し、その後倒れ込んでいた。
「…な…何事です……!?」
エンリは自身の固有魔法『千里眼』によりノックスの事を監視していた。
が、ノックスが火龍と戦闘する際、魔力を解放したことによりエンリにまで影響を及ぼしたのだ。
「今のうちだ!!!!」
狼狽えているスキを見計らい、ハイゼルはセトをマイナに預け、ヨハンナを背負い込み煙幕を投げつけた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして今に至る。
「もう少し……もう少しだから……!!」
慌ててクーロが6人を追いかけ追撃する。
「ち、ち、ちょっと、に、ににに、逃げないで、くださいよぉ!!」
「あった!!あそこよ!!」
マイナたちは息も絶え絶えになりつつ、ようやく目的の場所へと駆け寄った。
「だ、だだだだダメですよぉ!!こ、こここうなったら…これで…!!」
クーロは6人を逃がすまいと、自分の影を操り巨大化させ、巨大なハンマーを持たせ、6人のいる場所に叩き込んだ。
振り下ろされた巨大なハンマーがドガァァァアアアアン!!!!という轟音と共に大地を砕く。
クーロが固有魔法を解除し、確認すると、そこにいた6人は影も形も無くなっており、代わりに転移魔法陣のスクロールが役目を果たし、燃えカスとなって崩れていった。




