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突然の登場に驚いて固まった俺とは反対に、一さんはいつものことのように神城さんを見ると溜め息を吐いた。
「……どうしたんですか神城さん」
「いやあ、明良くんが困っているように見えたから助け船を出そうかなっと」
「別に求めてはないんですけど……」
いつも狙ったように来るんだから、と一さんは小さく呟いた。それを聞いて神城さんは「ひどいなあ」と笑う。でもその口元だけが笑っている笑みは一瞬で引っ込み、刺すような瞳はそのままで俺を見つめた。
「――それに、試すだけ試しても損はないからね」
神城さんに連れていかれたのは広間だった。一さんは呼ばれなかったので二人きりで話すことがあるのかと思ったが、広間には帝人さんもいた。手には小さな木箱がある。
「さて、さっき明良くんが言いかけていたことだけど……俺たちは『才能』があるティーンエイジャーを求めている。簡単に言うと十人集まるまでは積極的にテストしたいわけ」
「俺のことも……ですか?」
「あったりー。ま、君に魔術の普通の才能、それこそ上の下くらいあることは聞いてるし、日常生活で使うことはないとしても簡単な自己防衛の方法くらいは教えてあげるよ。期待外れ、アジトから出てけー……なんてことはしない。ま、最初から期待してないからね。だって確率から考えてみなよ。日本に限定しているとはいえ、何人いることやら」
「は、はあ……」
日本に限定して、って言葉に引っかかったけれど、関係ない可能性が高いのに聞くのもダメだろう。
「じゃー帝人、紙出して」
「はいはい」
帝人さんは持っていた木箱から正方形の小さな紙を取り出した。まっしろで、ペラペラな紙。
「さあ、簡単なテストだ。この紙に触れるだけ。受けてくれるよね?」
「え? あ、はい」
触れるだけでいいのか。触れることが何のテストになるんだ?
「リラックスして触れてね。怖いことは起きないから」
帝人さんは微笑みながら紙を差し出した。ここには俺と神城さんと帝人さんしかいない。軽く深呼吸をし、俺は紙を受け取った。
「……何も起こりませんよ」
数分待ったが何の変化もない。ついいらいらしながら言ってしまったが、忍耐力のテストとか言われたらどうしようもない。
顔を上げると――帝人さんがすごく驚いていた表情を浮かべていた。神城さんも誤算だったと言うかのようにひきつった笑いを浮かべている。
「あの……何なんですか?」
そう尋ねると帝人さんは我に返ったかのように瞬きをした。それから、紙が入っていた箱に手を伸ばし、白と黄色と青、それぞれが入ったフィルムケースを取り出した。
「君の魔術は……特殊なんだよ」
は? 何も起きなかったのに?
帝人さんは紙を受け取ると説明してくれた。
「その紙は実は繊細で、魔術の才能がない人が触ると黄色に変色し、普通の魔術つかい……秀一くんみたいな人が触った時は青に変色するんだ。そして俺らみたいな特別な魔術を使える人、十人に選ばれる人が触ると紙は白を保ったままなのさ」
「君の好きなことは何?」
神城さんに聞かれ、反射で答えた。
「読書と小説を書くこと、です」
すると帝人さんがにっこり笑った。
「じゃあ、君が最も得意とする魔術はそれなんだね」
「意味が……」
分からないんですけど。
「魔術は基本的なことなら才能がある人はほとんどできる。しかし、本当の『才能』――このように自分だけの特殊な魔術を持つ人はごくまれだ。君の弟はこの特殊な才能がないただの平凡くんだっただけだよ。もちろん、君の両親もね。俺たちの組織で求めているのはこの特殊な『才能』だ。今まで完璧な十人になるまでの代役はいたけど、皆いなくなったり、逃げたりした。俺たちの組織は代々、完璧になる十人がそろうと、悪魔を滅ぼすことができると伝えられていてね」
神城さんはここで言葉を区切って、にやっと笑って続きを言った。
「そして今日、全員そろった」
「ま、まってください」
「ん? どうかした?」
「どうかしたって……」
あまりの展開についていけなかったし、神城さんが語り始めてつい聞き入ってしまったけど。
何にも大丈夫じゃない。0.00001パーセント、ううん、もっと低い確率を引いてしまうなんて誰も思わないじゃないか。どうしたらいいか――わからない。
「……天空」
帝人さんがたしなめるように神城さんの名前を呼ぶ。
「……はいはい、帝人の言う通りですねーっと」
「まだ何も言ってないんだけどな……。ともかく大夢くん、今日はひとまず休みな。昼に寝たから眠たくないかもしれないけれど、時間が君には必要だ」
「は、はい」
「答えは明日聞かせてねー」
こうして俺は解放された。
シャワーを浴びた後すぐに新しい自室に戻った。本は全部本棚に詰めたし制服や学校で必要なものは全部段ボール箱から出したから完全に殺風景ではないけれど、慣れない部屋に違和感を覚える。特に布団カバーの色は今まで気にしたことがなかったけれど、一番変な感じがした。荷物になってでも持ってくるべきだったか。いや、そこまで愛着があったわけではないし、すぐ慣れるだろう。
ベッドに腰掛け溜め息を吐く。本当に今日はいろんなことがあったな。
家族が死んだであろう状況を目撃し――ペインとかいう悪魔が現れ――二人の魔術をつかうものが来て――家を一足先に出ることになり――俺は家族がもともといない孤独な少年とされ――このアジトで暮らすこととなり――しまいには組織に入るはめに。
何で俺がこんな重荷を担がなければいけないんだ。最後は自分で選んだにしても、何で俺に。
そう思っても仕方がないことはわかっている。でもまだ中三なんだぞ。重たすぎるじゃないか……。
「どうしたらいいんだ……」
今までにも逃げた人はいたと言っていた。
これから悪魔と命がけで戦わなければいけないかもしれない。
それに、十人そろったことで、何が起きるのか分からない。
そもそも、俺が戦う理由が『才能』以外にあるのか――?
ぐるぐると思考が回るも、ネガティブなことだけ。でもそうだ。何も分からない新しい暗闇の道の前に立たされているんだ。
ごろんとベッドに寝転がる。ベッドの硬さは少しだけ元のものと似ていた。
――ペインの言葉が気になるからじゃないのか?
……確かにそうだ。両親が、秀一が別の世界で生きているかもしれない。俺は、それを――。
携帯のアラーム音に起こされる。身体を起こし、部屋を出た。向かう先は広間。
「おはよう。心構えは出来たかい?」
神城さんの声に静かに頷いた。
「俺は……入れるのなら入ります」
真実を知るために。