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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
一章 平穏な日常の終わりは突然に
8/53

⑦ 「アッシュ・ハイディアはここに居ません」

「これがワープホール……」

「なんかグネグネしてて気持ち悪い……」


 翌朝八時。リュックサックなどの荷物を身につけた僕達調査団メンバーは、情報管理室の仮眠室の前に集まっていた。

 キースが扉を開けると、部屋の奥には緑と青と黒が撹拌されたような色合いの禍々しい物体が置いてあった。物体を囲うフレームを見る限り、鏡を改造したのだろう。鏡は異世界を繋ぐという逸話を聞いたことがあるが、さすがにこれはおぞましい。


「触ると一気に吸い込まれるみたいだから気を付けてね」


 触ろうとしていたサンに、キースは陽気にそう言った。サンは急いで手を引っ込める。


「これで本当にチキューってところに行けるんですかぁ? 変なところに飛ばされそう」

「確かにあまり信用出来なそうな見た目だけどね。これを作った科学班が実験してるらしいから大丈夫じゃないかな」


 各々の不安を他所に適当な口調で言うキース。本当にこんなものを信じていいのだろうか。


「なんなら、みんなで手繋いで行こうか?」

「私はその方がいいな……」

「まぁ中ではぐれるのも嫌だしな」

「ではそうしましょう。もちろん先頭はキースさんですよね」


 しのごの言っても方法は他になさそうなので、腹を括る。せめてここは、一応リーダーであるキースに先を行ってもらわねば。


「うん、いいよ。一番後ろは……アッシュにお願いするのが無難だね。宜しくね」

「はい」


 こうしてキースを先頭にしてワープホールに入ることとなった。

 自分は一番後ろで怪しいものがないかを見張っていよう。


「あれを見るまでは楽しみにしてたのに、なんか嫌だなぁ……」


 ソフィアが不安そうな顔をしてこちらに寄ってくる。演習などでは物怖じせず突っ込んでいくのに、こういう得体の知れないものには恐怖を感じるところが彼女らしい。

 すぐそばにある彼女の小さな手を握る。


「へっ、あ、アッシュ!」

「大丈夫、一瞬ですよ。僕もレオンも、君の手を離したりしませんから」

「何、俺と手を繋ぎたいって? 昔から怖がりだからなぁ。仕方ない、ほれ」


 レオンもがっしりとソフィアの手を取った。サンドイッチされたソフィアは顔を赤らめている。


「青春だねぇ。ま、ソフィアは二人のお姫様だもんね」

「どうせならもっと清楚でおとなしいお姫様が良かったっすよ」

「おてんばですからね」

「ちょっと、二人とも!」

「はは、冗談だって」


 彼女は悪態をつきつつも、握られた手をしっかりと握り返した。これで不安が和らぐのなら安いものだ。


「さて、サンは右手な。何かあってもちびっ子二人くらいは守ってやるから安心しとけよ」

「ボクは成長が遅いだけです」

「口は一人前だな」

「子供扱いしな……ふぎゅ」


 レオンはサンの頭をガシガシと無造作に撫でる。ストレートの髪やアホ毛は乱れ、身体は左右に揺すられている。しかしサンは嫌な顔をするどころか、照れているようだ。案外こうしたふれあいが新鮮なのかもしれない。


「よし、順番も決まったみたいだからそろそろ行くよ。昨日も言ったけど、ワープホールは通るときにかなり体力を消耗するらしいから、一日に何度も出入り出来ないからね。ま、急用が無い限りは任務終了まで使わないつもりだけど。ちなみに俺の許可なく通ったらその時点でペナルティだから、覚えておくように」

