観光案内
ノックスはこの日、ある人と待ち合わせをしていた。
ロンメア王国に入国して以降、あまりまともに観光が出来ていないノックスのため、色々と各地を紹介しようという。という事のようだ。
が、それは単なる名目である。
ノックスが待ち合わせの公園に先に到着し、案内人を待っていた所へ、1人の女性が近づいてきた。
「……ノックス殿……お待たせしたな……」
ノックスが見上げると、そこにはザリーナがいた。
いつもの装いとは違い、私服のザリーナがそこにいた。
「ザリーナ殿が案内人か。」
「た…たまたま私以外手が空いている者がいなかったのだ。
……その………私では不満か?」
「いや、不満は無いが…私服のザリーナ殿とは新鮮だな。」
「わ…私もそう思うのだがな……変か?」
「いや、よく似合っている。さ、行こうか。」
「……!!…あ、あぁ…!」
ザリーナはいつもの険しい表情はどこへやら、褒められたことが存外に嬉しく、やや顔を赤らめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ここが最近若い連中が気に入っている菓子を売っている出店だ。」
「…ほう……」
「ノックス殿は甘い物は苦手か?」
「いや、むしろ好きかな。」
そこは、生地を熱々の鉄板で挟み、砂糖を塗し、イチゴやメープルシロップなど様々なトッピングが楽しめる、前世で言うワッフルの店であり、こちらでは『ハニコム』という名のスイーツであった。
ザリーナが紹介した通り、若い世代に大人気のお店であり、店の外に置かれている椅子には子供や若い女性、カップルなどが腰掛け、皆笑顔で頬張っている。
「早速並ぶとしようか。」
ノックスらは行列の最後尾に並ぶ。
前に並んでいたカップルは人目も憚らずにイチャついており、ザリーナは居心地が悪いのか辺りをキョロキョロとしては顔を赤らめた。
「……………」
「ザリーナ殿は…………が好きなのか?」
「ふぇ!?」
「…ん?ザリーナ殿は甘い物が好きなのか、と聞いただけだが…驚かせたか?」
「い、いや!すまない!そ、そうだな…嫌いでは無い…かな…」
「そうか。俺は何にしようかな……メープルシロップは当然として…ブルーベリーにするかイチゴにするか……いっそのことダブルなどもありよりのありだな。」
「…………」
ザリーナは早とちりしてしまったことに顔を赤くしていたが、さらに前のカップルのイチャイチャトークのせいでさらに顔を赤らめてしまっていた。
ノックスはそんな事は何処吹く風のようであり、トッピングを何にしようかと考えていた。
「お待たせしましたぁ。いらっしゃいませ♪」
「ハニコムを2つ。俺はメイプルシロップに生クリーム、イチゴとブルーベリーのトッピングで頼む。ザリーナ殿は?」
「…お…同じ物で…」
「かしこまりました。少々お待ちください♪」
注文したハニコムを受け取り、腰掛けられる椅子を探していた時だった。
「おおー!ノックスじゃないか!」
声の主を見やると、皿に大量のハニコムを載せ、口の周りにはベッタリと生クリームを付けていたベリアルであった。
「ベリアル、お前もハニコムを食べに来ていたのか。」
「そうじゃ!人間が作るメシはどれもこれも美味いのう!!そんなとこで立っとらんで、お主らもここへ座れ座れ!!」
「ならばそうさせてもらおう。」
ノックスとザリーナはベリアルが陣取っていた椅子に腰掛け、ハニコムを食べた。
ノックスはティーセットを出し、紅茶を煎れ、ベリアルはミルクティーにして楽しんでいた。
「ガハハハハハ!!ミルクティーとこのハニコムの組み合わせは絶品じゃのう!!」
空気の読めないベリアルは大いにはしゃいでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「美味しかったな。ザリーナ殿は?」
「…少々私には甘すぎだったが。」
「ん?そうだったか…そういう時はトッピングにミントを添えれば多少は……」
