時計塔の乙女
百合ホラーです。
怖く可愛く書いたつもりです。
裕福な令嬢達が集まる白菊女学院。校内には西洋造りの時計塔が聳え立っておりました。
明治時代、2人の乙女が時計塔で逢瀬を重ねておりました。1人は上級生のお姉様、もう1人は下級生の妹。
「お姉様」
「やっと来てくれたね。僕の可愛い桜草。」
ここは2人の秘密の場所。一緒にお話したり、お弁当を食べたり。宿題を教え合ったり。
「お姉様、わたくし達はこれからもずっと一緒よ。」
「ああ、僕の傍にずっといてほしい。」
お姉様は大好きな桜草の髪に百合の花を翳し、桜草と呼ばれた少女はお姉様の軍服の胸ポケットに百合の花を刺しました。
あれから時代は4度変わり令和時代。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
丸襟のブラウスに黒のジャンパースカートに身を包んだ乙女達が登校して参ります。時が変わっても変わらぬ挨拶と共に。
「ねえ、ご存知ですの?時計塔の噂?」
1人の生徒が口を開く。
「何ですの?」
「時計塔で白百合の花を互いの髪に翳し合って友情を誓い合うと2人は永遠の絆で結ばれるんですって。」
「まあ、誰がそのような事を?」
「この学校に伝わるジンクスよ。」
「ジンクス?」
「ええ、この学校では昔、明治時代に時計塔の最上階で白百合の花を互いにプレゼントし合って永遠の友情を誓い合った2人がいたの。1人は上級生のお姉様で軍服姿の男装の麗人、もう1人は下級生の妹でドレス姿のお嬢様。ある日お姉様に縁談の話があったの。だけど2人は離れ離れになりたくなくて塔の上から手を繋いで飛び降りて亡くなったのよ。」
「心中ってことかしら?」
「そうね。それからよ。このジンクスが生まれたのは。」
「その2人は今は天国に一緒にいるんでしょ?」
「そういうことになるわね。」
「ロマンチックだわ。ロミオとジュリエットみたいで。」
「ロミオとジュリエットって女同士なのに何言ってるのよ?」
「あら、男装の麗人なら女でも宜しいんじゃない。」
昼休み、ほのかはクラスメイトの噂話に耳を傾けず時計塔へと向かう。この場所は人が滅多に来ないため1人になるには最適であった。
ほのかは今年の春公立の中学から入学試験を受けこの学校の高等部に入学した。クラスメイトは皆中等部から進学した生徒だったためなかなかクラスに馴染めずにいた。
元々皆の輪の中に入っておしゃべりするより1人で本を読む方が好きだったためほのかは昼休みはこの場所で借りてきた本を読みながら昼食を取っていた。
しかしその日はいつもと少し違った。
「あの」
ほのかは声をかけられふと顔を上げる。そこにはピンク色のドレスの少女が立っていた。19世紀に流行ったようなクリノリンスタイルで髪はハーフアップでピンクのリボンをつけている。
「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」
ほのかはお弁当箱を包み立ち去ろうとする。
「お待ちになって。」
ほのかは少女に呼び止められる。
「わたくし貴女とずっとお話してみたいと思っておりましたの。もし宜しければこちらにお座りになりまんか?」
ほのかは少女に誘われ再び隣に腰かける。校内でドレス姿は気にはなったがこの学校に入ってから初めて誰かに声をかけられて嬉しかったのだ。
きっとこの子は裕福な家庭の子で私服登校が認められてるくらいにしか考えなかった。
話してみると少女もほのかと一緒で本が好きなようだ。
「何をお読みになりますの?」
「私が今読んでるのはこれ。」
ほのかは少女に今読んでいた本を見せる。
