アジト
車から降りてすぐに建物は見えた。
パッと見た感じ……これは……。
「廃墟じゃねえか」
とてもぼろい。倒壊寸前、といった感じの三階建ての建物。肝試ししようぜ、と言う悪ガキも寄り付かないくらいには厳しい状況だ。本当にこんなところに住んでいるのか……?
「失礼しちゃうわね」
ゆずに独り言を拾われてしまった。いや、手を掴んでいて距離は近いから当たり前だけど。
「悪魔にばれないよーに……、というか人間にばれないようによ。認識できないようにしてはいるけど、もし認識されてもこれだったら危なくて誰も入ろうとしないでしょ? 中はお城なみにゴーカだから気にしないでね」
「本当かなあ……」
運転手さんにお礼を言い、玄関の前へ行った。ここでようやく手をはなしてもいいと言われたのではなす。女子の手を掴む経験はそうないので緊張した。
ギイイ、っと重たく音が響きそうな扉は見た目よりも軽くあっさりと開いた。
「お、お邪魔します」
言われた通り中に入ると確かにそうだった。入ってすぐの広間には肖像画とか、武器とか、いっぱい置いてある。よくわからないけど歴史があるというか……洋画に出てくる屋敷のような……。反対にキッチンや浴室(大きいから浴場か?)は現代的で使いやすそうだ。
「どうどうっ、すごいでしょ」
「ああ、すごいな……」
でも広間は少し埃っぽい。
「各々の部屋は二階にあるんだ。建物自体は三階まであるし神城がそのうちの一室を使っているけど……基本的に一時的な客間として使っている階だからあんまり使わないで。プレートがかかってない部屋は全部空室だから好きなとこ選んでいいよ。部屋が確定したら荷物を運ぼうね」
「分かりました」
段ボール箱を広間の隅に置かせてもらい階段を上がった。二階は部屋が十室あるようで、うち五部屋にプレートがかかっていた。適当な空き部屋を覗くとベッドと学習机、本棚が設置されていた。八畳ほどだろうか。クローゼットと窓もある。窓からのぞく景色はいたって普通の景色だった。
五部屋すべて見たけれど本棚のサイズが微妙に違うくらいでだいたい一緒だった。どうしようか……一番大きい本棚の部屋でもいいかな。端っこの部屋ではなく「Ryousuke」と「Akira」の間の空き部屋だけど、まあ半年ほどだし……。
「かぁぁぁぁぁみきいぃぃぃぃ!」
突然男の人の怒声が響き渡った。
何事かと思い階段を降りると何かを持った神城さんとすれ違った。
「やだなあリョーちゃん。感動の再会に何ぶち切れてんのお?」
「てめぇ、返せ! あと感動でもないしそもそも昨日ぶりだろうが!」
すぐあとを体格が良い男性が追いかける。「死ね!」という声も聞こえてきた。あれが皆藤亮介さんか。すぐ喧嘩すると聞いたけど何というか……神城さんが悪いような。そういえば、高等部にヤバい先輩が二人いるって噂になっていたけれどもしかして……。
「……ごめんね大夢くん。アジトに住む限り避けて通れない道だ。一応本人たちも極力接触しないようしてくれてるから我慢してほしい……うん。いちおうあれでも」
「……はい」
神城さんだけが三階に住んでいるのも皆藤さん関係でなのだろうか。分からないが、あまり巻き込まれないようにしたいな。
「そういえば部屋決まった?」
「はい。『Akira』さんと……皆藤さんの間の部屋です」
他にも「Ryousuke」さんがいるとは思えないから皆藤さんが隣なのだろう。さっきの様子を見ると少し憂鬱だ。
「ああ、あそこの本棚が一番大きいもんね」
帝人さんにはバレていたか。荷造りの時に本ばかり詰めていたらそりゃバレるだろうけれど。
「じゃあ荷物運んでおいて。俺は夕飯当番だから手伝えないけど、ゆず使ってくれていいから」
「使ってくれていいから、って帝人さんひどーい」
「俺は『帝人はだまってて!』ってキレたことにまだ怒ってるからな?」
「げげ、興奮してる時はおおめに見てくださいよう……まあいいや、大夢行こっ」
「あ、ああ」
ゆずと帝人さんの関係も不思議だなと思ってしまう。言葉が上手く見つからないけど――少しむずがゆい。
荷物を運び終え、殺風景な部屋はほんの少しだけ散らかった。本を本棚に入れていく様子をゆずはしげしげと見ていた。
「小説ばっかなのね。しかも分厚い」
「文庫本もあるけどな。でも基本的にハードカバーのはハードカバーで読みたいから小遣い貯めて古本屋で買ったんだよ。ゆずは興味ないかもしれないけど」
「ううん、小説読まないだけで物語は好きだから。今度何か貸して」
あらかた整理ができたところで帝人さんの声が聞こえた。夕飯ができたようだ。
ゆずと一緒に下に降り、食堂へ向かう。テーブルには帝人さんと神城さん、それから知らない男女が一人ずつ座っていた。
「いつもは神城さんじゃなくて亮介さんがいるんだ」
ゆずがこっそり耳打ちして教えてくれた。なるほど、こういうところが気遣い……なのか?
