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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
二章 初めまして地球の皆さん
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① 「いえ、かなりマズいです」

 調査団五人で東京に来てから二日後の深夜。僕らは、寮[あてら]から徒歩で五分ほどの所にある河川敷に来ていた。

 午前零時を過ぎたこの場所は人気がなく、自分達の会話が響いてしまうのではないかと心配する程静かだった。


「太陽がなくてもあったかいなんて、地球は過ごしやすいねぇ」


 深呼吸をするように両手を広げたキースが言う。


「今は夏だからですよ。日中は暑いと言っていたじゃないですか」

「あの暑さは俺達には酷だよ」

「ナツって何?」

「季節です。地球には季節と言って、暑い時期と寒い時期があるんですよ」


 首を傾げるソフィアに簡易的な説明をする。年中一定の気温であるアテラに住む僕らにとって、地球の季節や一日の気温の差というものは初めての経験だ。この環境への適応が、地球に来てからの僕らの課題となっていた。


「それで、キースさんは何で真夜中のこんな場所に俺達を連れて来たんスか」

「よくぞ聞いてくれました! みんな、お楽しみの初仕事だよ〜」


 キースはパンと両手を打ち、とびきりの笑顔で向き合う。静かな河川敷に陽気な声が響いた。


「誰も楽しみにはしてないと思うけど……」

「一々子供っぽいなこの人……」

「キースさん、音量下げてください」


 注意するとキースはハッとしたような仕草をし、口を抑える。この人、絶対僕達の反応を見たいだけだろう。


「ごめんごめん。

 でさ、ここなら人も居ないし目立たないから、調査にはうってつけだと思うんだよね」

「とりあえずボク達は何をすればいいんですかぁ?」


 あくびをしながらサンが尋ねる。キースは人差し指をピンと伸ばした。


「マナを使ってみるだけさ。まずは地球でマナが使えるかを試すって言ったでしょ。使えなければもう任務終了ってワケ」

「そういえばまだ使ってなかったね」


 ソフィアの言うように、地球に来てからの三日間、誰もマナを使っていなかった。地球環境への適応や生活整備を行なっていたためだ。


「俺達はちょうど五つの型が使えるからね。これでみんながマナを使えれば、ようやく調査のスタートが切れるんだ。

 って訳で、早速ソフィアからやってみて」

「分かった! じゃあいくよ、紅羽(くれは)!」


 キースに言われるがままにソフィアが試す。

 右手を広げてそう言うと、一瞬の光と共に細長い刀が現れた。持ち手が紅色のその長刀は、武器型のソフィアがマナで作った愛刀だ。


「うん、武器は普通に出せるね。あとは性能だけど……ついでだから礼音(れおん)。硬化してソフィアの攻撃受けてくれる?」

「次は俺っすね。うし、ソフィア来い!」

「手加減しないわよ!」


 紅羽を持ったソフィアがピョンピョンと跳ねるように遠ざかっていく。加速をつけて斬り込むのが彼女の戦い方だ。この距離からの攻撃だと、生身の人間は簡単に真っ二つになるだろう。

 その攻撃に備えるように、レオンは腕を組み仁王立ちになる。暗くてよく見えないが、どうやら彼は既に全身を硬化したらしい。ソフィアを待つ彼の顔は、ニヤついているように見える。

 風が二人の間を抜ける。川の水がなびいた瞬間、金属同士のぶつかる音が鼓膜を震わした。刀を振りかざしたソフィアと、それを腕で受け止めるレオンの姿が目に映る。一見するとレオンが完全に受け切っている様だが、よく見ると先程よりもやや後方に下がっていた。


「相変わらず無茶苦茶なスピードだな。衝撃で筋肉が震えるぜ」

「礼音こそ随分とまた筋力上げたのね。吹き飛ばすつもりだったのに」

「危うく吹き飛ばされるところだったわ」


 言いながら二人は楽しそうに睨み合う。

 この二人は昔からそうだった。互いの実力を、こうしてぶつかり合うことで確認しているのだ。幼馴染であると同時に、ライバルとも言える存在なのだろう。少し羨ましい気もする。


