禁術の構築
この日、ノックスは久しぶりに再開したスケルトンらを相手に王国外へ出た広場にて訓練をしていた。
騎士スケルトンを含む10体のスケルトンが、夥しい程の手数と凄まじい連携を持ってノックスを相手にしていた。
「このスケルトン……本当にただのスケルトンなのかのぅ…?ここまで強い奴らなど、ワシが知る限り見たこともないぞ。」
訓練を見ていたベリアルが、ノエルとナタリアへと問いかけた。
「私も最初は目を疑いました。世の中、これほど強いスケルトンがいるものなのかと。」
「……あの連撃を軽くいなすとは……なるほど、ノックス様が仰っていた空間認識能力のおかげで、スケルトンの位置を即座に………」
「ミャウゥ…」
ノエルはベリアルの質問にも気づかないほど集中して訓練を見守っていた。
その隣にいた姫スケルトンは、ノックスの戦いぶりにウットリとしているようであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お前たちの連携力、さすがに研ぎ澄まされいるな。」
数十分の戦闘訓練を終えたスケルトンらは、ノックスの前で跪きながら傾聴していた。
「さすがはノックス様……私とモズ、リドル3人がかりでようやっと騎士スケルトンを相手にできるほどなのに……」
「状況判断が早すぎるのう。さすがはバケモノじゃ。」
「人をバケモノ呼ばわりするな。
…おそらくは、『魔王』の称号のおかげで俺自身の力が増している。
『悪魔の口』にいた頃はスケルトン5体相手が限界だったんだからな。」
「さすがはノックス様です。しかし、お話には伺っておりましたが、彼らもまた、恐ろしく強いスケルトンですね…」
「……あぁ………」
ノックスはこれまで、『悪魔の口』にて様々なモンスターと会敵し、その中には当然スケルトンもいた。
それは地表でも、ごく稀にスケルトンと会敵することもあった。
しかし、通常会敵するスケルトンらは意識や記憶など明確に持ち合わせてなどいない。
姫や騎士スケルトンを含めここにいる20体のスケルトンは、云わば『自我』を持ち合わせているのだ。
ノックスの言うことを理解するだけでなく、知識を更に深め、研鑽まで行う。
その事についてノエルらに確認した。
「…確かに、ノックス様の仰る通り、通常ならばスケルトンは人間に従うモンスターではありません……以前お話していた、リッチを倒したことで認められた、ということでは?」
「それにしては不可解すぎる。」
「リッチを倒したからと言うてモンスターを配下にするなぞワシも聞いたこともないがのう。」
「…となれば、可能性としてあげられるのが、リッチが暗黒魔術を使用し、蘇らせた……?」
「……なるほどのう。それならば合点がゆく。その『悪魔の口』という場所に突き落とされ、死んで間もないころに暗黒魔術により蘇らせたというのならば、ノックスのいうように『自我』を持っていてもおかしくはないのう。
本来は使用者が死亡すれば暗黒魔術自体も解除されるが、長期間アンデッドとして暮らしたせいで、完全に定着してしまったのかもしれんのう。」
「……やはり……暗黒……魔術か……」
ノックスは腕を組みつつ考える。
そもそも暗黒魔術により死体が動く『仕組み』とは一体なんなのか。
通常、あらゆる動物は心臓が動き、脳が司令を出すことで自律できるものである。
しかし、スケルトンにはそう言った機能は持ち合わせてなどいない。
となれば、何か別の力により活動をしている。
ノックスは当初、それは『魔力』ではないかと仮定していた。
だが、いくら『魔力』で記憶を形作ると言っても限界はあるだろう。
ノックスは更に考える。
ウィンディアで行った『残存思念解読』スキル。
死んだばかりの遺体であれば、そこにある思念を読み取ることができる。
では、なぜそんなものが読み取れるのか。
そういうスキルだから、で片付けるのは容易いが、どうにも引っ掛かりを覚える。
「……魂……?」