「はい」


 僕達は揃って返事をする。直ぐにアテラに帰れるとはいえ、こんな禍々しいものなんて好んで入りたくなどない。


「さぁ行くよ。手離しちゃダメだからね。レッツゴー!」


 キースの楽しげな合図とともに、ワープホールに手を触れる。瞬間、叫ぶ間も無く全員がその中に吸い込まれていった。


 まるで高いところから落ちる様な感覚だった。引き込まれたその中は無数の星の様なものがチカチカと光っていて、それが横切る度に身体に疲労が重なっていった。

 そして、その不思議な体験はほんの数秒で終わりを告げる。


「うわっ! っとと」

「ふぅ……みんな、大丈夫かい?」


 急に広くて明るい場所に放り出された。なんとか踏ん張ることは出来たが、一歩間違えたらドミノ倒しになっていただろう。

 それにしても、身体が重だるい。演習後のような疲労感だ。途方もない距離を一気に移動したのだから、当然なのかもしれないが。


「一々こんなに疲れるんじゃ、使うタイミング考えないとだな」

「はぁ……ホントそうね」

「それで、ボク達ホントにチキューに来られたんでしょうか……?」


 サンの言葉と同時に、息を整えながら周りを見渡す。

 どうやらここは何処かの部屋のようだ。下は畳が敷いてあり、右には廊下に通じるであろう引き戸がある。左からは襖障子を通した光が差しており、室内を照らしていた。何処にでもある和室、といった雰囲気だ。


「なんていうか、静かな部屋だねぇ」

「チキューの家ってこんな感じなのか」

「アテラよりもあったかいね」

「この床、ガサガサしてて変な感じです」


 地球お初組が各々感想を述べる。自分にとってはとても懐かしいという感覚だったが、確かにアテラの住人からしたら地球、特に日本の環境は新鮮かもしれない。


「サン、これは畳というものですよ。そうだ、皆さん靴を脱いでください。今僕らが来た日本という国では、室内で靴は履かないものです」


 自分の靴を脱ぎながらそう言う。アテラではベッド以外は靴を履いて生活していた。しかし、今靴を履いたまま歩き回ると畳が汚れてしまう。


「そうなんだね。じゃあみんな脱ごうか。それでその靴はどこに?」

「入り口に靴が置けるスペースがある筈です。そこにまとめましょう」


 引き戸を開けて廊下に出ると、右奥に玄関らしき場所が見えた。廊下を抜けると脇には階段もある。他の四人は辺りを見回しながら後ろをついて来た。


「ここが出入り口です。中に入る時に、靴を脱いで段差を上がって建物に入るんですよ」

「なるほど。靴はここに置いておけばいいんだね」

「ここから外に出られるの? じゃ私一番乗りで」

「あ、待ってください」


 目を輝かせながら言うソフィアの肩を掴む。振り返ったソフィアはムッとしていた。


「何?」

「先に安全を確認してから」

「寮を手配した人がいるってことは、誰かが先にチキューに来てるんでしょ。その人から危険って情報がないんだから、大丈夫だよ」

「確かに一理ありますが……」


 ソフィアの言うことは尤もだ。しかし、僕には別な不安がある。十九年前から大きく様変わりしていたら、先頭に立って地球の案内など出来ない。まずは今と昔の環境を自分の目で見比べたかった。


「本当に僕の知っている地球かを確かめたいので、先に僕が行きます」

「そっか。実は違う星とかだったら困るもんね」


 そこまで言うと彼女は引き下がった。物分かりがいいのは助かる。

 さて、いよいよだ。

 僕は意を決して、やや古ぼけた引き戸に手を掛けた。


「おっと。あ、ちわーっす。スズキ急便でーす。ロイさん宛ての荷物を運んできましたー」


 戸を開けると、作業着を着た青年が立っていた。さすがに人が立っているとは思わなかったので思わず後ずさる。青年は怪訝な顔をするが、直ぐに営業スマイルを向けてきた。


「キース・ロイさんはご不在ですか?」

「え、あ、あぁ荷物ですか。もらいます」

「じゃ大きめの箱三つあるので今持ってきますねー。伝票にサインだけくださーい」


 そう言って伝票を手渡した青年は、建物の前に止めたトラックから荷物を降ろし始めた。


「アテラ側でいろいろ購入していたのでしょうか?

 とりあえずキースさん、ここにサインしてください」

「ハイハイ」


 キース宛だったので彼に記名してもらう。物凄い雑な字だが読めればいいだろう。

 送り主を見てみると、通販会社と思われる名前がそこにあった。この寮と共に、アテラの誰かが一通りの手回しをしてくれていたのだろう。しかし、どうやって……。

 更に見ていくと、発送日時があった。そこに自分の死から十九年後の西暦が書かれている。

 つまり、アテラと地球の時間軸は同じだということだ。これは一体どういうことなのか。

 考えているうちに青年が一つ目の箱を持ってきた。変に思われそうなので一先ず伝票を渡す。


「レオン、とりあえずこの箱をさっきの部屋に持っていってください」

「おーよ」


 気になることは多々あるが、それは調査の合間に考えることとしよう。

 それにしても、拍子抜けというかホッとしたというか。開いた戸から外の景色を眺め、そう心の中で呟く。

 ここから見る景色は、自分が東京で生活していた時と何一つ変わらなかった。澄み渡る青空、それを邪魔するように張り巡らされた電線。何処にでもある住宅街。そして蝉の鳴き声。実は自分が死んでから時が流れていないのではと錯覚するほど、平和だった十九年前と全て同じだった。


