保護
ノアの後をノックスと衛兵2人がついて行く。
ノアは入念にニオイを嗅ぎ分け、その発生源が近くなったのか駆け出した。
やがて住宅街にある1軒の家の前へとたどり着き、ノアはノックスに向き直って鳴き声をあげた。
「ここがそうなのか?」
「ミャウ!」
「ノックス殿?ここの家は?」
「おそらくここに犯行現場を目撃した証人がいる。俺が話をするから、あなた方は俺が怪しい者ではないと身分を証明してくれ。」
「…わかりました。」
念の為にノックスはこの家の周辺に怪しい人影がいないかも感知スキルで確認したが、それらしい人物はいなかった。
それを確認してから扉をノックした。
音に反応して母親と思しき人物が扉から出てきた。
「どちら様です?」
「失礼。俺はノックスという者だ。こちらはノア。この家に娘がいると思うのだが少しばかり話をさせて欲しい。」
「…む、娘になんの用です…?」
「お宅の娘は何者かから脅迫を受けている。ここ最近、変わった様子ではなかったか?」
「…え……脅迫……?」
母親は分かりやすく動揺した。
娘の変化に心当たりがあるからだろう。
「俺たちは怪しい者じゃない。ここに王国の衛兵もいる。」
母親が衛兵2人を見やり、しばらく考えた後、ノックスを家へと招き入れた。
「…今、娘を呼んできます。」
2階へと母親が娘を呼びに上がっていった。
「…ノックス殿、本当にこちらに?」
「おそらくはな。が、その前にあなた方に保証して欲しいことがある。」
「……?」
「…なんでしょうか?」
「ここの家族の身の安全をだ。」
「犯人たちに襲われないように、ですか?」
「そうなんだが、事が少し込み入っている。」
「…は、はぁ……」
衛兵2人が顔を見合せていた所へ、母親が娘を連れて階段から下りてきた。
娘は憔悴し、衛兵2人を見ると酷く怯えた表情を見せた。
「初めましてお嬢さん。俺はノックス。こちらはノアだ。」
ノックスが優しく声をかけるも、少女は怯えて母親の後ろに隠れ、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「心配いらない。君の家族の安全は俺たちが保証する。怖いことに巻き込まれたようだな。」
「………………」
ノックスの言葉に少女が少しばかり表情を和らげる。
「君のお父さんお母さんも心配いらない。今日俺たちがここに来たのは、君たちの安全を保証することと、昨日、何があったのかを話して欲しい。」
少女が尚も不安げな表情を浮かべていた所へノアが歩み寄り、優しい声で「ミャウ」と鳴いた。
その鳴き声に絆されたのか、やがて少女が身に起きたことを話し始めた。
友達の家で遊び、帰る最中、キツネとサルの獣人族に声をかけられた。
その2人に、お菓子をやるから付いてこいと言われ付いて行ってしまった。
言われた通りお菓子はあったが、もっと欲しいか?と言われ、欲しいと答えた。
そして街の外へと行き、そこにいた兵隊さんに道を尋ねてくればもっとお菓子をあげる、と言われた。
兵隊さんたちに道を聞いていたら、兵隊さんたちの後ろからその2人がいきなり現れ、兵隊さんたちの首に何かしたかと思うと、忽ち血が溢れ出て倒れた。
そして2人から、黙っていなければお父さんとお母さんを殺しちゃうと言われた。
この事が怖くてどうしようも無かった。
「…ミアナ…!…そんな事が……!!」
母親は驚愕し顔を青ざめた。
ノックスについてきた衛兵もまた同じように驚愕していた。
「よく話してくれた。ミアナ、だったか。もう大丈夫だ。」
優しく微笑みながらミアナに語りかけ、また、ミアナも一人で抱え込んでいた事を吐き出し、ノックスの優しい笑顔に安堵したのか、ボロボロと涙を流して号泣した。
母親がミアナを介抱しているのを後ろに、ノックスは衛兵たちに改めて依頼する。