ノックスは1つの仮説を頭の中で組み立てる。
この世界の肉体には、魔力の他に『魂』が宿っているのではないか、と。
そして、魂に宿る記憶を読み取っているのではないか、と。
ウィンディア防衛戦の折、ズーグが放った呪術が思い立つ。
召喚された醜悪な巨人が衛兵に齧り付いたのだが、肉体には傷1つ付いてないにも関わらず死亡してしまっていたことに。
あれは、魂そのものを喰ったのではないだろうか。
肉体が死滅すると、そこに宿っていた魂も徐々に抜け落ちる。
逆に、魂を失った肉体は死滅する。
『残存思念解読』とは、まさにこの魂に干渉するスキルなのではないだろうか。
魂が持つ記憶に干渉しているのではないだろうか。
そして、暗黒魔術とは。
それは、死んだ肉体に無理やり魂を定着させる行為なのではないだろうか。
死んだばかりの肉体であれば、魂が完全に抜け落ちる前に無理やり定着させることも、もしかすると可能なのかもしれない。
自然界に存在するアンデッドは、死んでからかなり時間が経ってしまい、魂が完全に抜け落ちてしまったものの、そこらに漂うさまざまな死者の魂が寄せ集まり、死んだ肉体に定着してしまったものではないだろうか。
仮にこの仮説が正しいのならば、漂う魂を寄せ集め、あるいは抜け落ちる前の魂を魔術で持って無理やり定着させるのが暗黒魔術ではなかろうか。
ノックスが思い至ったこの仮説は、図らずも暗黒魔術そのものであった。
そんな事など露知らず、ノックスは、そこからさらに理論を組み立てる。
『残存思念解読』スキルを利用すれば、暗黒魔術など比べ物にならないほど恐ろしい魔術の理論の構築を。
それは、決して人に向けて放ってはならぬ非人道的な禁術に。
「あー!ノックス様ーー!!」
ノックスが理論の構築を終えたその時、王国とは反対の方角から何者かが手を振りながら声をかけ近づいてきた。
「……ルミナ殿……か?それにアインにモズ…マジックパウダーの材料の買い込みに行っていたのでは?」
モズはノックスの姿を確認すると、大慌てで茂みの中に隠れてしまった。
「ふっふーん!そっちは今終わったとこー!」
「そうか。アインにモズもご苦労……」
ノックスが労いの言葉をかけようとしたが、ある異変により阻まれた。
「うっ……!!!!な、なんだこの異臭は…!!?」
「……まさかルミナ殿……また何か怪しげな調合を……!?」
「失礼な!そんなヒマなんて無かったしー!!」
「ならこの臭いは……」
「ああ?これ?サイコウモリを捕まえるのにちょっとね!そんな気になる?」
「……まさか、アインもモズも……」
「…は……はは………もう……脳がマヒっちゃって……臭いとか……分かんないッスよ……」
「ふぇぇぇん……ノックス様に嫌われぢゃうぅぅう………」
「な、なんじゃお主ら!!凄まじく臭いぞ!!漏らしたのか!!!!いい歳して!!!!」
「……サイコウモリ……恐るべし………」
「そ、そうだったのか……そうとは知らず済まなかったな、2人とも。
それで、材料は全て揃ったのか?」
「そだね!あとは天才美少女ルミナ様の手に掛かればちょちょいのちょいっでいつでも出来上がるよん!」
悪臭に慣れているのか、2人とは対照的にルミナは平然としていた。
「ふぇぇぇぇ………ノックス様に嫌われぢゃぅぅううぅ……もうお嫁にいげないぃぃ……!!」
「そんな事で嫌いになどならん。むしろ素材集めのため、自身を犠牲にしてまで達成してくれたと感謝する。」
「…ふぇ…?……嫌いになっでないんですか…?」
「当たり前だ。」
「……ノックス様ーーー!!!!」
「さすが我らのノックス様ッスーーー!!!!」
モズは堪えていた涙が堰を切って溢れ、2人はノックスに抱きついた。
「一生付いでいぎまじゅぅぅうううう!!!!」
「……分かったから……その……一旦風呂に入って服を洗濯してくれ……耐性があるとは言え、さすがに、な。」
辺りを見回すと、ノエルもナタリアもベリアルも、皆ノックスらの周囲から距離を取って離れていた。