永遠に
手伝ってもらいながら荷造りを始めた。家を出た方がいいと言われてから一時間余り経ったが、今でも信じられない。
けれども、俺以外の家族がいた痕跡は消えていた。父さんの書斎にあったものも、母さんが愛用していた化粧道具も、秀一がとった賞やトロフィーの数々も。家族で撮った写真を全て見たけれど俺以外の家族は誰も写っていない。消えたのは個人的な物ばかりで家具や食器は「俺が使うもの」は残っている。まるでこの家には俺しか住んでいないかのようになっていたが、広すぎる違和感だけが残っていた。
「あのさ」
控えめにゆずが切り出してきた。
「大夢の家族って……どんな人たちだったの?」
隠すようなことでもないし、俺は淡々と話し出した。
父さんの拓馬は会社のエリート。常にメガネをかけていた。仕事ができたらしく、部下から厚い信頼を得ていたそうだ。まじめで、気難しいとこもあるが、家族のことをよく考えていたほうだ。少なくとも、俺以外の。
母さんの恵実は大学講師。あまり仕事の話をしない人だったので詳しくは知らないが、医療系だったと思う。優しくて、料理がうまくて、怒ると怖くて、でも普通の人よりは子供を愛していたはずだ。弟の秀一を。
弟の秀一は学年トップ。短距離も長距離も早く、サッカー部のエースだった。人前では優しい完璧な美少年を演じていたが、本性はひねくれており、誰よりも上でいたいという欲があった。だから俺に挑んできていた気がする。でも、実は家族――親思いの普通の弟だ。
ふと思った。何故両親は弟のことばかりひいきしていたのだろうと考え続けてきたが、もしかして魔力のせいだろうか。俺に魔力があることを両親は知らなかったようだし、魔術つかいが過去にもいた家系だったなら、魔力があることをわかっていた秀一を可愛がるのは当然かもしれない。
でもそうなら、何故一度もそんな話が出なかったのだろうか。
「あのさ」
またゆずが話しかけてきた。今度はそれだけ言うとすぐに作業に戻っていった。
「あんた、幸せだったのね。たとえ、どんな環境だったとしても」
荷造りがほとんど終わったため一旦休憩することにした。余分なコップ類も消えたため、紙コップを取り出しペットボトルのジュースを注ぐ。
ゆずは少し歩いてくる、と言って出ていったため帝人さんと二人きりになった。何か気に障ることをしたかと心配になったが、ゆずの単独行動はいつものことだと帝人さんは言った。
「ごめんね、車を手配しているんだけどもう少しかかるみたいで」
「車……ってタクシーですか?」
「ううん、組織の関係者だよ。十九歳まで入れる組織って説明したと思うけど、俺たちの最年長は高三だからまだ運転免許取得できないんだ。だから過去に組織に入っていた人に頼んだんだ」
そうなのか。魔術でつながっている組織とゆずは言っていたけど、本当にどうしてティーンエイジャーしか所属できないのだろう。不便だし危なくないのだろうか。
「……時間もできたし悪魔についてちょっとだけ話そうか。何か聞きたいことはある?」
「え、うーんと……」
何から聞いたらいいのだろう。あまり長考せず気になったことを聞くか。
「その、悪魔って海外のイメージなんですけど妖怪とかと違いがあるんですか?」
ここは日本だし妖怪のほうがなじみ深い。あ、でも海外にもバンシーとかデュラハンみたいな妖怪的なのいるし、悪魔とはまた別なのだろうか。
帝人さんも少し悩んだあと、俺と同じような結論を出した。
「悪魔が住んでいるのはこの世界と別の世界――異世界というより、地獄に近いのかな。俺たちは魔界って呼んでいる。反対に妖怪――日本のものも、西洋のものもだけど、それらは俺たちと同じこの世界、人間界に住んでいるんだ。だから領土の問題かな」
なるほど、領土の問題か。
「一応妖怪は明確に敵とは言えない。時に妖怪は人にちょっかいを出すけど、基本的には自分たちの領土を守っている。でも悪魔は明確に敵だ。自分たちだけの領土があるのに人間界を横取りしようとしてくる。それも、残酷な方法で。それに、妖怪は時に人間側に回ってくれる」