「うん、いいね! 武器型と防御型は問題なしっと。じゃあ次はサ…じゃなくてヨータ。何でもいいから礼音に魔法ぶつけてみて」

「お、今度はちびっ子だな。いつでもいいぞ」

「今のボクは陽太ですー!」

「じゃあちび太、来ーい!」

「もー!」


 続いて選ばれたサンがレオンの前に出てくる。挑発されて怒っているのか、頬を大きく膨らましていた。

 そのまま無言で指を鳴らす。するとレオンの真上に巨大な雪の塊が現れた。レオンは落下に備えるよう身体を硬化させる。しかし塊は浮いたまま全く動こうとしない。


「何だ、早く落としてこいよー」

「誰も落とすなんて言ってないですよ」

「は?」


 レオンの間抜けな声と同時に、再びサンが指を鳴らした。雪の塊は瞬時に散らばり、無数の雪だるまとなってレオンの周囲を囲む。


「お、んん? なんだこれ?」

「突撃ぃー!」


 サンの合図で雪だるま達が一斉にレオンの身体へとへばりつく。レオンの叫びもすぐに聞こえなくなり、彼のいた場所には巨大な雪だるまが完成した。雪だるまの顔は何故かとても誇らしげだ。


「暫くこれで静かになりますね」


 首を傾げて可愛らしく笑ったサンが両手をパンと叩く。雪だるまは消え、口の開いたまま氷漬けになったレオンが現れた。確かにこれなら数分はおとなしくしているだろう。


「可愛い顔して結構すごいことするのね」

「硬化じゃ防げないってこと、センパイに教えてあげたんですよ」

「ふふ、礼音も一杯食わせられましたね」


 ニコニコと戻ってきたサンにそう声を掛けながら、一連の出来事を思い出す。

 サンは簡単そうに雪だるまを指揮していたが、あれだけの数に命令を下すのは容易ではない。そもそも氷魔法のみで命令を遂行する物体を生み出せるなんて聞いたことがない。彼はおそらく、光魔法を同時に使ったのだろう。

 こんなハイレベルな魔法がたった十四歳の子供にできるなんて。彼にはやはり、それだけの才能があるのだ。もしかしたら、これはまだ準備体操程度なのかもしれない。


「流石だねぇ。自然型も問題なし!

 礼音は放っといても大丈夫そうだから、篤志、俺に毒を盛ってみて」


 サンの魔法に関心していると、キースが今度はこちらに指示を出してきた。リーダーに毒魔法をかけるのは躊躇うが、補助型だという彼のマナの効果を試すには自分が実験台になるのが一番だと踏んだのだろう。


