潜入調査5
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『権力に溺れしトーマス・ベスティロ殿
貴殿がこれまでに冒した蛮行の数々、もはや目を瞑ってはいられない。
近いうち、貴殿が行ってきた数々の所業を世に晒し、その罪に見合う罰をお届けに参る。』
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「…くだらん。」
手紙を読んだベスティロは少々憤慨しつつ使用人へと問いただした。
「差出人の『ノックス』という男にお心当たりはございますでしょうか?」
「『ノックス』?……知らんな。どうせ貧民どもの当てつけだろう。」
「私共もそう考えておりますが、何分、あまりにも手紙の内容が簡素でありまして。」
「お前たちで対処しておけ。」
「畏まりました。」
枢機卿という身分を妬み、こういった手紙を送られることはままあった。
今回もそういった連中からの脅迫文であろうと処理をさせる。
しかし、通常、こういう脅迫文の場合は差出人の名など書かないものである。
その辺りの学もないどこぞの馬鹿な貧民の仕業か、もしくは単なる偽名だろうとベスティロは全く気にも止めなかった。
手紙を送ったのは当然マイナたちである。
内容を簡素にしたのは、情報源であるジェラートを特定されないよう気配りしてのことと、今回の目的はノックスの名を使用人たちに知らせる事であるためだ。
マイナたちも当然、このような手紙を送る際には差出人の名など書く訳が無い事など重々承知している。
だが、脅迫文の内容を簡素にし、敢えて名を書くことによって、まずはそこから差出人を探そうとはするはずだと踏んでいた。
マイナたちはすでにベスティロ枢機卿の邸宅内へと忍び込んでいた。
侵入に際してはヨハンナの固有魔法『透明化』を使用した。
この魔法は自身と、自身が触れている者を透明化させることができる魔法である。
目視出来ないのは当然ながら、感知スキルにも引っかからない魔法であるが、唯一のデメリットは、透明化中はあらゆる魔法の耐性が無くなることである。
ヨハンナの透明化で、マイナとキリトも潜入していた。
ヨハンナは引き続き透明化によって内部調査を行い、キリトは固有魔法『変身』により、ネズミに化けて調査する。
この『変身』は他人に変身することは出来ないが、動物やモンスターに変身することができる固有魔法である。
そして、マイナは他の使用人にも『ノックス』の名を広めるべく、使用人に変装して潜入していた。
変装に際しては、マイナの固有魔法『複製』により、使用人の服を複製していた。
そうして、マイナ、ヨハンナ、キリトの3人が邸宅内に潜入していた。
使用人の間で『ノックス』の話を広めている時であった。
「……見つけた……あの子ね……」
マイナが見ていた先にいたのは、歳の頃は15、6。隷属の首輪を付けられ、顔立ちがどこかノックスの雰囲気に似ている少女である。
他の使用人の反応は皆同じような反応だったのに反し、この少女だけは明らかに動揺していたのだ。
少女はすぐさま姿勢を正し、「知りません」とだけ答えていた。
その後、その少女が1人になった所を見計らい、マイナは接近し、邸宅にある一室へと連れ込んだ。
「…失礼。少し聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
少女は恐る恐るマイナを見やった。
「…な、…なんですか?」
「あなた、『ルナ』じゃないの?」
「……え……?……ち、違います……」
「ノックスっていうのはあなたのお兄さんかしら?」
「…知りません…」
「安心して。私たちはノックス様に言われてここにいるの。あなたの敵じゃ……」
「…知らないって言ってるじゃないですか!!」
少女は突如声を荒らげ、机に置いてあった花瓶がガシャンと音を立てて割れた。
その音と声により他の使用人が騒ぎ始め、バタバタと足音が聞こえる。
「…あ…あたしは『ルナ』なんて名前じゃない……『ノックス』なんて人…知らない…!!」
「…それならそれで構わないわ。それに、今はまだ、その首輪のせいで出られないでしょう。」
「…………」
「……でも、これだけは覚えておいて。ノックス様は必ずあなたを迎えに来るわ。」
「……………」
使用人が衛兵を引き連れ、たくさんの足音が近づいてきた。
「だからそれまで、必ず生き延びて…!」
『こっちのほうから声がしたかと…!』
『誰かいるのか!?いるなら早く出てこい!!』
「マイナ、逃げないと!!」
いつの間にか来ていた透明化中のヨハンナが急かす。
「………その人に………伝えてください………」
「……なにを…?」
「……絶対に……ここには来ないで……と…」
「…なっ!?そんな!!どうして……!!」
「マイナ!!早くここを出ないと!!」
『この部屋から聞こえるぞ!!』
『早くここを開けろ!!さもなくば力づくで…!!』
「ルナ!!」
「…さようなら……」
すんでのところでマイナたちは窓から飛び降り、ヨハンナによる透明化によって邸宅から脱出した。