ノックスがスイーツについて語っていたが、当のザリーナはあまり聞いていないようだった。
「ノックス殿、次に向かおう。」
「…分かった。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスらが次に赴いたのは、ロンメアでも人気の演劇場であった。
現在上演されているのは巷で大人気の演目『雷に打たれて』というラブストーリーである。
「演劇か……初めて見るな……」
「さ、早速、見に行くぞ…!」
「ああ。」
案内された席に座る2人。
周りを見るとカップルだらけであり、やや暗めの劇場内と相まってかよりイチャイチャしていた。
「『雷に打たれて』か……ザリーナ殿はよく演劇は見に来るのか?」
「…む、昔アイシャに連れられて見に来たことはある程度だ。その時は『業火』という演目だったが…」
「ほう?『業火』か。どんな演劇だったんだ?」
「王国に仕える兵の物語だったな。友と一緒に激しい戦乱を生き抜く、という内容だった。」
「なるほど。で、今日の『雷に打たれて』というのは?」
「え、えーっと、それは…あまり…詳しく無くってだな……」
「そうなのか。なら楽しみにしよう。」
まもなく上演が開始されようかとした時だった。
「あー!ノックス様ー!!」
「……ん?…フェリスか。」
「んもう!折角帰国されたんなら、一番弟子のあたしにも顔を見せてくださいよぉ!」
「なかなかタイミングが合わなくてな。それよりフェリスも演劇を見に来たのか。」
「『雷に打たれて』…おそらくあたしの見立てでは『雷撃耐性』の話か、もしくは雷魔術に特化した話かと……一魔術師として見ない訳にはいきませんからね!」
「…なるほど…」
「ノックス様もそうですよね?…ってあれ?……そっちにいるのは……ザリーナ統括!?」
「案内してもらっていてな。」
「そんな!あたしに言ってくれれば良かったのにー!」
そんな中で上演が開始された。
フェリスはザリーナがいることなど露知らず、空気も読まずにノックスにしきりに話しかけていた。
が、演劇が進むに連れ、『雷に打たれて』がおよそフェリスが考えた演劇ではなくゴリゴリのラブストーリーであることに気づく。
当初それにガッカリしていたフェリスだったが、次第に演劇に引き込まれ、最後はワンワン泣いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
演劇を見終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ワンワン泣いていたフェリスは泣いてスッキリしたのか、
「今度あたしらのとこにも顔を見せてくださいね!」
と言って別れた。
その前にザリーナが何かフェリスに声をかけ、フェリスは小さな声で「ひえっ!」と言っていたのだが。
「次に行くぞ。」
感動のラブストーリーを見たとは思えないほど冷静で、やや不機嫌そうなザリーナが促した。
「あ、ああ。分かった。次はどこへ?」
「…食事処だ。」
「それはちょうど良かった。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2人が向かったのはロンメア王国でも随一と言わしめられるほどに腕が立つ料理人がいる『デリシオーゾ』という名のレストランであった。
この日のために予約をしてくれていたため、2人は並ぶことなくすぐに入店できた。
その際、ザリーナはしきりに辺りをキョロキョロしていたが。
「…豪華なレストランだな……」
前世ではあまり豪華なレストランに入ることが無かったノックスは、素直に感激した。
案内された席に座り、ナプキンを膝にかける。
「ご注文はいかが致しましょうか?」
「ザリーナ殿、ここのオススメは?」
ザリーナはメニューを見ずに、なぜか他の客を注意深く見ていた。
「…ザリーナ殿…?」
「…はっ!…す、すまない……えーっと、メニューだったな…」
ザリーナは慌ててメニュー表に目を落としたが、注文する料理は決まっていた。
