観光案内(ザリーナ視点)
明日は待ちに待ったノックス殿とのデート…じゃなくこの国の観光案内か。
それにしてもハルバートもワーグナーも、余計な事を……
…ま、まあ……嬉しくない訳では無いが……
まずはハニコムの店に寄り、演劇、そしてデリシオーゾ、か。
デリシオーゾには予約は済ませたな。時間は19時。
うむ。大丈夫だ。シミュレーション通りに事を進めればよい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全く、アイシャの奴め!!
服選びなどどれでも構わんだろうに!!…いや、良くはないが……とにかく!!こんな遅くになろうとは!!
ノックス殿を待たせてしまっている。
急がねば!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ノックス殿……お待たせしたな……」
ああノックス殿。本当にすまない。それもこれもアイシャの奴が……
「ザリーナ殿が案内人か。」
「た…たまたま私以外手が空いている者がいなかったのだ。
……その………私では不満か?」
「いや、不満は無いが…私服のザリーナ殿とは新鮮だな。」
「わ…私もそう思うのだがな……変か?」
やはり変だろう。こんなヒラヒラのスカートを履いた私などさぞ気持ちが悪いだろう。
着替えよう。そしてアイシャには罰として……
「いや、よく似合っている。さ、行こうか。」
「……!!…あ、あぁ…!」
え!?えぇ!!?
褒めた!?褒められた!!?似合ってるって。褒められた!!
よくやったアイシャ!!
あと、さっきはすまなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ここが最近若い連中が気に入っている菓子を売っている出店だ。」
はぁ…特に何を話して良いか分からず、ほとんど無言で来てしまったか……
話したいことは山ほどあったというのに。
…いや、済んでしまったことを後悔しても仕方ない。
にしてもここは本当にカップルが多いな……
って、あんなところでキスだと!?
不埒な!!
「…ねえ、うふふふ。」
ん?なんだ?
「そうだなぁ、あはは。」
…前の2人の会話、か。
「ねえジョー、チューしてぇ。」
「もちろんだよリリー。」
「あん、どこ触ってるのえっちぃ!」
「あはは。美味しそうな桃かと思っただけだよ。」
「んもう〜。昨日だってアレだけ触ったのに〜。」
「あはははは。リリーの桃は何度だって触りたくなる禁断の果実なのかもねえ。」
不埒な!!!!!!
なんという不埒な奴らだ!!!!
公衆の面前だぞ!?
……いや、私がおかしいのか…!?
わからん…!全くわからん…!!
「ザリーナ殿は…………が好きなのか?」
「ふぇ!?」
「…ん?ザリーナ殿は甘い物が好きなのか、と聞いただけだが…驚かせたか?」
「い、いや!すまない!そ、そうだな…嫌いでは無い…かな…」
驚いた…
てっきりノックス殿から告白されたのかと……
良かった。
…いや、良くは無い。
「今日もリリーを寝かさないぞぉ!」
「いや〜ん!ジョーのえっちぃ!」
……………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おおー!ノックスじゃないか!」
……え?
ベリアル殿?
なぜここに!?
……くっ…!!
せっかくノックス殿とゆっくり話ができると思ったのに……!!
おのれ火龍め!!
…いや、落ち着け。
ベリアル殿は何も悪くは無い…
……しかしこのベリアル殿……
全く騒がしい!!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「美味しかったな。ザリーナ殿は?」
「…少々私には甘すぎだったが。」
「ん?そうだったか…そういう時はトッピングにミントを添えれば多少は……」
…はあ、結局何の話も出来ないままだった……
いや、まだチャンスはある。
次は劇場だ。
そこならば否が応でも隣同士の席になる。
劇が始まるまでの間に色々と話せば良い。
そうと決まれば早速次だ。
「ノックス殿、次に向かおう。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「『雷に打たれて』か……ザリーナ殿はよく演劇は見に来るのか?」
「…む、昔アイシャに連れられて見に来たことはある程度だ。その時は『業火』という演目だったが…」
「ほう?『業火』か。どんな演劇だったんだ?」
「王国に仕える兵の物語だったな。友と一緒に激しい戦乱を生き抜く、という内容だった。」
「なるほど。で、今日の『雷に打たれて』というのは?」
「え、えーっと、それは…あまり…詳しく無くってだな……」
知っている。
何せアイシャのお墨付きの演目だ。
断じて私が見たいという訳ではない。断じて。
…にしてもここでもカップルがイチャついているな……不埒な……
「そうなのか。なら楽しみにしよう。」
……いい感じ、というやつではないか?
……うむ。
当初はどうなるかと思ったが、存外に演劇鑑賞デート…じゃなく観光というのも悪くないかもしれない。
特に私のような口下手には。
「あー!ノックス様ー!!」
何奴!!?
……って、お前は……!!フェリスか!!
なぜここに!!?
魔道オタクの貴様が来るところでは無いはずだ!!
…い、いや、それは別に良かろう。
……にしてもなぜ?
まさか、『雷に打たれて』という題名から魔術系の演目だと勘違いして……いや、そこまで疎くはないハズだろう。
………ってマジかよ!!マジで勘違いしてたよこの子!!!!
