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ある日、風間の事務所に向かうと、いつもと違う状況が待ち構えていた。事務所の中をいかつい男たちがウロウロしている。すぐにそれが清白組の組員たちであることは想像することが出来た。
丈瑠の姿を見つけ、男の一人が詰め寄ってきた。
「風間はどこだ?」
「来ていないんですか?」
「居ねえから訊いてるんだ。あいつ、金を誤魔化してやがった。おまえもグルなんじゃないのか?」
「ち、違います」
「ナメてんじゃねえぞ!」
若い男が机を蹴り倒す。さすがにそんなことでビクつくことはないが、それでもこの男たちがいざとなれば人を殺すことくらいのことはすることを丈瑠もよく知っている。
「おいおい、騒ぐな」
そう言いながら奥の部屋から現れたのは藤浪だった。
「……藤浪さん」
「丈瑠君、君は事情を知っているのかい?」
丈瑠は強く首を振った。
「知りません。金って……何のことですか?」
「君は風間がどういう仕事をしていたか知っているか?」
「……いいえ」
咄嗟に丈瑠は嘘をついた。
「本当か?」
「……」
「そうか。まあいい。私たちは、私の会社やそれ以外のものを全て風間に頼んでいた。それを良いことに風間は私たちの会社の金を誤魔化していた。つまり盗んでいたんだ」
藤浪の口調は静かだったが、むしろ威嚇されるよりもずっと威圧感があった。
「……俺は知りません」
「――だと思ったよ。実は以前から気づいていたんだ」
「気づいていた?」
「そうだ。しかし、風間は有能だ。失いたくなかった。だからこそ君を風間のところで働かせることにした」
「どうして俺なんですか?」
「口の固い男なら誰でも良かったんだ。事情を知らないにしても、君が風間の傍で同じ数字を見ていれば自分のやっていることがバレるかもしれないと思うかもしれないじゃない。あそうすることで彼が思いとどまってくれるんじゃないかと期待していたんだ。しかし、そうはならなかった。それで? 風間が今、どこにいるかは知っているか?」
「いいえ」
「困ったな。いくら私が君を庇おうとしても風間が見つからなきゃどうしようもない。どうだ?見つけられないか?」
「……捜してみます」
「そうか、そうしてもらえれば助かるよ。私は君を信じていたいんだ。わかるね」
藤浪の言葉に、丈瑠は素直に頷くしかなかった。
あてがあるわけでもなかった。だが、そうでも言わなければ、その場で殺されてしまうような気がしたからだ。
丈瑠は事務所を後にすると、風間の住むマンションへ向かった。そして、歩きながら丈瑠はすぐに風間に電話をいれた。だが、風間は電話に出ることはなかった。風間はすでに自分がやっていたことがバレたことに気づいているのかもしれない。もし、そうだったとすれば風間を見つけるのは難しいことになる。
思ったとおり、マンションにも風間の姿は見つけられなかった。丈瑠は諦めずに何度も電話をかけた。それと同時に風間の行きそうな店や知り合いと思われる人々へ連絡を取った。それしか手がなかったからだ。
2日が過ぎ、ついにやっと風間の居場所を見つけることが出来た。それは以前、帳簿の中に出てきた不可解な取引先の一つだった。住所は普通のマンションの一室でありながら、取引が曖昧なわりにやけに金の出入りが多く、ずっと気になっていた場所だった。
そのマンションの前に張り込んでいると、そこから出てきた風間の姿を見つけることが出来た。丈瑠に気づくと風間はいかにもバツの悪そうな顔をした。
「よくここがわかったな。すまん。お前に迷惑をかけてしまった」
「風間さん、金を返しましょう」
だが、風間はそれに対して首を振った。
「悪いな。金なんてもうほとんど使ってしまった。それに、そんなことをしても無駄だ」
「じゃあ、本当に金を盗んでいたんですか?」
「……」
「風間さん?」
「そういう旨みがなけりゃ、あんな奴らと付き合うわけないだろ。捕まったら殺される。俺は逃げる。もう俺には連絡するな。お前も逃げろ」
そう言って風間は丈瑠に背を向けて足早で去ろうとする。
「待ってください」
丈瑠は追いすがった。このまま風間に逃げられては自分の立場が悪くなる。風間は肩を掴もうとする丈瑠の腕を払いのけようとする。
その時、風間の表情が変わった。
振り返ると、その背後からいかつい男たちが走り寄ってくるのが見えた。風間は丈瑠の手を振りほどくと人混みに向かって走り出した。
男たちは丈瑠の横を通り過ぎ、その風間の背を追いかけていく。
(きっとつけられていたんだ)
丈瑠はその場に立ちすくんだ。
このままでは自分もただで済むはずもない。
(逃げよう)
丈瑠はどうしていいかわからないまま、東京駅へと向かった。
なぜ、自分まで逃げなければいけないのか、丈瑠には納得出来なかった。だが、自分が納得しようとしまいと、そんなことは彼らには関係ないだろう。丈瑠も風間と同じように金を盗んだと思われていることだろう。いや、彼らにとって、そんなことはもう関係ないかもしれない。風間も自分も、彼らのやっていたマネーロンダリングに関わっていることに違いはない。彼らがこのまま自分を逃してくれるはずがない。
親戚も知り合いもいないどこかへ逃げよう。そう思った時、頭のなかに浮かんだのは以前、聞いた場所だった。
それは一人、居酒屋で飲んでいた時、聞こえてきた大学生たちの会話だった。
「なんだよ、この地図?」
「ネットで見つけたんだ。最強の剣士と会えるらしいぞ」
「なんだそれ? 誰のことだよ?」
「さあ……誰かはわからないけど、そこに行けばわかるんじゃないか? お前、剣道やってなかったか?」
「子供の頃の話だよ。そんなくだらないことのためにそんな田舎まで行ってられるかよ」
そう言って若者たちはその地図をテーブル席に残したまま帰っていった。
丈瑠もそれはただの噂だと思っていた。帰る直前、気になってちらりとその地図を目にしただけなのだが、そのことが頭の片隅にひっかかっていた。
その地図に描かれていた場所もおぼろげながら記憶している。
丈瑠は急ぎ北海道へと向かった。
あれから3日が過ぎる、追手から逃れるため、あえて遠回りをしてきたため、無駄に日にちが経ってしまった。
あの日以来、風間とは連絡が取れていない。何度か携帯に電話してみたが、風間が電話に出ることはなかった。
既に彼らに捕まり殺されてしまったのだろうか。