「な、なら、この『こだわりコース』で頼む。ノックス殿は?」
「俺も同じのを戴こう。」
「かしこまりました。」
その後、再度辺りを見回していたザリーナはなぜかホッとしたような仕草を見せた。
「ザリーナ殿…知り合いに見られるのが嫌なのか?」
「そ、そんなことではない!断じて!!…ただ、その…」
「お待たせしました。前菜の採れたてサラダでございます。」
「あ、あぁ…」
「…ザリーナ殿?」
「…その…ノックス殿はしばらくロンメアには帰って来られないのだろう?」
「そうなるな。アステル島での拠点作り。それと並行して教会への情報収集。ルナの捜索。やる事は山積みだ。」
「…大変そうだな……だからこそ、ノックス殿にはこのロンメア王国で最後のもてなしをと思っていたのだ…」
「今生の別れでは無いさ。たまにこちらに顔を出す事くらいならばできよう。」
「………ノックス殿………今日はその………すまなかった……」
「ん?何がだ?」
「色々と…本当は……」
「おいおい!誰かと思えばあの時の生意気な野郎じゃねえか!!」
「…ん?」
声の主を見やると、そこにはどこかで見た連中がいた。
「…あぁ……魔道具店を放り出されていた連中か…」
「あの時はどうも!!よくも俺らに恥をかかせてくれたもんだなぁ!!」
「しかも見ろよこいつ!!女連れて来やがってよお!!」
「うはっ!?めちゃくちゃ美人じゃね!?こんな野郎には勿体ないぜ!!」
「なあネエちゃんよお!こんな野郎なんざより、俺らと一緒に飯食おうや!!その後もキッチリ楽しませてやるぜぇ?」
「お…お客様……他のお客様のご迷惑に…」
「うるせぇ!!俺を誰だと思ってやがる!!」
「アニキはこの辺を仕切ってるダゲレス様のご子息だぞ!!」
「…ダ…ダゲレス様の……しかし……」
「この店がどうなったって構わねえのか!!?アァン!?」
「…ひ、ひぃっ!!」
「ひゃはははは!!!!見たか!!!!おいネエちゃん、どうだよ!?」
「……さ……ら………」
「あん?もしかして俺らにビビっちゃった?大丈夫だって!!俺らと楽しい事しようじゃねえか!!」
「……ち……ろす……」
「それにしてもいい女だなあ!!お前みたいな野郎にゃ勿体ねぇ!!今にそのお高く止まったネエちゃんには俺たちがみっちりとキモチ良くさせてやるさぁ!!」
男はそう言いながらいやらしく腰をクネクネとさせた。
「ぶち殺す!!」
ザリーナが怒りに震え立ち上がった時だった。
「ぐわぁっ!!な…何しや…がる……!!」
「アニキィ!!」
ノックスが男の首を鷲掴みにし、片腕だけで持ち上げていた。
「俺の事をどうこう言うのは構わん。だが、ザリーナ殿を侮辱するなど捨て置けん。」
「わ、分かってんのかテメェ!!この方はダゲレス様の……」
「ならばそのダゲレスとやらも、この俺が直々に挨拶に行ってやろう。」
首を締め付けられていた男は失神し、口からは泡を吹いていた。
ノックスはそんな事はお構い無しに店外へと連れ出して放り投げた。
「ア、アニキィ!!」
「畜生っ!!テメェ……分かってんだろうなあ!!」
「こんな無法者。死んだ方が周りの皆もさぞ嬉しかろう。」
ノックスが魔力を練り上げると、男らの周囲から何本もの火柱が上がった。
「な、なんだよこれ!!?なんなんだよ!!?」
「ひ、ひぃぃいいい!!!!こ、殺され……!!」
火柱を収束させ、男らを焼き殺さんかという時、ノックスは魔術を解除した。
そこには無惨にも小便を垂れ、白目を剥いて失神している男らが転がっていた。
店内だけでなく店の外にいた野次馬からも拍手喝采が送られた。
騒ぎを聞き、駆け付けた衛兵らに身柄を引き渡した。
ようやくひと段落着いた所で、再度席へと着く。
「なんだか騒がしい1日だったな。」
「…すまない…ノックス殿……本来なら貴殿にはこの国の魅力を……」
「それならば十分に楽しめた。それよりザリーナ殿のほうは辛かったのでは?」
「…そ、そんなことなどない!!私は……」
「先程はありがとうございました。こちらは当店から、お客様へのささやかなプレゼントでございます。どうぞ、お受け取りください。」