「じゃー、これで全部っすね。毎度でしたー」


 最後までやる気のなさそうだった青年は、軽く会釈をして去っていった。トラックのエンジン音が響く。


「まるで別世界ですね」


 サンが戸から外を覗き込み言った。その後ろにいるソフィアは、外に出たいのかソワソワしている。


「アッシュ、チキューってすごいね! 空が青い! あったかい! 草がたくさんある! ね、外出ていい?」


 グイグイと腕を引っ張る彼女は、まるで遊園地を訪れた子供の様だ。特に危険もなさそうなので、敷地内のみとだけ言って許可する。ソフィアとサンはほぼ同時に飛び出していった。


「ソフィアも言ってたけど、地球ってすごいね。アテラでは考えられない環境だよ」


 雲一つない空を見上げるキース。その目は驚きや感動というよりは、誰かを想う様な優しいものだった。


「そうですね。地球の言葉で例えるなら、アテラは氷の星ですから」


 木に登るソフィアを見ながら、故郷の大地を思い出す。

 アテラには太陽の光が届かない。そのため空には星が煌めくのみで、気温も通年氷点下だ。

 また、光のない冷たい大地に植物は育たず、外は土、岩石、鉱石が広がるのみ。建物も石造りがほとんどだった。その中で人々は、人工的に作った光や栄養分を使用することで野菜や穀物、家畜を育ててきたのである。

