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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
六章 カウントダウン開始
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⑦ 「クリス様の為に消えて」

 暗闇の中から飛んでくる銃弾を避けることは、聴力のいいソフィアにとって難しいことではない。しかしここはごく普通の住宅街。避けた銃弾が地球人に当たる可能性がある以上、ただ避けるだけでは不十分だ。

 走りながら愛刀紅羽(くれは)を振るうソフィアの額には汗が滲む。


「くぅっ!」

「あっはは! うちの弾を受け続けてもその速さで走れるなんて、姉ちゃん何者だよ!」

「あなたこそ何なのよ! こんな街中(まちなか)で銃乱射して危ないじゃない!」


 茜色の縦ロールを激しく揺らしながらついてくる女は、傘型の銃をこちらに向けてニヤリと笑った。


「姉ちゃん面白いから教えてあげる。うちはシャルロット。クリス様をお守りするドールさ!」


 薄く白煙が上がるのと同時にソフィアも風を切る。真っ二つになった銃弾がカラカラとアスファルトに落ちるが、それを見る暇もない程ソフィアは全速力で家々の屋根を飛び跳ねていった。


「もしかしてうちを撒こうとしてる? 無理無理! てか姉ちゃんも名前教えてよ」


 後ろから楽しそうに喋るシャルロットという女を無視しつつ、ソフィアは手元でスマートフォンを操作する。そして電話が繋がるとすぐに口を開いた。


「キースさん! ちょっと私お店を出ないといけなくなったからあとよろしく!」

「え、どういうこと?」

「説明は後でするから、じゃっ!」


 それだけ言うと、キースの間抜けな声に反応することもなく一方的に電話を切る。

 狙われているのは自分だけのようだ。それなら尚更、大事な調査を今中断するわけにはいかない。


「うちを無視して電話とか、いい度胸してんじゃん。彼氏?」

「うるさいなぁ。何だっていいでしょ」

「はは! それもそうだ。姉ちゃんはうちが片付けちゃうから、聞くだけ無駄かもね」


 ソフィアは甲高く笑う女に若干苛立ちを覚えつつも足は止めない。ようやく目指している場所が見えてきたからだ。


「……何ここ。何処まで行くのかと思ったら、こんな広場までわざわざ移動してたの。一般市民に危害を加えない為とか? ウケるんですけど! そんな下々の奴らなんて、今守ったところで無駄なのに」


 河川敷に降り立ったソフィアと対面するように立った女は、地面に傘を突き刺して鼻で笑った。大きく深呼吸をしたソフィアも愛刀を下ろす。


「街中で騒ぎを起こされると私だって困るの。ここなら存分に動けるでしょ」

「ふぅん。ま、何でもいいけど。思い切り暴れられる機会なんてないし。それよりいい加減名前教えてよ」


 腕を組んで仁王立ちする姿に似合わないゴシック系のワンピースを着る彼女からは、異様な雰囲気が漂っている。

 楽しいことが出来ればそれでいい。他人なんてどうなっても構わない。ソフィアは彼女の体全体からそんなオーラを感じていた。


「私はソフィア。あのお店でジュースを飲んでただけの学生よ」

「へぇーソフィアか、いい名前。うちのことはロッティって呼んで」


 ニッと笑うと八重歯が覗く彼女は、おそらくキースの言う“マナを使う地球人”なのだろう。「地球人の身体能力は高くない」とアッシュは言っていたが、彼女にその常識は通用しなそうだ。