ウェイターが先のお詫びと感謝にと、店で最高級のワインをプレゼントしてくれた。
早速そのワインをグラスに注ぎ、ちょうど良いタイミングでテーブルにはコース料理のメインディッシュであるロブバイソンのフィレステーキが並ぶ。
「いいのか?こんなに良いワインをいただいても?」
「当然でございます。では、ごゆるりとお寛ぎくださいませ。」
ウェイターは2人の邪魔をしないよう配慮したのか、言葉少なくその場を後にした。
「ふむ……奥ゆかしい香りに味わい……肉との相性も抜群だな……」
ノックスは早速ワインとステーキを堪能していた。
「ザリーナ殿、先は何と言おうと?」
「……私は……ただ、その……なんというか……」
言葉を探していたザリーナだったが、上手く見付からずに目の前のステーキを頬張り、ワインを飲んで誤魔化した。
「私は……辛くなどはない……むしろ、楽しみにしていたのだ……貴殿と……その……………それだと言うのに、どれもこれも上手くいかずで……」
「なんだ、そんなことか。」
ノックスはワインを一口煽り、ザリーナを見つめた。
「大事なのは、今を楽しむ事だ。今日の事も、いつか笑い話になる。」
「……そう……かもな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食事を済ませたノックスとザリーナは、店を後にし、夜の街を散歩する。
ワインのおかげか、それともノックスに絆されたのか、ザリーナはやや上機嫌であった。
2人はフラフラと歩いているうちに、やがて町外れの海沿いへと足を運んでいた。
「…それで、いつごろロンメアを出る予定なのだ?」
「そうだな……ようやく船に荷物を運び終わる目処が立ったところだから、あと1週間ほどか。」
「……そうか……」
ザリーナはピタリと足を止めたかと思うと、急に姿勢を正した。
「ノックス殿!!これまで貴殿が我がロンメア王国に尽くして頂いた事、誠に感謝する!!
ノックス殿のおかげで、教会の蛮行を防ぎ、衛兵たちの腕が上がり、そして、私の硬い考えを打ち砕いてくれた!!」
ザリーナはそこで正していた姿勢を和らげた。
「と、ここまでは建前だ。ここからは私の本音ただ。」
「本当ならば………私も着いて行きたい………ノックス殿と共に。
……だが、それは、できない。
私はロンメア王国第1支部統括。この国には守らねばならぬ民がおり、部下がおり、王がおり、そして、家族がいる。
………だけど……だけど………私は………!」
ザリーナは言えなかった。
言ってしまいたい自分の気持ちに。
3ヶ月前にも言おうとして、とうとう言えなかった気持ちを。
ザリーナはそんな自分が悔しいのか、目には薄らと涙を浮かべていた。
ノックスは静かにザリーナに歩み寄り、そっと肩に手を置き、優しくキスをした。
突然の事に驚いたザリーナだった。
「…すまない…急にキスをして……迷惑だったか?」
「…迷惑などではない……ありがとう……」
ザリーナの目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
そして、2人は再度、キスを交わした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
打ち寄せる波を2人は腰掛けて眺めていた。
「……後悔しないのか……?」
「…ん?なぜだ?」
「その……私なんかで……」
「後悔などする訳がない。ザリーナ殿はもっと自分に自信を持ったほうがいい。」
「……こんな気持ちになったのは初めてで……どうしていいのか分からなかったのだ……
……だが、よく……その……私の気持ちに気づいたな……」
「気づかないほうがおかしい。」
「そ…そうなのか………」
「……そろそろ、戻らないといけないのでは…?」
「……そうだな………ただ……もう少しだけ……」
月明かりが2人を照らしながら、誰に邪魔をされるでもないしばらくの時を過ごしていた。