あっけない終幕
人が死ぬ瞬間というのは、なんとか生き残る術を見出すべく脳が思考を加速させあらゆる記憶を引っ張り出すらしい。
今の俺がまさにそれだ。
思い返せば本当にくだらない人生だった。
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俺は小さい頃から母親から「恩には恩で返せ」と育てられた。
父の顔は知らない。俺が物心着く前に離婚したからだ。
母は女手一つで俺を育ててくれた。
俺は母から教わったようにそう生きた。
恩を受ける前に自分から恩を売るようにもしていた。いつかそれが巡り巡って俺に返ってくるかもしれないし、返らなくとも別に良かった。
下心が無かったかといえば嘘になる。
だからなのか、俺は頼まれれば断れない性格だった。
社会人になってからは特に俺は頼まれることが多くなった。
婚約者も何かと俺を金銭面で頼っていた。馬鹿な俺は『頼られてる』と勘違いして自惚れていたのだろう。
30歳になった俺はそれまで勤めていた会社をクビになった。
なんでも、会社の金が横領されていて内部調査したところ、俺のPCにその証拠があったとか。
当然俺にはなんの事だかわからなった。
それまで俺を頼っていた同僚達からは軽蔑の視線を送られた。
そして、婚約者も消えた。
茫然自失となった俺に更なる仕打ちがあった。
母がひき逃げにより他界した。
俺にはもう、何も残されていなかった。
それからしばらくして、俺のもとに元同僚のおばさんがやってきた。俺の横領に対して懐疑的だったのもあり、独自で調査したようだ。
そしてその結果、実際に横領を行っていたのは俺をよく頼り、慕ってくれていると思っていた後輩だった。
おばさんは当然このことを会社にも訴えたが、後輩はもともと会社の得意先の息子であったため、もみ消されたのだという。
俺はおばさんに礼を言って帰らせた。
俺にとってはもうどうでもいいことだ。
誤解だとわかってくれたところで、俺にはもう何も無い。
しばらくの後、俺はその後輩をつけていた。
後輩は誰かと合流したが、何よりも驚いたのはその相手が俺の元婚約者だった。しかも見た感じはとても昨日今日知り合った感じではなかった。
2人はそのままラブホテルに入って行った。
それから1ヶ月後の今日、俺は計画を実行した。
計画と言っても杜撰な物。2人を捕え、尋問した。
最初こそ2人は「好きなのはあなただけなの」とか「許して」などとほざいていたが、徐々に2人は口々に俺を罵倒した。「騙されるほうが悪い」とかなんとか。
俺はもとより2人を許すつもりもなかった。
2人を車に乗せ、山中で始末しようと車を走らせた。
車の中を血で汚したくなかったからだ。
その道中、信号無視してきた車と俺の車が衝突した。
後輩と元婚約者は衝突時の衝撃で車外に投げ出されていた。見える限りだと、元婚約者は首があらぬ方向を向いており、後輩は頭蓋骨が割れて脳漿を撒き散らしている。
2人ともピクリとも動く気配がない。多分もう死んでいるだろう。
俺は、電柱に衝突し、運転席ごと体を押しつぶされている。
体の感覚がない。が、頭は鮮明だ。さっきからピチャピチャと聞こえるのは多分俺の血が滴って血溜まりを作ってるんだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして俺は今に至る。
思い返せば返すほど、ほんとうにくだらない人生だった。
もしも俺に第2の人生があるなら………いや、そんなありもしない希望に縋るのはよそう。
結果的にとは言え、俺は2人の人間を死に追いやった…。
もしも…あの世があるなら俺は地獄行きが妥当だろう…。
……あれ?てことは…俺はあの2人と地獄で会うことになるんだろう…か…?
………
……もう……、どう…で……も……いい……か……。
こうして俺は、一方的な理不尽により全てを失い、そして、自分の命さえまでも失った。
これは彼も知らなかったことだったが、信号無視して突っ込んできた車は、彼の母をひき逃げした犯人だったらしい。
当然その相手はシートベルトなど装着しておらず、車内にいた4人全員が車外に放り出され、見るも無惨な状態で死んでいた。
死んでしまった彼は知らず知らずの内に復讐をやり遂げていたのであった。