サイコウモリ
「ザリーナのやつ…上手くいったのか?」
ロンメア王城にある会議室にて、ワーグナーとハルバートが話していた。
今日は毎月行われる定例会議のために集まっていた。
ワーグナーは、3日前に行ったザリーナとノックスのデート作戦について、一足先にここへ着いてハルバートと話していた。
「……意外だな……」
「ん?何がだ?」
「貴殿はザリーナ殿とは犬猿の仲かと思っておったのでな。」
「ふん!そうではない!!彼奴が俺の話をあまり聞かぬからだ!!だが、実力だけは認めておったんだ。」
「……彼女は人一倍努力家だからな……だがそれと同時に他人との交流が下手であったのは確かだな。」
「…彼奴はひた隠しにしておるが、鈍い俺にでも分かるわ。彼奴がノックス殿に相当に惚れ込んでおることに。」
「彼女自身も、そんな自分の気持ちに素直になれないようだしな。だが、ワーグナー殿よ、もしも先のデートが失敗したからといって、絶対に笑ったりからかったりだけはするなよ。」
「分かっておるわ!!俺とてそんな無粋じゃないわ!!」
心配する2人を他所に、ザリーナが作戦会議室の扉を開いて入室してきた。
「おお!ザリーナ!!待っておったぞ!!」
「…な、なんだ急に……と言うか、ワーグナーが早くに着いているとはな……」
「俺とてたまには早く来るわ!!………それより……あれは上手くいったのか……?」
抽象的ではあったものの、ワーグナーの質問の意図を理解したザリーナの脳裏に、ノックスとのあの光景が呼び起こされ、下を向いて顔を赤らめた。
「………なんと………その反応は………」
「おお!それはめでたい!我々としても嬉しい限りだ。ようやっと貴殿にも春が訪れたということか。」
「…う、うるさい!!今日はその為に集まったのでは無かろう!!」
「ふむ……俺としてはそちらの方が気にはなるがな…」
「して、この先、ザリーナ殿はノックス殿と共に行くのか?」
「………いや………私はこの国に残る。」
「なにぃ!?なんだってまた……」
「私にはこの国での責務がある。それを放り投げるわけにいかん。」
「……さすがは鉄の女……と言いたいところだが、本当にそれでいいのか?」
「……もう決めたことだ。それよりも、さっさと定例会議を始めるぞ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ……こんだけあれば十分ッスか?にしてもシクラの種とサイコウモリ…の脳…?はどこ探しても無いッスね。」
アインはモズとルミナと共にマジックパウダー量産のために様々な魔道具店を歩き回っていた。
モズとルミナはノックスと同行でないことにかなり落胆の表情を浮かべていた。
「むぅぅ。ノックス様と一緒が良かったのにぃ…」
「んな!それだったら第1夫人のあたしだって一緒にいたかったし!」
「だ、第1夫人!!?そんな訳ありません!!」
「ふっふーん。そんなこと言ったって、あたしはノックス様と一緒のお布団で……♡」
「な……な………何だ……と……」
「まーた言ってるッスねそれ。それ、ノックス様の布団に勝手に潜り込んで摘み出されたってだけじゃないッスか。」
「んな!そこまで言わなくっていいじゃーん!」
「……そう…なんですね……さすがあたしのノックス様……」
「てか2人とも、今日の目的分かってるんッスよね?ちゃんとしないと、ノエルにどやされるッスよ。」
「…そ、そうですね…!」
「……意地悪ノエルめ……」
「おんやあ?こりゃアインさんじゃないですか!それにルミナ店長も!こないなとこで会うなんてえらい偶然ですなあ!」
「あ!オーウェンさん!久しぶりッス!」
「よっす!久しぶりー!」
「もうロンメアに戻ってはったんですなあ!ってことはアステル島には……」
「火龍ならノックス様が倒して、今は仲間になってるッス。」
「え、えぇ……火龍を仲間に…ですか……さすがはノックスさんですなぁ……」
「アイン、こちらの方は?」
「紹介が遅れましたぁ。ワイは行商人をやっとります、『オーウェン商会』代表のオーウェンです。ノックスさんらにはえらい世話になりましてん。」
「ど、どうも、モズと申します。」
「オーウェンさんもロンメアに戻ってたんッスね。」
「まあワイは行商人という職業柄、色んなとこ転々としてますんや。
……それよりも、なんでルミナ店長がこないなとこに?」
「うっ……ま、まぁ、色々あってねぇ……今はノックス様の第1夫人ってわけ。」
「あたしは許してません!!」
「えぇー!?ノックスさん、結婚しはったんですかー!?」
「…オーウェンさん、勝手に言ってるだけッス。」
「……まぁ、軽くノッてみただけです。それにしても、アステル島で拠点構えるっちゅうことは、ワイも少なからずお力添えするちょうどええ機会ですなあ!」
「そうだオーウェン!サイコウモリの脳とシクラの種を持っていないか!?この辺りの店には全く置いてなくって!」
「…またけったいなもん要求しますなぁ……シクラの種ならあるにはありますけど、サイコウモリの脳なんて気味が悪いし、誰も持っとらしませんわ。」
「ならシクラの種だけでもいいから!こうなったらサイコウモリはあたしらで取ってくるよ!」
「ちょちょ、ちょいちょい!!そのサイコウモリってなんなんッスか?モンスターッスか?」
「なんか勝手にあたしらまで取ってくる流れになってません?」
「サイコウモリっちゅうんは、モンスターとはちゃいますねん。洞窟ん中におるコウモリの一種なんですけどね。仲間同士テレパシーを送って会話しとるって言われてるんですわ。」
「そそ!あれが無いとマジックパウダー作れないんだよねぇ。」
「モンスターじゃないなら、簡単に手に入りそうッスけどね……」
「何か理由があるんですか?」
「まぁ……サイコウモリはですね、生態がちと特殊でしてね。あいつら自らに危険が及ぶと、屁ぇこきよるんですわ。」
「は?」
「へ?」
「屁ぇです。屁。寄って集って屁ぇこきよるんです。これがまた臭いのなんのって!!オマケに顔も不気味ですからなぁ。あいつらに屁ぇこかれたら、3日間は臭いが染み付いて取れへんっちゅうんですわ。
一説によると、サイコウモリのサイは、テレパシーを意味するサイじゃなくて、『クサイ』が訛って『サイ』になったって言われてるほどですわ。」
「さ……最悪じゃねぇッスか……」
「よーし!せっかく町外れにきたんだし、あたしらでサイコウモリを捕まえにいくよー!」
「えぇーー!!絶対ヤダ!!そんな臭いのなんて絶対ヤダッスーー!!!!」
「……あ、あたしも……パス……」
「んー?ってことは第1夫人はあたしでいいのかなー?アインはノエルに怒られちゃってもいいのかなー?ふっふーん。」
「んな!!許してません!!……分かりました……アイン!!あたしらもそのサイコウモリ、捕まえに行くわよ!!」
「ヤダーーー!!!!ノエルに怒られてもいいから絶対行ぎだぐないーーー!!!!」
ルミナに煽られ憤慨したモズが、嫌がるアインの首根っこを掴んで引きずり、強制的にサイコウモリの採取へと向かう姿を、オーウェンは静かに合掌し、見守っていた。