表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スーツと都会より、麦わら帽と海

雨がシトシトと降り続ける時期に入って2週間が立とうとしていた


いつもなら人通りも多いであろう大通り


本来なら桜の満開を待つはずだった日々をすっとばし、気が付くと梅雨明けを待つ日々だ



職場通勤に戻り、電車内の混み具合がまた増してきている


数か月前は活気を完全に失っていた居酒屋も、

最近では少しずつ人の出入りが増えてきている

店員さんだけでなく客もマスクを手放さない異様さにも、そろそろ慣れてきた



かんぱーい!という掛け声とともに響くジョッキがぶつかり合う音も、

なんだか前聞いていたものより大きく響く


自分らのテーブルでも例外はなく、いつもより少しだけ強めに、

各々頼んだジョッキをぶつけ合った



会社の同僚たちと飲みに行くのはいつぶりだろうか


いつも気分が上がらない飲み会も、不思議と気持ちの高ぶりを感じる


これが居酒屋に久しくきていなかったことへのなつかしさなのか、

同僚とたまに飲むことを楽しんでいるからなのか、

隣に座る同期の存在が理由なのか、

はたまたそれ以外の何かなのか、俺にはわからない



それでも間違いなく、この場を、空間を、雰囲気を、楽しんでいる



この時期は特に、話し始めの話題は決まっている


やれ感染症がどうだとか、在宅ワークがどうだとか、

飲み会が少なくて寂しいだとか、

会話のルーティンをこなすことで場と自分を温める


いかに自分の社会性というものが低下していたか、思い知らされつつも、

それは同僚、特に同期も一緒であると感じる



隣に座る彼女も最初は少し言葉数が少なく、

はにかんではハイボールをちびちび飲むことを繰り返していた



少しすると、話すことに慣れてきたのか、ハイボールで少しずつ温まってきたのか、

おとなしい仮面の下に隠れるお茶目な部分や少しだけ気が強そうな雰囲気が

見え隠れし始める



それを横目に見ながら、静かに酒を煽り、

牛筋煮込みに箸を伸ばそうとして、手を止めた


少し前とは違い、感染症が蔓延している今、

取り箸を使わないと怒られることを忘れていた


彼女がいるとどうも調子が狂う


そう思うようになったのはいつだろうか



初めて会ったのは春が過ぎかけた、緑色の葉っぱが8割を占めてきた頃だった

どうにもスーツを着ていることに違和感を感じたが、

よくよく話を聞いてみると、今まで海が近いところで働いていたらしい

どうりでスーツと都会より、麦わら帽と綺麗なビーチのほうが似合いそうなわけだ



本当に困りもので、これから本格的に気温が上がってくるというタイミングで

私服通勤の許可が降りた今、夏仕様の恰好で通勤するんだろうな


これ以上集中力を乱さないでくれ、時計を見ようとすると必ず目に入るじゃないか


きっと、視界に入る度に、心がざわつく



そんなことを考えているとはつゆ知らず、

彼女は饒舌になって来たところで俺をいじり、場は笑いにあふれる


一瞬一緒に笑いながら、なんとか言い返す


この関係性を続けなければいけない、その一心で、自分が笑いものになるよう



少し疲れた頃に、少しお手洗い、と言いながら席を立つ


LINEの通知を確認しするものの、ほとんどどうでも良いものばかりだ


1通だけ、先に寝るね、というメッセージにだけ返信した

了解、おやすみ、と



席に戻ると、日本酒の2合徳利がテーブルにおいてあった


全員で分けて飲むとは言え、そこそこの量だ


あー、すみません。こぼれるこぼれる!とか言いながら、お互いに酒を注ぎ合っては、

また話に花を咲かせる


心の中で、静かに想いながら、反動のように酒を飲み、騒いだ


完全に、ビール、日本酒、焼酎というちゃんぽんをしてしまった

自分の隣の気配を楽しみながら、明日の調子は想像しないよう、酒をまた煽った



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