「今聞いたのが事の発端だ。探すべきはキツネとサルの獣人族。まあそれはそちらの仕事として、俺から今一度依頼したい。」
「…このご家族の保護、ですね。」
「任せてください。何よりもノックス殿からのご依頼とあらば。」
「ありがとう。ところで、殺害犯に心当たりは?」
「これだけではまだ何とも…ですね。ただ、すぐさま本部に連絡し、情報を共有しておこうかと思います。」
ノックスは少し考える。
そもそも『残存思念解読』というスキルが一般に知られているなら、今の情報は周知されていてもおかしくは無いはずだ。
それが成されていない、ということは、このスキルは世に知られていない可能性が高い。
それを活用するのは構わないが、下手をすれば金目当てに犯人と繋がりがあると見なされ兼ねない。
「……ク…殿……ノックス殿?」
声を掛けられ思考を中断する。
「ノックス殿、いかがなされた?」
「ああすまない。考えごとをしていて。」
「そうですか。我々は先の話をまず分隊長に報告し、引き続き殺害犯の捜索とこちらのご家族の保護に向かいます。」
「分かった。俺もなにか分かった事があれば協力する。」
「ありがとうございます。」
ノックスたちが家を後にしようとした時、背後から
「…あ……」
と声がする。
振り返ると先程まで泣いていて目を腫らしたミアナがノックスたちに歩み寄り
「…あ……ありがと……!」
とペコっとお礼をし、母親も続いて頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宿へと戻るとすでにノエルとアインも戻っていた。
ノエルもアインもあまりこれと言った情報はなく、収穫はなかったようだ。
「んー、転移系の魔法陣でも仕込んでるんかなーって思ったんッスけどねぇ…」
「例えば、だ。」
ノエルがアインに質問する。
「転移系の魔法陣を描いた紙を矢に括り付けて撃ち、射抜いた物を転移させる、ということはできるのか?」
「うーん……できなくは…ないかも……ッスけど、それ、相当に魔力が居るッスよ。それにあんまり遠いと魔法陣に魔力が届かないッス。」
「その方法が可能としても、金を4つに分断するより一纏めにしたほうがいいだろう。」
「…確かに…それもそうですね。」
「ところで、お前たちに確認したい。」
「ん?なんッスか?」
「なんでしょう?」
「『残存思念解読』というスキルは知っているか?」
「え?ざ、ざん…ぞん……?」
「『残存思念解読』だ。」
「…聞いた事もありません。」
「ノックス様は知ってるんッスか?」
「死んだ者の思念を映像として読み解けるスキルだ。死亡後、あまり時間が経っていると徐々に見えなくなるようだが。」
「…な、なんか凄いスキルッスね…」
「思念を読み解ける、ですか…」
「その故人の隠し事とかも全部分かっちゃうって事ッスか?」
「…おそらく、故人にとって印象的な記憶だけが見れる。例えば、幸福な記憶。あるいは、誰に襲われた。とかな。」
「…そ、そんなスキルがあれば、犯罪者が丸わかりッスね……」
「まさか、ノックス様がそのスキルを?」
「察しがいいな。黙っているつもりは無かったが、俺はそのスキルを所有している。」
「ふぇ!?マ、マジッスか!?」
「今日まで何ら役に立つことは無かったがな。」
ノックスは『残存思念解読』のスキルにより得た情報をノエルとアインに共有した。
「キツネ獣人のジューク、それに、サル獣人のスライ、ッスか。」
「これだけでかなりの情報ですね。」
「脅迫された女の子は?」
「そちらはノアのおかげで特定できた。衛兵に保護も依頼してある。」
「さっすがノックス様!仕事が早いッス!!」
「では、我々はそのジュークとスライを見つける、ということでしょうか?」
「乗りかかった船だ。あと2日しかないが、できるだけやってみるか。」
「了解ッス!」
「畏まりました。」