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「今日はここまでだ」
「はい」
俺の目の前にいるのは、物心つく前から育ててくれた師匠だ。
顔は老けているが、体は筋肉の鎧を着ていると言っていいほどがたいがいい。
師匠は無口で自分から話す事はあまりない。
俺は物心ついた時から、師匠と2人で暮らしている。
師匠が言うには、俺は今年11歳になるそうだ。
当然親の記憶もないし、師匠に聞いても「知らん」と言われてしまった。
まあ、親に関心があるわけではないので深く聞いたことはない。
「いつも通りだ」
俺は頷き森に入って行く。いつものことなんだが、師匠の稽古が終わると森に行き、食材を取りに行かなければならない。取りに行くと言っても生きた動物を探して、捕獲しなければならないのだが、、、
俺は微かな気配を感じ取り夕飯の食材めがけて一直線に走る。
「この気配は熊か?」
生き物は気を微かながら放っている為場所が分かるのだ。生きているものは誰しも気を放っているが、気をコントロールすることで抑える事ができる。抑えると言っても完全に消す事は出来ない。
俺の予想は的中し、目の前には2メートルはあるであろう熊が現れた。向こうも俺の気配に気づいたのか、殺気を強め威嚇をし、いつ襲ってきてもおかしくない状況だ。
俺はスキル『虚気一閃』を使い熊は即死し、2メートルの巨体が無気力に倒れる。
スキルとは、体内にある気力を使うことで発動することができ、気力を全て使い果たすと死んでしまうデメリットがある。普通は本能的に気力の7割を消費すると気分が悪くなり8割で気絶してしまう為、死ぬ人は滅多にいない。
スキル『虚気一閃』は自分の気を対象の気心に当てることで失神させるスキルだ。自分の熟練度と対象の抵抗力によっては気心が破壊され即死させることもできる恐ろしいスキルでもある。気心は心臓の気腔の奥にあり、破壊するのは至難の技だ。
「熊の肉はうまいんだよなー。日も暮れてるし早く帰るか。」
自分の倍はある熊を引きずり師匠のいる家に帰る。
家に着くと外で師匠が焚き火びをしており、今まで暗闇にいた為とても眩しく感じた。
「熊を取ってきました」
俺が引きずってきた熊を持っていくと師匠は頷き、1メートルはある包丁で一瞬で熊を捌く。
串に肉を刺し焚き火で焼き始めた。基本的に調理と呼べる行為をしないのが師匠流だ。
串に刺さった肉がいい感じに焼けると「いただきます。」と言って2人で勢いよく平らげて行く。
2メートルはあった熊の肉を食べ尽くし、師匠は家に入って行った。
ここからは自由時間だが、外も焚き火の明かり以外ない。1日ほぼ稽古の為、体もクタクタだ。
なのでいつも決まって、師匠の家にある無数の書物を持ってきて読むことにしている。
師匠の家には、絵本から武術や魔法の専門書まで多岐にわたる種類の本が、物心ついた頃から置いてあった。最初は師匠が読み書きを教えてくれていたが、今では独学で学んでいる。
俺の知識の源は師匠と書物だが、生憎魔法に関しては人によって固有魔法が違う為、書物を読むより実際に魔法を使い、体に教え込む方が早く実践で使えるようになる。
魔力を使うことで火や水に変化させたり、任意の方向に運動エネルギーを働かせることができる。魔力は使い果しても人体に影響がない為、スキルより使い勝手がいい。
今日は昨日から読んでいた、ゾーンについての書物だ。
ゾーンとは究極の集中状態のことで、身体能力、動体視力が格段に上がる状態スキルだ。
普段かわすことができない攻撃も、ゾーンを発動すれば余裕でかわす事ができるようになる。
これはファーストゾーンと呼ばれる人間の極地とも言われているが、実は更に上のゾーンが存在する。
それはセカンドゾーンと呼ばれ、ファーストゾーンに入ったまま発動しなければならない。
セカンドゾーンを簡単に説明すると、リミッターを外す事で普通の人間では考えられない力を発揮する事ができる。例えば、人にもよるが、10メートルぐらいの岩が落ちてきても、拳1つで叩き割ることも可能である。だが、セカンドゾーンはおろかファーストゾーンを意識して発動できる人間は多くないみたいだ。
俺は1年前にセカンドゾーンを意識して発動する事ができるようになった。でもまだ体の成長が止まっていない為、体の負荷を考えて師匠からは修行以外での発動は禁止されている。