「妖怪が?」
「それは人間界が悪魔にとられたら、自分たちの領土もとられるからさ。基本的に同盟を組むだけの方が正しいかな。でも妖怪の中には人間が好きなやつもいるんだよ」
細かい関係性はよくわからないが、悪魔がいる以上妖怪もいるということ分かった。
「じゃあその、悪魔は領土を取ろうとしているのは分かったんですけど、俺の家族の記憶を消す理由って何なんでしょうか」
「うーん……憶測だけど。『悪魔に三人殺された』って聞いて、信じる?」
俺は首を横に振った。あまりにも非現実的だ。
「そうだよね。それでも悪魔は、証拠を消すために記憶を消す」
「万が一信じる人がいたら厄介だから……ですか?」
やらせレベルの心霊体験でも信じる人はいるだろうし、本物だった場合それを見て本家の人が気づくことがあるだろう。そういうことだろうか。
そう伝えると帝人さんは頷いた。
「たぶんそうだと思う。信じない人のほうが多いけれど、どこで魔術つかいの耳に入るか分からないからね。それに、魔術をつかえる人には記憶操作の耐性があったとしても、組織関係でもない限りあまりコミュニティを作らないから消された人の事を知らないことのほうが多いだろうし……。とりあえずは悪魔の侵攻状況が耳に入りにくいよう操作しているんだと考えている」
「……なるほど」
「もっと事を運んでから……悪魔が全面的に人間界に侵攻するまでは隠すんじゃないかな。ま、いくら人間に知られたからと言っても魔女狩りまではいかないと思うけどね」
そう言って帝人さんは何故かおかしそうに笑った――その眼には複雑な暗さがこもっているように見えた。
ゆずが散歩から帰ってきた。そういえば外の様子はどうなっているのだろう、と思い聞くと血の跡は一切残っていなかったそうだ。記憶を消した影響だろうか。それにしても、あれだけ真っ赤にしていたら他の人に気付かれそうなのに――。分からないことだらけだ。
「あと五分くらいで車が着くみたいだから、最後の確認をしておいで。俺たちは外で待っているから」
残された家具や家のことについては後日関係者の大人が代わりに手配してくれるそうだ。だから、この家を見るのはもう最後だ。お言葉に甘えて、家の中を歩き回る。
河川工事による立ち退きの予定よりも早く出ることになった生家。特別悲しいと思わないのは、いろいろなことが一気に起きたからだろうか。
家族がいた痕跡が消えても、俺の記憶には残っている。それでも温かな家族団らんの記憶はなく、ここにいたなということしか思い出せない。結局はリビングよりも自室から見る景色が一番名残惜しいのだと悟った。
「さよなら」
そう呟いて、自分の部屋だった場所を出た。
下に降りるともう車が着いていた。どこにでもある乗用車。持ち主の二十代前半らしい男性に挨拶をし、ゆずと一緒に後部座席に乗った。
「俺たちが住んでいる場所は魔術的に保護されている。だから大丈夫だよ」
助手席に乗った帝人さんがそう言った。車が動き出す。土手を見ると確かに何事もない見慣れた緑の景色だった。
「……寂しいの?」
ゆずに聞かれたけれど、「あんまり」としか言えなかった。ゆずも「そっか」とだけ返事をすると帝人さんに話しかけた。
「そういや帝人さん、大夢ってアジトにどれくらい住むんですか?」
確かに気になる。ほとぼりがあるのか分からないけれど、冷めたら施設に出されるのだろうか。
「まだ分からないけど、少なくとも中学生のうちは保証するよ。それに組織のアジトって言っても全員が住んでいるわけじゃないし、空き部屋はもとからあるから心配しなくていいよ。住んでいるのは両親がいない人とか、アジトから実家まで遠すぎる人だな」
「本当にいいん――」
ですか、は言えなかった。
「はい、詰めて詰めてー」
黒髪のマフラーをまいた男が車に乗り込んできたからだ。
今は九月で、マフラーの時期なんかじゃない。
それにいくら信号待ちだからって乗り込んでくるか……?
マフラー男はお構いなしに乗り込みドアを閉める。それから俺を見てニヤッとした。
「やあ、君が叶大夢くんだね?」