質疑応答
目に入ったのは見慣れた天井。背中から感じる感触は微妙に硬い自分のベッドのそれ。朝起きた時のように冷えきってはおらず、九月のまだ暑い室内のものだった。
ああそうか。あれは……。
「目ぇさめた?」
……夢かと思いたかった時間すらくれず、現実に引き戻された。
顔を覗き込んできた女は俺と目が合うとすぐに男の人を呼びに行った。身体を起こし、自分の部屋を見渡す。特に変わった様子はない。流石に彼女たちを泥棒扱いはしたくないが、つい見てしまうのは許してほしい。時計を見たら午後三時で、結構寝ていたようだ。待たせてしまったことを申し訳なく思う。
「起きたみたいだね」
二人が戻ってきた。手にはコンビニの袋が下げられている。昼時はとっくに過ぎてるし、二人は昼食を済ませたのだろう。
「大夢くん。お茶とおにぎり買っているんだけど……食べられそう?」
「はい。ありがとうございます」
おにぎりを受け取って一口食べると、女は不思議そうに聞いてきた。
「あんなことあったのによく食べれるわね」
「……悪い?」
「ううん。食べるのを拒否したら、無理にでも押し込もうと思っていたから」
「……そっか」
添加物の入ったおにぎりは食べ慣れていないけど、今はそれがありがたかった。
「ききたいことあったらなんでも聞いて! 分かんないことだらけでしょ?」
女――女の子はそう言ってくれた。お茶を一口飲み、まず聞いておかなければならないことを聞く。
「えーと……誰、ですか?」
「ああ、名乗ってなかったっけ。あたしは藤堂ゆず! 十五歳の中学三年生でーす」
快活そうなショートカットの髪。初めて見た時も思ったが、折れそうなくらい華奢な身体と小柄な身長。それなのに何故かたくましく見えてしまう。
「俺は夜永帝人。十七歳の高校三年生だ。年上だけど、下の名前で呼んでくれると嬉しいな。無理強いはしないけどね」
左目が隠れがちな髪型に、スッと整った顔立ち。痩せ型だがしっかり筋肉が付いている感じの身体。きっとモテるのだろう。そんな雰囲気を漂わせている。
「よろしくお願いします、藤堂……さん、帝人さん」
「ああ。よろしくね」
「あっ、あたしも下の名前でいいよー。あたしも大夢って呼ぶから」
「いきなりかよ……」
非日常ではあるけど、あまりの日常っぷりに力が抜ける。さっきまでのピリピリとした緊張感はなく、逆にこちらがそわそわしてしまう。
こうして話しているけどもう安全なのだろうか。居場所は知られているだろうし、襲ってきたりしないだろうか。
窓のほうを見ると特に何もない、いつも通りの空が広がっていた。悪魔の群れが空を埋め尽くしているとか、禍々しい空模様とかではなくて安心する。
「それでとうど……ゆず」
「はいはーい」
「ゆずたちは一体何者なんだ?」
「あたしたちは魔術でつながっている組織にいるの。全員ティーンエイジャーで十三~十九歳まで入れる組織かな。それで十人集まるまで勧誘してるの……まぁ途中で抜けたりした人もいるんだけど」
ティーンエイジャー。十人。その理由はわからないが今聞くことではないんだろう。
――それにしても、さっきは何も知らなくて暴言を吐かれたけど、ちゃんと教えてくれたことに驚いた。
「さっき見たし無意識でやったと思うけど……絵具を撃ったり、ただの草を刃物みたいな鋭さにしたり。そーいうのが魔術ってやつ。まあ、普通は呪文を唱えるのが一般的なんだけど、あたしたちのは特殊ケースってことで。大夢の場合は目覚めたてで暴走状態だったってこと。オーケイ?」
「オーケイ。俺はさっき魔術をつかえたけど、今もつかえるのか?」
「ううん、無理」
わずかな期待を込めて尋ねたがばっさり切り捨てられた。それを見た帝人さんが苦笑いを浮かべる。
「出来ないことはないけど、今は無理かな。俺たちも大夢くんも。親御さんがつかっているところも見たことないでしょ?」
確かに見たことはない。見たことはないけど――。
「……俺の家族って、本当に魔術つかえたんですか?」
ゆずにも言われたけど、いまだに信じられない。
「君の弟さんは……親御さんも……弟さんをこの組織に入れようとしたんだよ。君の家系は魔術つかいがちらほらいたからね。弟さんにも魔力はあったよ……君ほどじゃないけど。親御さんは君の魔力に気付かなかったんだね」
「……そりゃ秀一は頭も運動も顔も俺よりいいし……」
秀一は誰が見ても自慢の息子だった。魔術だって俺よりあると普通思うだろう――。
「いや、あんたの方が顔いいと思うよ。あたしは」
ゆずの鋭い声が空気を刺した。
「あんた、自分に自信が持てないように育てられたんだね、きっと」
――やめろ。
「弟くんの方が可愛がられてなかった? そしたら自分も知らないうちに自信なくしちゃうんだよね」
やめろ。これ以上しゃべるな。
「――わかったようなこと言うなよ」
「何よ。みんな死んだからって自分が一番世の中でかわいそうな子だとか思ってんの?」
ゆずは、今まで見てきたような感情的な顔でも声でもなく、ただただ冷たく突き刺す声でそう言い返した。俺の図星から出た抗議の言葉を何とも思っていないような冷酷な「無」が、確かに含まれていた。
「言っとくけどあんた、幸せ者よ。家族の死体見なかったんだから。あたしの両親はあんたよりえぐいやり方で殺されたわ。しかも目の前で。……あ、聞かない方がいいわよ。話したら吐かれたから」
その目にはなんの感情も入ってなかった。憤ってはいるけれど……何に対してかわからない。
「……ごめん」
「わかればいいわ」
彼女はフンと鼻を鳴らしたが特に気にしているわけでもなさそうだった。
俺たちが落ち着いた頃を見て帝人さんはまた話し出した。さっきまで携帯の画面を見ていたが、何か連絡でもあったのだろうか。
「ごめんね。悪魔についてはまた今度話すよ。それより今はもっと大事なことがある」
表情はとても硬い。
「さっき仲間から連絡を受けたんだが、魔術関係者以外から君の家族の記憶が全て消されているらしい。最初から君には家族がいないことになっているんだ」
「……え?」
家族の記憶が消されている?
そんなことがあるわけ――。
急いで勉強机の上に置いてある写真立てを見た。俺が小学一年の時、運動会の昼食の時に家族四人で撮ったものだ。家族写真を最低一枚飾っておかないと父さんが口うるさいから、少し場所を取るけど置いていて。まだ秀一も可愛くて、平等だったころの思い出で――。
「……ひと、り?」
写真には幼い俺しか写っていなかった。
「……気持ちは分かるとは言えないけど落ち着いて」
ゆずは俺の背をさすった。帝人さんも、悲しい目をしながらもまっすぐ真摯に俺を見てくれている。
「それに家のこともある。ここ、川の工事で壊されるんだろう? だったらもうここから離れたほうがいい。ペインに狙われる。だから……」
ここで一息ついて、帝人さんは言った。
「俺たちのアジトに来い」