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妖かし四方山話 強さを求む者  作者: けせらせら
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 高校3年の時、全国大会でベスト8まで勝ち進むことが出来た。だが、それは決して満足出来る結果ではなかった。その一ヶ月前、練習で足を痛めてさえいなければ、優勝だって狙えるはずだった。

 もっと強くなりたいと願った。剣道という枠のなかでは自分の目指す強さを満たせないような気がした。スポーツとしての剣道ではなく、もっと現実に近い形での強さを求めるようになっていった。

 高校を卒業してからは、隣町の剣術の道場へと通うようになった。だが、やはりそれも満足出来るものではなかった。型ばかりの稽古の繰り返しは、とても自分が望む強さを手に入れることが出来るとは思えなかったのだ。その後、柔道や空手にも手を出したが、長続きはしなかった。

大学を卒業した後、勤め先の社長から勧められ合気道の道場へ通ったが、これがよくなかった。剣道とは違い、合気道には試合がない。そのためただ長年道場に通っているというだけの老人が自分勝手な理屈を掲げやけに威張っているように感じた。ある日、木刀を使った稽古の時、60歳過ぎの有段者からあまりに説教めいたことを言われ、つい本気で打ち込んでしまった。相手は骨折し、丈瑠は破門されることになった。

 道場を破門されたことは不満ではあったが、困るほどのことではなかった。合気道というものへの興味を失いつつあったからだ。だが、ケガをさせた相手が、丈瑠の勤め先の社長と知り合いであったことが事態を悪くさせた。

 社長は、丈瑠が出社するとすぐに呼び出し、ケガをさせたことを詫びるように命令した。

 すぐに丈瑠は謝罪を拒否した。道場でのことと仕事とは別のことだ。弱みにつけこんで、人に謝罪を強いるようなやり方を受け入れたくはなかった。

 だが、その結果、丈瑠は仕事をも失うことになった。

むしゃくしゃした気持ちのまま一人居酒屋で呑んでいると、隣の席にいた藤浪博己ふじなみひろきという名の男から声をかけられた。

「こんな店で一人で飲んでいるのかい? 誰か友達と一緒じゃないのか?」

「一人のほうが気楽ですよ」

 ムスっとしたままで丈瑠が答える。

「ずっと気になったんだよ。君、いつもここで一人で飲んでいるだろ?」

「友達がいない男がそんなに珍しいですか?」

「君のような男にうってつけの仕事があるんだ」

藤浪はまだ30代後半ながらも建築事務所を経営しており、その関係している会社でバイトを捜しているのだそうだ。

「どうして俺に?」

「この仕事は信用が大事でね。お喋りな男にはむかない仕事なんだよ」

つまりは人間関係が無さそうなところを評価されたというわけらしい。ただの気まぐれで、丈瑠は藤浪の誘いにのることにした。何よりも仕事が必要だったことも事実だ。

 藤浪は丈瑠を自分の会社が契約しているという税理事務所へと連れて行った。偶然にもその税理士が丈瑠の知り合いだった。それは小学生の時、同じ道場で稽古をしていた8歳年上の先輩の風間拓海かざまたくみだった。

 藤浪の紹介ということもあってか、風間はすぐに丈瑠をバイトとして雇うことを決めてくれた。

 ある時、風間の事務所で過去の帳簿を見ていると、中に金額がおかしいものがあることがいくつかあることに気がついた。それは巧妙に数字が隠されていて、丁寧に見直さなければわからないようなもので、ただのミスとは思えないものだった。風間に訊いてみると、一瞬、驚いたような顔をして、それから仕事の後で飲みに行こうと誘ってきた。その夜、二人で酒を飲みながら風間が声を潜めて喋りだした。

「よく気がついたな」

「あれはミスなんですか?」

 すると風間はニヤっと笑みを浮かべた。

「まさか、違うよ。あれは客の指示だ」

「客? どうしてそんなことを?」

 丈瑠にはその意味がわからなかった。

「おまえ、藤浪さんがどういう人か知っているのか?」

「どういう人って……建築事務所の社長でしょう?」

「それは表の顔だ」

「表?」

「マネーロンダリングって言葉を知ってるか?」

「それって……ヤクザがやるようなことですか?」

 胸の奥がざわつく。

「そうだ。藤浪さんはな、実は清白組の組員だ。清白組が裏で作った金を綺麗にするために、あの建築事務所を使っているんだ」

「じゃあ、あの帳簿はーー」

「一見、普通の経営内容に見えるが、実のところはそのマネーロンダリングの記録ってわけだ。いいか、黙っておけよ」

「はあ……」

 まずいことに関わってしまった、と丈瑠は心の中で思った。「でも、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。心配するな。それにあいつらの金はある意味表に出せない金だ。そのぶん俺たちの儲けも増えるってことだ。だからあのことは黙っておけよ。そうすればおまえも良い暮らしが出来る。来月からおまえのバイト料を上げてもらうように俺から言っておくよ」

「いえ、俺はそんなーー」

「平気、平気。俺とお前が口裏を合わせておけば誰も気付きゃしない」

 風間は軽く答えた。

 少し不安は残ったが、彼らを良く知る風間の言うことだから大丈夫だろう。ただ、それでも自分は風間に手を貸すことは避けようと思った。

 そして、丈瑠はイザというときのために、風間にも内緒で帳簿の一部をコピーして隠すことにした。それがマネーロンダリングの証拠になるからだ。イザとなった時には自分を助けてくれるかもしれない。

 その後、風間は約束していたとおり、丈瑠のバイト料を増やして金を振り込むようになった。もともと金が欲しかったわけではないが、貰える金が増えるというのは丈瑠にとって悪いことではなかった。

 時々、帳簿を調べてみると、相変わらずおかしな金の流れになっていることがあった。しかも、その金額は以前よりも増えているように思えた。

(早めに辞めたほうがいいかもしれない)

 丈瑠はしだいにそう思うようになっていった。

 そんな生活が半年も続いた。


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