ジェルゾの鍛冶屋
ウェンディア王国防衛戦を終え早3日が過ぎた。
街中には未だに勝利の美酒に酔い、住人や衛兵がそこかしこに寝転がっていた。
この国が発足して以後、ここまで大きな戦闘がなかった彼らにとっては、今回の防衛戦の勝利には大いに沸いたのであった。
ノックスは防衛戦の後、各地の病院にいる重症患者の治療に回り、ほとんど息付く暇も無かったようである。
その甲斐もあってか、ウィンディア国内のノックスたちの評判がかなり上がり、少し前の態度と比べるとガラリと一変していた。
「おぉ!ノックスさん!昨日はありがとよ!!メシでも食ってってくれよ!」
「あらあらノックスさん、こんにちわ!ちょうど良かったわ!この前のお礼にコレ貰ってってちょうだいな!」
「あ!ノックスにいちゃんにこぶん!おいらたちにしゅぎょーして!」
「…この前の礼…これ、やる。」
この日もノックスたちのもとにひっきりなしに感謝とお礼の商品やら食事をご馳走になっていた。
タダで治療してもよかったのだが、皆の好意を無碍にする訳にもいかず貰えるものは貰うことにしようとしたのだが、そのおかげで一度外出すると大量の手荷物を抱えてしまうことになっていた。
この日ノックスたちが街を歩いているのには理由がある。
それはこの国に住んでいる、とあるドワーフ族の店を探していたのだ。
ドワーフ族の部隊長のイワンという男を治療した際、見舞いに来ていたイワンの父親であるジェルゾが涙を流して感謝し、お礼に自分が経営する鍛冶屋で3人の武器の調整や装備どれでも見繕ってくれると言うのだ。
聞くところによるとジェルゾの鍛冶屋はウィンディアだけでなく他の国でも名が通るほど名工だという。
ノックスは知らなかったがノエルはその名を知っていたようで、お言葉に甘えて今日その店に立ち寄ることにしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ジェルゾの鍛冶屋』はウィンディア国内でも当然有名で、その店はすぐに見つかった。
店の前に立っていた女性がノックスたちに気が付き、駆け寄ってきた。
その女性とはジェルゾの妻のターニャ。イワンの見舞いにも来ており、夫と同じく涙を流して感謝していた1人だ。
「あらぁ!ノックスさん!わざわざ出向いてくれてありがとうねぇ!今か今かと待ち構えていたんですの。さぁさぁ、ノエルさんもアインさんも入ってくださいな。」
ターニャはノックスたちを店に招き入れ、手荷物を預かるべく使用人を寄越してくれた。
「その節は本当にありがとうねぇ…おかげでイワンがあんなに元気になってくれて……本当にありがとねぇ……」
ターニャは目に涙を浮かべつつ感謝していた。
その後ターニャは奥の作業場へと足を運び、
「アナタ、ノックスさんたちが来てくれたわよ!」
と声を掛けていた。
ジェルゾがやってくるまでの束の間、ノックスは店内を軽く見回した。
壁には何本も剣や槍が飾られており、鎧なども立てかけられている。
安売り用の武器はカゴで一纏めにされており、値段別で入れられている。
安いもので300ダリル。壁に掛かっている高いものだと7万ダリルとかなり値が張る物もあった。
ノエルはそれらの武器を舐めるように見つめ、時折「ほぅ…」と感嘆していた。
やがて奥からジェルゾが現れ、
「よく来てくれたのう、ノックスさん!!アンタらには息子が世話んなった!!」
と見舞いの時とは違い威勢のいい声を掛けてきた。
「これら全てジェルゾ殿が作られた武器で?」
「まぁ、このへんの高いのは全部俺だのう。そこんカゴにあるやっすいのは新人が作ったやつであんまオススメはしねぇのう。」
「なるほど……さすがジェルゾ殿が打たれた武器……どれもこれも素晴らしい……」
ノエルは武器の中でもとりわけダマスカス鋼のような紋様の武器にウットリと見とれていた。
「今アンタらが使ってる武器を見せて貰っても構わねぇかい?」
ジェルゾにそう言われ、ノックスは刀、ノエルは双剣、アインはナイフを差し出した。
「この双剣……かなりの修羅場をくぐっているのう……それなのにも関わらずキチンと手入れが為されている。武器を大事にしとるのがよく分かる。」
「いざと言う時にキッチリと役目を果たせるよう、普段からの手入れは怠ったことはありません。」
「さすがだのう…最近の若造はその辺を分かっちゃいねえ!自分の命を預ける武器をぞんざいに扱う不届き者もおるもんでのう。」
「全くもってその通りです。どれだけ高級品を身につけても、手入れがなされずに放ったらかしにされている武器を見ると、良き持ち主に恵まれなかったのだと心を痛めます。」
「気に入った!!さすがはノックスさんの付き人だのう!!」
ノエルとジェルゾはその後もしばらく武器について熱く語り合っていた。
ノエルにこんな一面があるのかとノックスは驚いた。
「ノエルさーん、ジェルゾさーん、そろそろ俺らの武器も見てもらってもいいッスか?」
痺れを切らしたアインが間に入った。
「おぉ、スマンスマン。つい熱くなってのう。
……ふむ。このナイフはあまり使っておらんようだのう。アンタは魔道士か?」
「そうッス。前までは魔道士に武器は不要かなぁって思ってたんッスけど、ノックス様に携行しておくように言われて最近買ったッス。」
「確かに魔道士なら武器よりも防具って思う連中もおる。だがな、魔道士だからこそ武器は必要だのう。」
「それまであんまり剣とか振ったこと無かったもんで、ナイフみたく軽いのが良いかなってことで。」
「その辺は弁えておるようだのう。ふむ。魔道士でならミスリル製の武器の方がええだろう。そのほうが魔法伝導率も高いからのう。」
「ミスリル……欲しいけど高いんッスよねぇ……」
「なぁに!ノックスさんの付き人だ!その辺はサービスさせてもらおう!」
「え!マジッスか!!」
「さすがにタダって訳にはいかねぇが、このナイフにミスリルを仕込んで…5000ダリル……」
「へっ!?やっぱたっけぇ!!」
「のところを2000ダリルだ!」
「ふぇ!?やっすい!!いいんッスか!?」
「恩人の付き人だ!!そんくらいサービスさせてもらう!」
値段を無茶させていないか心配になったが、ノエルに聞いたところミスリル製のナイフの相場がおよそ4000ダリルなので、アインはジェルゾに少しからかわれていたようである。
だとしてもあくまでそれは一般市場価格の相場であり、ジェルゾが打つとなると話が変わるのではあるが。
最後にノックスの刀を見てもらった。
ジェルゾが鞘から刀を抜いて刀身を見つめていたが、眉間にシワが入り、深い顔立ちがさらに険しさを帯びた。
ジェルゾと反対側からはノエルもノックスに了解をとって刀をまじまじと見つめていた。
「……ノックスさん、こりゃあ驚いた……」
「えぇ……ここまでの代物だったとは……」
「なんの事だ?」
「こりゃあ『魔鉄』だ。それもかなり純度が高ぇ。ここまでの代物は俺も長ぇこと鍛冶屋してるがそうお目にかかったこともねぇ…」