「挨拶も必要だろうけど、おなか空いているだろうしまずは食べようか。大夢くん食べられないものない? 大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
サバの味噌煮とポテトサラダ、白米と味噌汁が並んでいた。嫌いなものは何もない。
いただきますと手を合わせ口に運ぶ。うん、美味しい。
「ちゃんと食欲あるみたいでよかった」
黙々と食べていたら女の人が安心したように呟いた。
「明良が先にポテトサラダ用意しておいてくれて助かったよ。ありがとうね」
「いえ、帝人さんが忙しいことは知ってましたし……重たいかなと思ったけど彼、食べられるみたいで良かった」
「Akira」さんて女の人だったのか。勝手に男の人だと思って隣の部屋にしたけどまずかっただろうか。もとから男女で階を分けていないし、気にしなくていいんだろうが。
「……自己紹介がまだだったわね。あたしは一明良。高校二年。それで隣に座ってるのも同い年で、霧原真太郎」
「……よろしく」
凛としてクールそうな一さんと、無表情な霧原さん。少しとっつきにくそうな二人だが、周りから見た俺もそうなんだろうと思う。箸をおいて口角を上げることを心掛けた。
「叶大夢、中学三年です。よろしくお願いします」
夕食後、何もしないのも気が引けるので皿洗いを申し出た。キッチンには俺と、食器をしまう場所を教えてくれる一さんだけがいる。
「……少なくとも半年はここに住むんだから、色々覚えてね」
「はい」
食器や調理器具がしまわれている位置を確認していると、後ろではあと溜め息を吐かれた。何かしただろうか。
「……ごめんね。やっぱりちょっと複雑で」
「何が……ですか?」
そう言うと僅かに眉をひそめられた。
「弟さんのことよ。何も聞いていないわけじゃないでしょう」
ドクンと胸が鳴ったが、聞きたくないからと言って嘘を吐くわけにもいかない。
「……この組織に入りたがっていたけどダメだった、ということしか知らないです。詳しいことは何も知りません」
その結果悪魔を呼び出そうとしたことを考えると、よほどのことがあったのだろうが。
「そう。まあ、きっと叶くんの予想通りだと思うけれど、弟さんには『才能』がなかったのよ。魔力は中の上以上は確かにあったし、訓練次第で強い魔術をつかえる可能性があるとしても――『才能』がなければ組織にはいらないの」
ここで一息ついて一さんはこちらを見た。
「だからって悪魔出して才能というか力を認めさせようとするのは感心しないけれど――家族がそう思うかはまた別の問題よね。あたしたちは今回の事件を招いた原因とも言えるけれど、正直どう思っているの?」
「どうと言われても……まだ気持ちの整理は落ち着いていません。でも、一さんたちを恨むのは家族だとしても間違っていると思っています」
一さんは俺を見る目の色を少しだけ変えた。
「あんた……てっきり取り乱すかと思ったんだけど、あまり子供っぽくないのね」
――確かに驚いたし、秀一に才能がないなんてすぐには信じられなかった。でも。
「取り乱すほど馬鹿じゃないです。弟――家族が悪いことをしたことぐらいわかります」
「……そっか」
彼女は静かに頷いた。
「ところでその、『才能』っていうのが『十人』に必要な力なんですか?」
「ええ。そうだけど――」
一さんは言葉に困っているようだった。お世話になるとはいえ、部外者にどこまで話していいか分からないのだろう。
「はいはーい、大夢くん」
声に振り返ると、キッチンの入り口に神城さんが立っていた。