「リーダーが言うからにはやりますが、本当にいいんですか?」

「いいのいいの! 軽めのじゃつまらないから、そこそこ苦しいやつでヨロシク!」

「はぁ……」


 彼はこちらが困るようなことをウインクしながら言う。

 強い毒を与えて本当にいいのだろうか。しかし手加減したらしたで怒りそうだ。

 小さく溜息をついてキースに向き合う。右手をかざすと、キースはハグを待つかの如く大きく両手を広げた。


「じゃあいきますよ。シン」


 言葉と同時に手のひらが温かくなる。その温もりが消えると、すぐに目の前から呻き声が聞こえた。


「うっ⁉︎ ぐぅ……はぁはぁ、苦し……」


 胸を押さえて膝から崩れたキース。顔はみるみる蒼くなり、冷や汗をかいている。


「早めに毒を抜かないと、全身が痺れて自分じゃ動けなくなりますよ」

「大丈夫、だよ……っ、な、ナーレ」


 縮こまった彼の胸元から優しい光が漏れる。荒い息遣いが徐々に消え、河川敷には静けさが戻った。


「キースさん、大丈夫?」

「ありがとう。

 ふー……。いやーホント、手加減無しだね! 久しぶりに苦しめられたよ」


 ソフィアが伸ばした手を取ったキースは、いつもの調子でそう言った。

 苦痛を味わった筈のその顔は何故かとても満足気だ。特殊型も補助型も難なくクリア出来たことを自らで実証したということが、余程嬉しいのだろうか。それとも只の……。

 何れにせよ、この人は本当に危ない人だ。自分がしっかりせねば。


「今回は大目に見ますが、今後あまり無茶はしないでくださいよ」

「あはは、ごめんね。気をつけるよ」


 立場が逆転しているように感じるが、この際気にしないことにしよう。

 平謝りのキースを横目に、氷漬けのレオンのもとに行く。


「さて礼音、そろそろ出てきたらどうですか。もう氷も壊せるくらい溶けてるでしょう」

「ボクに遠慮しているんですか? 気にしないので自力で出てきてくださーい」


 サンも近寄り、コンコンと氷を叩く。するとレオンがサンの顔を見てニヤリとし、力を込めて氷を破壊した。


「はー寒い寒い。さすがに雪だるまが襲ってくるとは思わなかったぜ」

「センパイに、油断は禁物ですと教えてあげたんですよぉ」

「そうかよ。それはどーも」


 愛想のいい笑顔を浮かべて言うサンに、レオンは腕をさすりながら適当な礼を述べた。散らばっていた氷の欠片が溶け、周囲の気温が少し下がった様に感じる。


「そんで、この後はどうするんスか? マナが使えることは分かったし」

「私もう少しここで遊びたい!」

「遊びに来たわけじゃないんだけどね。うーん、本当はもう少し色んなこと試したいんだけど」


 言いながらキースは前方を指差す。見ると、こちらに向かって赤いランプが近付いていた。


「誰か来たみたい。ねぇ篤志、アレってスルーして大丈夫なやつ?」


 ハザードランプを点灯した車から人が降りてきた。帽子に制服を着たその人は、間違いなく警官だ。

 とは言え、今の自分達は魔法を使い終えた後だ。河川敷に男女五人が集まっているのは怪しいが、注意で済むだろう。

 そう思ってフと周りを見渡す。しかし注意では済まなそうなものが目に飛び込んできた。


「いえ、かなりマズいです。急いで逃げましょう」

「え、なんで?」

「そこの君達、何をやっているんだ!」


 その警官は、自分達を見るなり走り出す。ほぼ同時に、パトカーのサイレンが大きく鳴り響いた。


「ソフィア、紅羽をしまってください」

「なんで? あ、ちょっと!」

「おお、なんか来たぞ! 走れ!」


 疑問を浮かべるソフィアの手を引き、走るよう促す。他の三人も状況は分からない様子だが一先ず走り出した。


「どうしたの急に! あの人達って何なの?」

「アテラでいうところの治安隊です。地球では武器を振り回すと捕まるんですよ」


 走りながらそう説明する。ソフィアの手にはもう刀はなかった。

 アテラでは日常的に武器を使用する者がいるため、厳しい規則は設けられていなかった。しかし、ここ日本で刀など振り回せば銃刀法に引っかかってしまう。

 今追いかけて来ている警官らは、おそらくソフィアの刀を見たのだろう。仮に捕まったとしても、刀はマナの塊であるため証拠隠滅は簡単だ。だが、取り調べは面倒だし、家宅捜査されてワープホールの存在を知られても困る。


「君達止まりなさい!」

「おいおい、追いつかれるぞ! どうする篤志!」


 パトカーはすぐそこまで迫っていた。回り込まれたら、走っている警官と挟み撃ちにされてしまう。寮はもうすぐだが、今後の為にも自分達の住処がバレるのは避けたい。


「陽太、目眩しが出来る魔法ってありますか?」

「はい、ありますよ」

「では僕が止まったらすぐにお願いします。皆さんは先に行っててください」


 ソフィアをレオンに預けそれだけ言うと、くるりと向きを変えた。そして迫り来るパトカーを前に手をかざす。

 後方から僅かに指を鳴らす音が聞こえる。すぐに目の前に閃光が走り、急ブレーキのような嫌な音が住宅街に響いた。


「ミン」


 すかさずそう唱える。サイレンが止み、辺りは静寂に包まれた。

 恐る恐るパトカーに近付いていく。運転席の警官は顔を伏せていた。試しに窓を叩いてみるが、反応はない。走っていた警官も、パトカーにもたれるように座っていた。


「手荒な真似をしてすいません。しかし、捕まるわけにもいかないので」


 眠る警官らにそれだけ伝える。やはり反応はなかった。

 さて、戻ろう。そう思い四人が去った方向へ足を進めると、遠くからサイレンの音が聞こえた。ここの彼らが応援を呼んだのだろう。丁度いい。このまま彼らを置いていっても迷惑だろうから、応援の人に回収してもらおう。


「ソフィアに注意しておかないと」


 今回は良かったが、今後人前で刀を出されては困る。他の面々にも、地球人の前でマナを使わないように言っておかねば。

 異星人だとバレては、何をされるか分からない。任務を確実に成し遂げるためには、最後まで地球人を装って生活に溶け込むのが一番良いのだ。


 夜道を歩きながらこれからのことを考える。

 今日のこれは、まだ第一段階をクリアしたに過ぎない。マナが地球にあること、問題なく使えることが報告されれば、上層部もマナの回収に向けて動き出すだろう。それが変な方向に向かわなければいいが。なんだかまた一つ、頭痛のタネが出来た気がする。

 はぁ、と溜息が漏れた。この任務を受けてからもう何度溜息をついただろう。平和な日常は一体いつ戻って来るのか。早く任務を片付けて帰りたい。


「……風呂にでも入ろうかな」


 星空を見上げてそう独りごちると、街灯の灯る住宅街を早足に進んだ。

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