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丈瑠が道場の中で土方歳三らしきものと立ち向かっている時、道場の外には三人の男たちが近づいてきていた。
一人は二十代後半の小太りの男、さらに若いツリ目の男、もう一人が黒いスーツを着た三十代前半のオールバックの男だ。そのオールバックの男こそが丈瑠の知る藤浪だった。
「ここか?」
藤浪が小声で小太りの男に声をかける。
「ええ。あの若いバイトらしいヤツがここに捜していたそうです」
「しかし、あんなガキ、殺らなきゃいけないんですか? もう、どうえもいいんじゃねえんですか? どうせ、今回のことは風間がやったことでしょ。風間はさっき名古屋で見つかったって話じゃないすか。もともと風間を見つけるために、あのガキをわざと逃したんでしょ?」
ツリ目の男が疑問を口にする。
「バカ言ってんじゃねえ。誰だろうと、俺たちの金に手を出したんだ。殺されて当然だ」
小太りの男がそう言いながら拳銃を取り出す。
「見せしめだよ。あんなガキを殺したところでたいした意味はないが、落とし前をつけなきゃ同じことが繰り返されるからな」
「俺たちは上からの命令に従えばいい」
そう言いながら小太りの男が扉に手をかける。だが、その扉はピクリとも動かない。
「どうした?」
「いや、まったく動かないんです」
「鍵がかかってるのか?」
その問いかけに小太りの男は口ごもった。
「あ……いや……鍵っていうか……完全に固定されているような……」
「しょうがねえな。ぶっ壊せ」
その言葉を受けて、小太りの男が扉に向けて拳銃を向ける。
その時――
「あらあら、乱暴ですわねえ」
ふいに声が聞こえ、男たちは周囲を見回した。だが、どこにも人の姿は見えない。
「今のは?」
男たちは顔を見合わせた。すると、さらに声が聞こえてくる。
「こちらですわよ」
顔を上げると、道場脇に生えているヤマザクラの枝に着物姿の人影が月に照らされている。
「なんだ、お前?」
女はフワリと三人の間に飛び降りた。まるで音もなく引力が働いていないかのように静かで柔らかな動きだった。
「失礼な物言いですわね。名乗る時はご自分から名乗るのが礼儀では?」
「ふざけてるのか、てめえ」
「まったく仕方ありませんわね。でも、私は礼儀に従い名乗りましょうか。私は詩季の一族の隼音怜羅。ウチの道場に何の御用かしら?」
怜羅は藤浪へと顔を向けて言った。
「あの若造はどこだ?」
「若造? さあ、誰のことでしょう?」
「隠すつもりか?」
「いえいえ、そんな名前の方、知らないだけですわ」
「ふざけるな。この小屋のなかにいるんだろ!」
ツリ目の男が声を荒げる。
「ここにいるのは若い剣士を目指すお方ですわよ」
「開けろ」
藤浪が低い声を出す。「ケガをしたくなかったら言うことを聞け」
「野暮ですわねえ」
「てめえ」
小太りの男が怜羅に近づく、その右手に握られた拳銃が怜羅の後頭部へと近づけられる。それはただの脅しのつもりだったのかもしれない。もしくは怜羅の動きしだいでは本気で撃つつもりだったのかもしれない。だが、その意思が行動に移されることはなかった。
怜羅の動きは早かった。男の拳銃が近づいた次の瞬間、怜羅の傘が男の体を捕らえていた。
ミシリという骨の砕ける音が聞こえた気がした。
裕に80キロはあるだろうと思われる体が大きく吹き飛ばされた。10メートル以上もの距離を飛び、その体が地面に落ちる。
まだ息があるらしく、うめき声とともに体がヒクヒクと動いている。
その様子を目にして、藤浪たちは顔を青白くさせた。
「あらあら、なんて弱いんでしょう。飛び道具が駄目なんて言ってませんわよ。でも、それに頼りすぎてまるで戦う姿勢が出来ていませんわ。そう思いません?」
怜羅は笑いながら振り返った。
それを見て、ツリ目の男が慌てて拳銃を抜く。そして、怜羅へと銃口を向ける。
しかし、怜羅はそんなことを気にもしない。そのまま銃口に向けて飛び込んでいく。そして、引き金を引くよりも早く男に近づき、そのまま傘が男の胸を突く。鈍い音を響かせ、男の体が背後に吹き飛ぶ。
太い竹にぶつかり、その動きを止めた。
男はピクリとも動かない。
「あらぁ、これでも手加減してあげているんですけどねえ。もちろん手加減したからといって無事に帰すつもりなんてありませんけどね」
怜羅はそう言って倒れている男に笑いかけた。
勝てない、そう藤浪は判断した。そして、ゆっくりと後ずさる。だが、その判断は決して意味のあるものではなかった。
怜羅が藤浪に向かって振り返る。
「逃げられるはずないでしょう。人を殺そうとする者は、殺される覚悟をもたなければいけませんわ」
その視線を藤浪へと向けてニコリと微笑む。