サーベルキャット
「なんかズルい!!ズルいッス!!」
朝から朝食をと集まった際に、アインが急に声を荒らげた。
「…何のことだ?」
「ノエルのことッス!!最後オイシイとこ持っていったばっかりに……!!」
「お前たちで掴んだ勝利に何の不満がある?」
「そのせいで……何であんなにモテてんッスかー!!」
「………くだらん。」
どうやらアインは昨日の訓練終わりの飲み会の席で、自分の席にはむさ苦しい男連中に囲まれ、対してノエルは女性陣に囲まれていたことを妬んでいるようだった。
朝食を終えた一行は、ノアのご褒美を購入すべく商店街に立ち寄った。
まずはダンジョンでのご褒美にと赤色のスカーフを購入し、首にかける。
気に入ったようで、ノアは喜んでいた。
続いて合同訓練のご褒美として、ブラシを購入した。
試しに毛を梳いてやると気持ちよさげに目を瞑り、しまいには仰向けになって喜んでいた。
ついでに動物用のシャンプー類も購入しておいた。
続いてノエルとアイン。
アインは再度『リリスの花園』に行きたそうにしていたが、ノエルに窘められていた。
「アイン、『リリスの花園』に行きたいというのは別に責めるつもりは無い。が、どうせなら形に残るもののほうがいい。『リリスの花園』ならいつでも行けるだろう?」
「…うっ…!…そ、それもそうッスけど……」
「それに俺たちは遊ぶためにここまで来たわけじゃない。アステル島へ行き、火龍を倒す手伝いをする。そのためのはずだ。」
「……な、なんも言い返せねぇッス……」
「ノエル、そこまでにしてやれ。俺はお前たちとの旅を楽しんでいるぞ?」
「承知致しました。…ですが、せっかくなら形に残るもののほうがよいだろうという考えは変わりません。」
「まあ、それは俺も概ね同意だな。どちらにしろ船がまだ完成しないうちはここに留まるしかない。『リリスの花園』に行くなとは言ってないんだから、好きに通えばいい。」
「た、確かに…!!それもそうッスね!!」
喜んでいるアインとは反面、ノエルはやれやれといった表情をしつつ
「ノックス様は甘い御方だ……」
と零していた。
その後、ノエルは『モンスター図鑑:ストール大陸編』という本を、アインは『高等魔術書:支援魔法編』という本を購入した。
ストール大陸というのはロンメアやウィンディアを含むこの大陸の事のようである。
このストール大陸でも数百種にも及ぶモンスターが生息していたのには驚いたが、それと同時に1つ判明した事があった。
それは、ノアの事である。
ノアは『サーベルキャット』という種のモンスターであるということだった。
ただし、このサーベルキャットは警戒心が非常に高いのと、狩りは基本的に夜に行われ、音もなく相手を抹殺することから、別名『夜の狩人』とも呼ばれているそうだ。
戦闘能力などについては不明だったが、これは発見者が今日まで数人しかいないからとの事だった。
運悪く出くわした者もいたかもしれないが、今日までサーベルキャットの生態系に不明な点が多いのは、『サーベルキャットに襲われた』と認識するよりも前に殺されていたのかもしれない。
ノックスたちはノアがモンスターであることは薄々気づいていたものの、それが今回確信へと変わったのだが、だからと言ってノアをどうこうする気など微塵も無かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、2週間が経過した。
船の完成にはもう少しかかるそうだが、完成までおよそあと1週間という目処が立っていた。
乗組員として多種多様な種族が名乗りを上げてくれたが、目的地を伝えると皆顔色を変えて沈黙した。
あれからも王国兵への訓練に赴く事もあり、その対価として王国図書の閲覧をしてみたが、ロンメアに比べてかなり少ない図書しか保管されていなかった。
ここに住んでいる職人たちは皆、家族経営ならではの一子相伝であり、基本的に技術的なことは門外不出なのだろう。
ノックスは夕涼みにウィンディアを眺めつつ紅茶を嗜む。
あの防衛戦から早1ヶ月。
あれから教会からはなんの音沙汰も無い。
12使徒でもあるズーグが失敗したということはすでに伝わっているはず。
となれば、仇討ちとして再度侵攻してくるか、それがなくとも何かしらの接触をしてくる可能性を考えていた。
が、実際は何も無い。
すでに教会の奴らが侵入し、内部から着々と準備を進めて…という気配もない。
何よりここは他種族の国。
人族がいないという訳では無いが、いれば目立つ。
特に王国は教会からの報復に備え、かなり国境警備を強化している。
国境警備兵からの報告には教会の「き」の字すら現れない。
報復を諦めたとは考えづらい。
ここまで何も無いというのもかえって不気味だな。
国王も教会に抗議文を打診しているとは聞いている。
が、それもロンメア国王の言っていたように、全て無視しているだろう。
物思いに耽っていると、扉をノックする音が聞こえ思考を中断した。
「どうした?」
「失礼します。」
入ってきたのはノエルだった。
「ノックス様、本日の夕餉はいかが致しましょうか?」
「もうそんな時間か。すまない、考え事をしていた。」
「私でよければいつでもご相談に乗らせていただきます。」
「…いや……そうだな。」
答えは出ないかと一瞬考えたが、改めてノエルに考えを聞いてみることにした。
「…なるほど。確かに私も教会の動向は気になっておりました。」
「仮にノエル。お前が教会の立場ならどうする?」
「私が…?ですか……そうですね……」
ノエルが口元に手を当てつつしばらく考え、そして話し始めた。
「ズーグが12使徒でどれほどの立ち位置かは分かりませんが、このまま放置して良い問題ではないと判断するでしょう。
その上で、報復、というのはかなりの痛手を被ることになります。さもすれば全滅ともなりかねません。
やるとすれば暗殺か潜入。ですが、そのどちらもやるには少し問題があります。
というのも、ここはウィンディア。そういう輩が聖印を隠し、身分を偽って入国したとて、人族というのはここでは目立ちます。」
「それは俺も同意見だ。」
「となれば、あとは買収、もしくは脅迫による密偵でしょうか。」
「ほう?」
「ウィンディア王国兵といえども一枚岩ではありません。人族ならば目立ちますが、ウィンディア王国兵であれば怪しまれずに済みます。
家族などを人質にし、王国兵に密偵を強要させる。あるいは暗殺も。
ノックス様に直接手を下せないならばノックス様の弱みを握る。」
「俺の弱み…か。あるとすればノエルやアイン、ノア。それにロンメアに残した仲間だな。」
「…そう仰っていただき、ありがとうございます。ですが、我々はノックス様の下僕。必要とあらば斬り捨ててください。当然、そのようなことの無いよう気を引き締めさせていただきます。」
「そう固くなるな。俺に命を救われたと思うのならば、俺のためにその命を捨てるのではなく他の命を拾え。」
「…ご配慮……感謝致します…!」
ノエルは膝を着いて感謝した。
その目に軽く涙が滲んでいるようにも見える。
「ノックスさまーー!!早く晩飯行きたいッスーー!!」
話がひと段落したのもつかの間、今度はアインとノアが扉を開け入ってきた。
「ん?…な、なんか、難しい話でもしてたッスか…?」
「いや、なんでもない。そうだな。食事にするか。」
ノックスは立ち上がり、ノエル、アイン、ノアを引き連れて腹を満たすべく街へと繰り出して行った。