「風と共に去りぬって名作じゃない。わたくしは原語で読みましたわ。」
「英語で?すごいわ。今度教えてよ。私英語苦手なの。」
「かまいませんわ。」
その時授業開始5分前を告げる予令がなった。
「じゃあ私行くね。」
ほのかは教室へと戻っていった。
「ほのかさん、ほのかさん。」
教室で声をかけてきたのは隣の席の真帆であった。
「どうなさったの?嬉しそうじゃない。何か良いことあった?」
「ええ、時計塔で。」
「何があったか知らないけど気をつけなさいね。1人でニヤニヤしてるの見るとこっちが不安になるから。」
「ねえ真帆さん」
ほのかはさっき時計塔で出会った少女のことを聞こうとしたが先生が来てしまい聞けず仕舞いになってしまった。
それからほのかは昼休みになると時計塔で少女と過ごすようになった。
「I wonder how I tell her my love.えっとwonderは」
ほのかは少女から英語の課題を教わっていた。
「ほのか、wonderは不思議に思うよ。」
「じゃあI wonder は私は不思議に思う。私はどのようにして彼女に私の恋を伝えようか不思議に思う。」
「そうね。我が恋かの女にいかに告げらん。」
「素敵な役ね。古文みたい。」
「ほのかは古文がお好き?」
「ええ、英語より古文のが好きよ。だってノルタルジーなロマンスにドキドキしちゃうもの。」
「分かるわ。お姉様もおっしゃってたわ。わたくしのお姉様は軍服が似合う素敵なプリンスなんですの。本物の殿方よりも凛々しいわ。」
そのときほのかの脳裏にはクラスメイトがしてた噂がよぎった。
(1人は上級生のお姉様で軍服姿の男装の麗人、もう1人は下級生の妹でドレス姿のお嬢様、ある日お姉様に縁談の話が来たのだけれど離れ離れになりたくなくて2人は塔の上から飛び降りて亡くなったのよ。)
「あの、私授業の準備があるから行くね。」
ほのかが立ち上がると少女は強く腕を掴む。
「ねえ、ほのか、ずっとわたくしといてね。いなくなっては嫌よ。」
ほのかは夜ずっと時計塔の少女のことを考えていた。
あの娘は心中した下級生の幽霊なのか?でも心中したならどうして男装のお姉様の霊は現れないのか?それにあの娘には触れらるし足だってある。だから幽霊な訳ないし、だとしても悪い霊だとは思えない。
ほのかは自分自身をそう納得させこれまでと変わらず少女と会うために時計塔へと向かい続けた。
ほのかが時計塔で少女と過ごすようになって1ヵ月が過ぎた6月のこと。
昼休みになりいつも通り時計塔に行こうとした。
「ほのかさん」
ほのかは隣の席の真帆に呼び止められる。
「ほのかさん、大丈夫?最近顔色悪いわよ。保健室で休んでらしてきたら?」
「平気よ。私友達待たせてるから行くね。」
ほのかにとってあの少女はそう呼べる存在になっていた。
「友達ってどこのクラスの娘?」
(えっ)
ほのかは少女の名前すら知らなかった。クラスも学年も。高等部なのか中等部なのか。それすらも知らない。
「ほのかさん、あの時計塔にはもう行かない方がいいわよ。貴女危険よ。」
「どういうこと?」
「あの場合にはもう近づかない方がいいってこと。ねえ、今日は一緒にお昼食べない?中庭の方は景色がいいのよ。」
真帆の誘いも魅力的に見えた。だけどほのかは少女に新しい小説を貸す約束をしていた。
(あの娘も誘って中庭で3人で食べればいいんだわ。)
「ええ、ありがとう。是非。だけど私職員室寄りたいから先に言ってて。」
ほのかは真帆と別れると職員室ではなく時計塔へと向かった。少女を誘ってすぐに塔を出れば問題ないと思った。
塔の最上階に行くとまだ少女は来ていない。
(今日はお休みなのかしら?)
