開花
呼び出されて向かったのは教会のような場所。もう使われていないようで、どちらかというと墓地がメインのようだが。
神城さんと帝人さん、それからはじめましての人がいる。
「仕事内容はっぴょー! ……の前に、自己紹介が必要な人がいるね。じゃあ大夢くんから」
神城さんに促されて挨拶をする。
「叶大夢です。中三で、文学部所属です。よろしくお願いします」
お辞儀をすると相手も丁寧にお辞儀してくれた。角度が何というか、綺麗。
「わたしは道ノ瀬武士だ。高校二年で剣道部に所属している」
なんだか霧原さんとはまた違うタイプの静かな人だな。一人称が「わたし」なことも、凛と落ち着いたたたずまいも、大人っぽくてかっこいい。
「じゃあ挨拶も終わったみたいなので今度こそ仕事内容をはっぴょーするね。この廃教会近辺で『ドア』になりかけのものが出現。もう少ししたら三、四体悪魔が出てくると魔力量から推測されるので、退治する。オッケー?」
「ドア?」
聞きなれているはずの単語だが、俺の知っているものではないのだろう。帝人さんのほうをちらっと見ると「ワープホールみたいなものだよ」と教えてくれた。
「詳しいことはあとでプチ講義をしてあげるから、大夢くんは何も考えず魔術をつかってみて」
「え? つかえるんですか?」
特別な魔術があるか分かる前だったとはいえ、ゆずに「普段はつかえない」と言われていたから思わず聞き返してしまった。
「つかえなかったら悪魔と戦えないでしょ」
その通り過ぎる。
「ま、武士くんいたらすることないようなもんだし、気楽にね」
「……そうなんですか?」
半信半疑で俺は聞いた。神城さんがただサボりたいだけのようにしか見えないから。
帝人さんも、やれやれと言うように苦笑を浮かべる。
「神城は組織のブレインだけど、新人の前だし戦うときはちゃんとやれよ」
道ノ瀬さんのほうを見ると彼は真面目な顔で頷いた。
「神城さんにも頑張ってほしいが、仕方がない。わたしは基本的に魔術に頼らない戦い方だからな――百聞は一見に如かず、だろう」
道ノ瀬さんは一度言葉を区切って、続きを言った。
「何かなくなっても困らないようなものはないか? 糸くずとか髪の毛とか」
「……これでいいんですか?」
いきなり言われても本当に何もないので、唯一差し出せる髪の毛を一本抜いて渡す。
「ありがとう」
道ノ瀬さんはそう言って俺の髪の毛を受け取ると、目を閉じた。ぼんやりとだが、手から光が生まれ始める。魔力を流し込んでいるのだと分かった。
光に包まれた手は、撫でるように宙を滑る。するとどんどん光が強くなり――三十秒もしないうちに、髪の毛を握っていたはずの手には刀が握られていた。
「――わたしの特殊な魔術は〈刀剣化〉だ。基本何でも刀や剣にすることができる。もちろん、強度や持続時間に、同時に存在できる個数に制限はあるが」
「これが、俺の髪の毛……?」
渡された刀は時代劇でよく見るそれと同じで、ずしりと重い。本物だ。
すごい。これならいつでも武器が創れる。刀や剣を扱えるのなら、戦闘にとても有利ではないか。
そんな少し子供っぽいことを頭の中で考えていたら、神城さんに「そこまでヒーローっぽい力じゃないと思うなー」と言われた。
……何で考えていることわかったんですか。
「じゃあ大夢くんも武器を持ったことだし、いざというときはそれでガードしながら助けを待ってね。ドアの発生地まで移動するよー」
雑な指示に顔をしかめるも、神城さんはウインクを飛ばすだけだ。
「大夢くんにとっては正式な初陣だし、気を抜いて殺されないようにね」
「……はい」
いざというときは神城さんに守ってもらおう。