……と、いかん。私とした事が取り乱した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
演劇が終わった、か。
感動した。
感動したハズなのだ。
ただ、全くもって演劇に集中できん!!
フェリスはうるさいし、うるさいと思ったら黙り込んで泣き出すし……
演劇そっちのけで終始お互いを見つめ合ってはキスをする不埒な者がいたり………
おまけにフェリスはこの後も付いて回りそうな気配だ。
ここは1つ、忠告を兼ねてフェリスに言っておかねば…
「フェリス、少し良いか?」
「ん?なんれすか…?ザリーナ統括……ひっく…」
「ノックス殿は私が案内する。貴様は今日ここで私を見たことなど、誰にも口外するなよ。もし言えば…」
「ひえっ!」
よし。
フェリスにはこれで大丈夫だろう。
……少し言い過ぎたか。また後でフォローしよう。
さて、次はデリシオーゾだな。
時間的にそろそろ向かわねば。
「次に行くぞ。」
「あ、ああ。分かった。次はどこへ?」
「…食事処だ。」
「それはちょうど良かった。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
よし、ここがデリシオーゾか。
今度こそ邪魔者が入らぬようしっかりと確認しておかねば。
………うむ。見たところは顔見知りはいなさそうだな。
いや、それもそうだろう。
この店は人気中の人気店だ。
予約しなければ入店することすら難しいはずだ。
……だが、念には念を、だな。
入口側からでは見えなかったが、ここからならば他の客の顔も見える。
顔見知りは……
「…ザリーナ殿…?」
「…はっ!…す、すまない……えーっと、メニューだったな…」
私としたことが…
これではノックス殿に不審者だと思われてしまう。
そんなことより料理だ。
と言ってもすでにリサーチ済みだ。
確か名前は……
「な、なら、この『こだわりコース』で頼む。ノックス殿は?」
「俺も同じのを戴こう。」
「かしこまりました。」
よし。改めて確認だ。
この中に顔見知りは………よし。いないな。
「ザリーナ殿…知り合いに見られるのが嫌なのか?」
「そ、そんなことではない!断じて!!…ただ、その…」
ち、違う!そうじゃないんだ!!
私は邪魔をされたくないだけで…
…………
……はぁ……私は何と愚かな。
そんなことを気にして、ノックス殿とのデート…いや、案内が務まる訳がないだろうに。
「お待たせしました。前菜の採れたてサラダでございます。」
「あ、あぁ…」
「…ザリーナ殿?」
「…その…ノックス殿はしばらくロンメアには帰って来られないのだろう?」
「そうなるな。アステル島での拠点作り。それと並行して教会への情報収集。ルナの捜索。やる事は山積みだ。」
「…大変そうだな……だからこそ、ノックス殿にはこのロンメア王国で最後のもてなしをと思っていたのだ…」
「今生の別れでは無いさ。たまにこちらに顔を出す事くらいならばできよう。」
「………ノックス殿………今日はその………すまなかった……」
「ん?何がだ?」
「色々と…本当は……」
「おいおい!誰かと思えばあの時の生意気な野郎じゃねえか!!」
「…ん?」
……え?
……また……?
また邪魔が入る流れ?
というかこの男なぞ知らんぞ?
「…あぁ……魔道具店を放り出されていた連中か…」
……ノックス殿の知り合い…か?
「あの時はどうも!!よくも俺らに恥をかかせてくれたもんだなぁ!!」
いや、どうやら何かしら因縁を付けてきただけか…やれやれ。
「しかも見ろよこいつ!!女連れて来やがってよお!!」
「うはっ!?めちゃくちゃ美人じゃね!!?こんな野郎には勿体ないぜ!!」
「なあネエちゃんよお!こんな野郎なんざより、俺らと一緒に飯食おうや!!その後もキッチリ楽しませてやるぜぇ?」
「お…お客様……他のお客様のご迷惑に…」
「うるせぇ!!俺を誰だと思ってやがる!!」
「アニキはこの辺を仕切ってるダゲレス様のご子息だぞ!!」
……コイツら……せっかくの私とノックス殿の時間を………
「…ダ…ダゲレス様の……しかし……」
「この店がどうなったって構わねえのか!!?アァン!?」
「…ひ、ひぃっ!!」
「ひゃはははは!!!!見たか!!!!おいネエちゃん、どうだよ!?」
「……さ……ら………」
……きまさら………
「あん?もしかして俺らにビビっちゃった?大丈夫だって!!俺らと楽しい事しようじゃねえか!!」
「……ち……ろす……」
……ぶちころす……
「それにしてもいい女だなあ!!お前みたいな野郎にゃ勿体ねぇ!!今にそのお高く止まったネエちゃんには俺たちがみっちりとキモチ良くさせてやるさぁ!!」
「ぶち殺す!!」
構わん!!戦争だ!!!!……ん?
「ぐわぁっ!!な…何しや…がる……!!」
…ノックス殿?