 そんな環境で育ってきたアテラの住人にとって、地球の環境はとても新鮮なのだろう。ソフィアやサンがはしゃぐのも理解できる。


「とりあえず箱は奥の部屋に置いといたぞ。お、ちびっ子達はもう遊んでるのか」

「あぁレオン、ありがとうございます」

「なんつーか、アテラとはまるで逆の空だな。太陽の光ってこんなに明るいモンなのか」


 一仕事終えたレオンが覗きに来る。彼もまた、外の環境が気になるようだった。


「地球は太陽から程よい距離にあるので、それによる恩恵をたくさん受けられているんですよ。この暖かさも太陽のおかげですし」

「へぇ。太陽様様だな」


 照りつける日差しを浴びながら呑気に会話していると、キースが満面の笑みで言った。


「さて、じゃ俺も子供達に混じって探検を」

「しなくていいですから」


 走り出しそうな彼の服を掴み、レオンと共に玄関に引き戻す。頬を膨らます様子はなんとも大人気ない。


「もう、ケチだなぁ。少し遊んだって」

「いい年したオッサンが何言ってんすか」

「やるべきことがあるでしょう」


 仮にも彼はこの調査団のリーダーだ。地球到着の報告をするなど、仕事はたっぷりあるはずだった。


「ちぇっ。まぁいいや。それで、ここは地球で間違いなさそうかい?」

「はい。僕が生きていた頃とほとんど変わりないと思います。だとすれば、少なくとも日本は平和かと」

「そっか。今はそれが分かればいいよ。やっぱり君がいてくれて助かった」


 ポンと肩に手を置いたキースは、玄関で靴を揃えて奥の部屋へと消えていった。彼の顔はどこか満足げにも見えた。


「さて、そろそろあの二人を回収しますか」


 外で忙しく動く年下二人を確認する。荷物の整理や部屋決めなど、やることは満載だ。遊ぶのも程々にしてもらわねば。


「そこの二人、今すぐ戻らないと閉め出しますよ」

「はぁい、今行きま〜す」

「えっ、待ってよもう少し外を」

「ではさようなら」

「アッシューー!!」


 瞬時に戻ってきたサンを中に入れ、問答無用で素早く鍵をかける。古い戸がガタガタと揺れていたが、きっと風のせいだろう。


「アッシュさんって結構厳しいんですねぇ」

「違う違う。ソフィアの反応を楽しんでるのさ」

「えぇ……それって只のサディス」

「何か言いました?」


 愛想笑いを浮かべていると、こちらを向いたサンがぶるっと震えた。頬を引きつらせ、目線もどんどん逸れていく。


「い、いえ、何も」

「ならいいです。さ、荷物を広げましょう」

「はい!」


 そう言うと、背筋を伸ばしたサンは一目散にキースの元へと走っていった。

 一方、目の前の引き戸は先程よりも激しく揺れている。


「アッシュー! ねぇアッシュさーん! ワガママな私が悪かったからぁ!」

「今日はずいぶんと風が強いですね。戸締りをしっかりしておかないと」

「うわーん! レオンーー!」

「ほれ、そのうち扉壊されるぞ」


 べそをかき始めたソフィアを哀れに思ったのか、レオンが指を差す。


「仕方ないですね」


 ふぅ、とわざとらしい溜息をつき、鍵に手をかける。カチャリという音と同時に引き戸が思い切り開いた。

 そこに立つソフィアは、潤んだ瞳でこちらを睨んでくる。


「おや、どうしましたか。泣きそうな顔をして」

「アッシュのイジワル!」

「ふふ、すいませんね。つい僕も遊びたくなったもので」


 機嫌をとるつもりで頭をポンポンと軽く撫でる。上目遣いでこちらを見ている彼女の頬が、更に膨らんでいる気がした。


「可愛い顔が台無しですよ」

「子供扱いしないで」

「では大人の女性として接すればいいですか?」


 そう言ってソフィアの前に跪くと、彼女の手を取り甲に軽く口づけてみる。


「さてお嬢様、お片付けに参りましょう」

「〜っ! あ、あ、アッシュのバカーー!!」


 サッと手を引っ込め、ソフィアは一瞬で部屋の中へ逃げていってしまう。顔だけでなく耳まで茹でダコのように真っ赤になっていた。


「これで少しはおとなしくしていてくれるでしょうか」


 玄関を施錠しながら彼女の消えた廊下を見る。一部始終を見ていたレオンは呆れ果てていた。


「お前、ソフィアの気持ち分かっててやってるだろ」

「何のことでしょう」

「その気がないならハッキリ言ってやれよ」


 レオンの訴えかけるような視線が痛い。しかし、それに応えることはしなかった。


「レオン。荷物の整理しないと、マナの調査も出来ませんよ」

「……。はいよ」


 物言いたげなレオンの顔を見ることなく通路を進んでいく。不満気ではあったが、彼もそれ以上は追求してこなかった。


 奥から、先に開封式を行なっている様子の三人の声が聞こえる。明るい彼女の声に、先程握った手の感触が蘇る。

 ソフィアには悪いが、今はこのままでありたい。幼馴染というこの心地よい関係で。地球に来ることになってから改めて考えたが、辿り着く結論は同じだった。本当は、レオンの言うようにハッキリさせないといけないのだろうが。

 夢で見た友人のことを思い出す。もう同じ事は繰り返さないと決めていた。しかし今の自分には、関係性を変える覚悟も勇気も、全然足りない。


「変わらないですね、何も」

「ん? お前がいた時と、か?」

「そうです。景色も人も。それに、自分も」


 明かりのついていない天井を見上げる。

 何の進歩もないまま来てしまった地球。そして、あの日から環境の変わっていない地球。あの日死んだ自分から、続きをやれと言われているように感じる。


「十九年前の続きをやるなんて、今更ですけどね」


 目を閉じると、あの日最後に見た彼女の表情が浮かんでくる。

 いつも笑っていた君は、自分の最期の惨めな姿をどんな表情で見たのだろうか。今君は、この平和な日本でどんな人生を送っているのだろうか。

 もしもまた、君に会う事が出来たら。その時自分は──……。


 パン! 自分の頬と手に痛みが走る。

 今はこんなことを考えている暇はない。地球に来た以上、自分にはやるべき事があるのだ。目の前のことに手すらつけていないのに、うだうだと考えていても仕方がない。

 突然の事に驚くレオンを他所に、最初に放り出された和室の戸を開く。


「アッシュ遅いよ。早く片付けして」

「キースさん、お忘れですか。もうここは地球ですよ」


 眼鏡をクイとあげると、一瞬レンズが反射する。

 ニヤリと笑ってみせると、自分に言い聞かせるつもりで力強く言った。



「アッシュ・ハイディアはここに居ません。僕の名前は篤志。灰田(はいだ)篤志(あつし)ですよ、皆さん」

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