教会の裏に回り数分歩いた場所で俺たちは立ち止まった。数十メートル先にわずかに蜃気楼のように揺らめいている空間がある。
「いつ来るか分からないからみんな神経とがらせてね」
陣形は道ノ瀬さんを先頭に残り三人が後ろで待機する形だ。うまく説明できないが、野球ベースの配置に似ている。
――いつ来る。
持たされた刀を強く握り直し、深呼吸をする。頭の中で数を数えて、心を落ち着かせる。一、二、三……。
四十一まで数えたところで、急に前方の空間が大きく揺らぎ始めた。目を凝らすと、四角い亀裂から四体悪魔が出てこようとしているのが見えた。
「一人一体ずつな! 神城もだぞ!」
帝人さんが叫んだのと同時に、悪魔が襲い掛かってきた。四体の悪魔は一人に一斉に攻撃を仕掛けるのではなく、それぞれが一体の人間を襲うようにとびかかってきた。
「大夢くん、頑張って耐えて!」
そう言った帝人さんの声は、耳の中を通り過ぎてしまった。
見た目は犬にそっくり。中型犬くらいのサイズ。
だが――目が顔いっぱいに埋め尽くされている。本来の犬の鼻、口、耳の部分にも。百はあるんじゃないか。
口は前足にあって、歯がびっしりと生えているのが見えた。
これが……悪魔なのか!?
「てか、どーすれば……」
よくよく考えたら呪文など一つも教わっていない。
刀も受け取ったはいいものの上手く扱えないのなら荷物でしかないだろう。適当に振り回したとしても、あの足から覗く鋭い歯で破壊されるのがオチだ。
考えろ。考えろ。考えろ――。俺に何ができる。
ゆずのように絵具を持っているわけじゃない。帝人さんがやったみたいに絵具を弾丸のように飛ばせるわけじゃない。
俺にできることは何だ。俺が、今できることは――。
「君の好きなことは何?」
「読書と小説を書くこと、です」
「じゃあ、君が最も得意とする魔術はそれなんだね」
ふと、テストを受けた時の会話を思い出した。
読書と小説を書くことの、どこが魔術に――。
――口に出して何か小説の内容っぽいことを言ってみろ。それか、何かに書くのでもいい。
……何を言ってんだ?
――詩的な物でも、なんなら引用でもいい。あいつを倒す内容を考えて、言ってみろ。
……わかったよ。
もう悪魔は眼前まで迫ってきている。反射で目を閉じてしまいそうだ。でも、必死にこらえて目を見開く。本音を言うと気持ち悪いので見たくないがな!
「くそっ」
少しでも時間稼ぎになればと、刀を悪魔の前に突き出す。
頭の中で必死に探す。何がある、何がある、何がある。
「――――!」
悪魔の叫び声に思わず耳をふさぎたくなったが、間髪入れずバキバキバキバキッ、と刀がみるみる噛み砕かれていく。
「くっ……」
もう時間はない。耐えろ、耐えろ、耐えろ。考えろ、考えろ、考えろ。
その時、今日の部活中に読んだ本を思い出した。副部長の提案で行われた、詩集の読み合い会。その中の一つ、思いついたものを叫ぶ。
ニーチェの言葉を引用しただけだが、許してくれ。
『人間のみがこの世で苦しんでいるので、悪魔を瞬殺できる炎を発明せざるを得なかった』
「笑いを」ってところを「悪魔を瞬殺できる炎を」にしただけだが、何でもいい。どうか、間に合ってくれ――!
悪魔の足が俺の顔に届くまで拳一つ分もないところまで来た瞬間――青い炎が目の前で大きく燃え上がった。
「――、――――! ――――、」
最大火力は一瞬で、勢いが弱まった時にはもう悪魔は――焼け死んでいた。あたりには炎と、断末魔の余韻だけが残っていた。
これが、俺の力――?
あまりのことに呆然と立ち尽くしていると、この特殊な魔術の名前を教えて――もしくはつけて――くれた。
――名は〈言霊・文字具現〉……さ。