「俺の事をどうこう言うのは構わん。だが、ザリーナ殿を侮辱するなど捨て置けん。」
……あぁ……ノックス殿……こんな私のために本気で……!
……だが、私に本当にそんな価値があるのだろうか……?
今日の案内だって、結局はトラブル続きで空回り……
つくづく自分でも嫌になる。
せっかくノックス殿に楽しんでもらおうとしていたのにこの体たらくだ。
…ははは……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんだか騒がしい1日だったな。」
「…すまない…ノックス殿……本来なら貴殿にはこの国の魅力を……」
「それならば十分に楽しめた。それよりザリーナ殿のほうは辛かったのでは?」
「…そ、そんなことなどない!!私は……」
…私は貴方と一緒にいられるだけで……それだけで十分……
本当はもっとちゃんと話をしたかった。
でもいざとなると言いたい言葉が出てこないのだ。
本当に自分が情けない。
今日の日のために部下やアイシャ。ハルバートや、ワーグナーまで色々と手回しをしてくれたというのに……
………いや、ならば言わなければならない。
私の気持ちを。
伝えなければ、伝わらない。
「ザリーナ殿、先は何と言おうと?」
「……私は……ただ、その……なんというか……」
…だが何と言えばいいのだ?
『楽しめましたでしょうか?』なのか?
こんなにもトラブル続き。その上無愛想な私と一緒で?
……馬鹿な……
「私は……辛くなどはない……むしろ、楽しみにしていたのだ……貴殿と……その……………それだと言うのに、どれもこれも上手くいかずで……」
「なんだ、そんなことか。」
「大事なのは、今を楽しむ事だ。今日の事も、いつか笑い話になる。」
「……そう……かもな……」
……そうなの…かも……
……そうだ。
アイシャに聞かされたではないか。
デートで色々とトラブった話を。
てっきり準備不足だと思っていたが、予想外にもそんな話をするアイシャは、決まって楽しげだったはずだ。
……私は今日、ノックス殿を楽しませようとばかり考えて、私自身が楽しんでなどいなかった。
楽しそうにしていない相手と一緒に居て何が楽しかろうか。
……………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
懐かしいな。
ここは昔、私が訓練生だったころによく走った場所だな。
……いや、感傷に浸っている場合では無いな。
「…それで、いつごろロンメアを出る予定なのだ?」
「そうだな……ようやく船に荷物を運び終わる目処が立ったところだから、あと1週間ほどか。」
「……そうか……」
ここで言わなければ私は一生後悔するだろう。
「ノックス殿!!これまで貴殿が我がロンメア王国に尽くして頂いた事、誠に感謝する!!
ノックス殿のおかげで、教会の蛮行を防ぎ、衛兵たちの腕が上がり、そして、私の硬い考えを打ち砕いてくれた!!」
だからこそ、伝えなければならない。
私の気持ちを。
「と、ここまでは建前だ。ここからは私の本音ただ。」
…嫌われるだろうか…?
……いや、どの道この国を去る御方だ……嫌われたとてそれはそれだ。
………だけど………
「本当ならば………私も着いて行きたい………ノックス殿と共に。
……だが、それは、できない。
私はロンメア王国第1支部統括。この国には守らねばならぬ民がおり、部下がおり、王がおり、そして、家族がいる。
………だけど……だけど………私は………!」
口が重い。
口の中が乾燥する。
……何故だ……
伝えた想い。
喉元まで出かかっているにもかかわらず…
何故言えんのだ!!
……私は……!!……何故……!!
……私は……!!……私はあなたを……!!
……え……?
……ノ…ノックス…殿……?
「…すまない…急にキスをして……迷惑だったか?」
「…迷惑などではない……ありがとう……」
あぁ、私はなんて弱い女なのだ…
結局ノックス殿が手を引いてくれなければ、前に進むことが出来なかった……
……だからこそ、不意に「ありがとう」などと言ってしまったのだろうな……
あぁ……暖かい………
鼓動がこれほどまでに高鳴るなど、今までに経験したことも無い。
ノックス殿は、こんな不器用な私すら包み込んでくれた……
ありがとう……ノックス殿………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……後悔しないのか……?」
「…ん?なぜだ?」
「その……私なんかで……」
無愛想で不器用で、取り柄と言えば少々戦える程度でしかない私を……
「後悔などする訳がない。ザリーナ殿はもっと自分に自信を持ったほうがいい。」
前に言ったことがある。
『ノックス殿は甘い』と。
確かにそれもあるかもしれない。
だが、貴殿はそれ以前に優しいのだ。
私などよりよっぽど過酷な人生を歩んできたというのに。
「……こんな気持ちになったのは初めてで……どうしていいのか分からなかったのだ……
……だが、よく……その……私の気持ちに気づいたな……」
「気づかないほうがおかしい。」
「そ…そうなのか………」
「……そろそろ、戻らないといけないのでは…?」
出来るならば、このまま時間が止まって欲しい。
だがそんな事などノックス殿はおろか、神にさえ出来ぬ事。
だから……今は……もう少しだけ……
貴殿の優しさに甘えさせてくれ…
「……そうだな………ただ……もう少しだけ……」