諦めて戻ろうとしたその時だった。
「ほのか」
ほのかは後ろから声をかけられる。振り向くとドレスの少女が立っていた。
「良かった。来ていたのね。ねえ、今日はここじゃなくて中庭行かない?クラスメイトに誘われてるの。貴女も一緒にお昼食べましょう。」
ほのかが少女の手を取る。
「きゃっ」
ほのかはその場で腰を抜かす。少女の手は凍りつくほど冷たかったのだ。
「ほのか、ずっとわたくしと居てくださると約束したわよね?」
今度は少女がほのかの手を掴む。
「いや、」
少女の冷たい手をほどき塔の階段に繋がる扉を開けようとする。だか扉はびくともしない。
「ほのか、どうして離れていってしまうの。ねえ、一緒に行きましょう。」
ほのかは少女に首を掴まれ塔の手摺にもたれ掛かる。下はコンクリートの地面だ。この高さから落ちたら助からない。
「ほのか、約束したわよね。」
少女の首を絞める力がしだいに強くなってくる。意識が朦朧としたなかほのかには幻覚が見えてきた。
ここは時計塔の中。でも建物は木造だ。手摺の前には少女と軍服姿の男装の麗人が立っていた。
「お姉様、今なんとおしゃって?」
「僕はこの学校を去ることになったんだ。父の紹介で結婚するんだ。だから学校とも君ともこの軍服ともおさらばだ。」
「なぜですの?お姉様は殿方なんて好きになれますの?」
「家を守るためにはいた仕方ないことだよ。いずれ君も分かる。」
「嫌よ。お姉様約束したじゃないですか。ずっとわたくしといてくれると。」
少女はお姉様に口づける。
「離してくれ!!」
「嫌よ。お姉様はわたくしだけの物。絶対に離さないわ。」
2人は手摺の前で揉み合いになり、地面に落下する。
(2人は心中ではなかったの?)
一部始終を見ていたほのかは疑問に思った。
「ほのかさん、ほのかさん!!」
ほのかは自分の名前を呼ぶ声を聞き意識を取り戻す。ほのかは真帆に引き上げてもらい事なきを得た。
「良かった。助かって。」
真帆はずっとほのかの周りに黒い靄が見えていた。心配になって今日は中庭に誘ってみたがなかなか来なくて職員室まで見に行った。だけど先生は誰1人ほのかを呼んだ覚えがなく、まさかとは思い時計塔に来たのだ。
その日の放課後、ほのかは真帆の自宅にお邪魔した。真帆の家系は女子は皆白菊に通っていたという。
真帆は何代か前のご先祖様が在学していた頃の集合写真を見せてくれた。
「これが先祖の徳子さん」
「この人は!!」
徳子は袴や西洋のドレス姿の女学生達に混ざって短髪で軍服を身に纏っていた。その人はほのかが幻覚で見た男装のお姉様であった。
徳子は大の男嫌いで男を避けるために常日頃から男装していた。そんな姿の徳子は2学年下の少女に慕われていた。ピンクのドレス姿の彼女を「僕の桜草」と言って妹のように可愛がっていた。ある日徳子に縁談話が舞い込んできた。
「それであの時計塔の事件が。」
「ええ、当時真下には植え込みあったのと発見が早かったため2人はすぐさま病院に運ばれた。徳子さんは奇跡的に一命をとりとめたけど。」
その後徳子はそのまま学校は中退。半年間の静養の後家のため結婚。男装は二度とすることはなかった。
翌日ほのかは真帆と一緒に時計塔の入り口に花を供えた。怖い思いはしたけど一緒に過ごした時間は楽しかったからせめての供養にと。
「私は大丈夫。だから成仏してね。」
「どうか天国で徳子さんと幸せになってね。」
2人は手を合わせ少女の冥福を祈った。
「真帆さん、時計塔の白百合の誓いって」
「あれは本当みたい。昭和の終わりまで実際に行われていたみたいだから。ただ20年前に封鎖されてからはその風習もなくなってしまったよう。そんな誓いなんてなくても友達ってできるのに。面白いわね。」
「封鎖??」
「でもごく稀に開いていてほのかさんみたいに入ってしまう人いるみたいよ。」
「ほのか」
名前を呼ばれて振り返ろうとするが真帆に手を引かれ止められる。
「そうだ、ほのかさん今日もうち来ない?ほのかさんこないだの古典のテスト学年トップだったでしょ?教えてもらえるかな?」
「いいよ。」
2人は歩き出す。
その様子を塔の上からあの少女が見ていた。
「ほのか、わたくしを置いていってしまうのね。わたくしよりもその娘を選ぶなんて。ほのかもお姉様も皆わたくしから離れていく。また1人ぼっちになってしまったわ。」
塔からは中等部の生徒達が見えた。周りに馴染めず1人皆の後を歩いてる娘がいた。
「そうだわ。今度はあの娘にしましょう。今度こそは一緒に」
FIN