「最近退屈してたんだ、クリス様は全然相手してくれないし、他の男共は弱いし。でももう少しでその退屈も終わり。うちが平和なんてぶっ壊すもんね。

 ソフィアには肩慣らしに付き合ってもらうよ。うちのこと、楽しませてよね」


 シャルロットはブーツの脇から小銃を取り出し、ソフィアの足元目がけて連射する。飛び散った草がソフィアのジャンプによって更に舞い上がった。


「そこにも銃があったの。あなたの武器は銃ってわけね」

「ソフィアの日本刀、真っ赤でとても綺麗。それって買ったやつ? それともうちらみたいに魔法を使って出すの?」

「魔法、ね。やっぱりあなたがそうなんだ」


 ソフィアは地面に降り立つと素早く相手の陣に入り、両手の小銃を続けざまに切っていく。ガシャンと落ちたそれは間もなく光の粒となって消えていった。


「やだ、切れ味抜群じゃん。ッハハ、いいね。その方が戦い甲斐があるよ」


 目の前に刀を向けられてもなお恍惚の表情を浮かべるシャルロットに、ソフィアは恐怖すら覚える。


 この人に、私が今感じているような恐怖の感情はないんだ。

 ……なんて厄介な人。


「さ、もっと楽しもうよ」


 言うのと同時に脇腹を蹴られ、ソフィアは地面に倒れこむ。思いのほかブーツが硬く骨にまで痛みが響いたが、(うずくま)る暇もなくソフィアは愛刀を振るった。今度はこちら側に銃口が向けられていたからだ。


「おっと危ない。この傘結構気に入ってるんだから切らないでよね」

「なら早くここから逃げた方がいいんじゃない」

「強がっちゃって可愛い。お腹痛かったんでしょ。ま、折れてたって手加減しないけど」


 シャルロットは一度は後ろに引いたものの、すぐにソフィアの手元を狙って銃弾を放つ。ソフィアは交わしたり弾を切ったりして応戦するが、立て続けに流れてくる銃弾に反撃できずにいた。


「わざと手を狙ってくる辺りがまた厄介だなぁ」


 手を負傷すれば紅羽を握ることが出来なくなる。一発でも当たれば好都合と思っているからこそ、こんなに集中的に攻撃しているのだろう。

 どうすればこの状況を打開できるのか。ソフィアはザッと周りを見渡す。


「あそこなら」


 ここは河川敷だ。それを利用すれば反撃の道筋が見えてくるかもしれない。

 ソフィアは足のバネを使って後方に大きく下がると、素早く紅羽を消して身長とほぼ変わらない位の大太刀を作った。一瞬の出来事にシャルロットの連射も止まる。


「へぇ、違う刀もあるんだ。やっぱりソフィアも魔法使いじゃん」

「あなたが銃を武器としているのと同じ。私は刀が武器なの」

「ホント面白い子。今消さないといけないのが勿体ないや」


 傘を背中に差して両手に銃を作ったシャルロットは緋色の目を光らせる。


「でも仕方ない。クリス様の為に消えて」


 そして再びソフィアの周りに銃弾を撃ち込んでいく。しかし一発目が届く前にソフィアは更に後方へと移動していた。


「悪いけど私もここで何もしないまま終わるわけにはいかないの」


 大太刀の刃先を下に向けたソフィアは足を軸に体を回転させる。すると草だけでなく砂や石、水飛沫が舞い上がった。


「チッ、何をするつもり」


 大きな刀の重さの分、徐々に回転の速度が増していく。同時に舞い上がるもの同士が混ざり合い、シャルロットの銃弾をも巻き込む程になっていた。

 そろそろか。ソフィアはより強く(つか)を握ると、大きく息を吸い込む。


「いっけぇぇ!」


 その場から飛び上がりつつ泥の竜巻となったものを無作為に斬り込んでいくと、辺り一面に小石混じりの泥水の雨が降り渡った。


(きたな)っ! なんなんだよ!」


 舌打ちをしたシャルロットは自慢の傘を差すことなく瞬時に高架下まで避難し、すぐにソフィアの姿を確認する。しかし夜の闇に降る泥水のおかげでその姿は見えない。

 ならばと傘型銃を撃つが、反応も特になかった。


「くそっ、どこに行っ」

「ここにいるわ」


 シャルロットが苛立ちをみせた次の瞬間、真上からソフィアが降りてきた。同時にゴトっと重みのある音がする。


「なっ! う、うちの傘がっ……!」

「あれ、それはマナの塊じゃなかったんだ」


 切った後も消えない傘とシャルロットの蒼い顔を見たソフィアは、その銃が魔法で作られたものではないことを理解した。そして膝から崩れるシャルロットに、紅く光る紅羽の切先を向ける。


「なんてことを……」

「そんなにその傘が大切なの? よく分からないけど戦意喪失って感じね」


 抵抗してくる様子のない彼女を見たソフィアは、ポキポキと首を鳴らして大きく息を吐いた。

 今の彼女は先程までの覇気が全く感じられず、まるで別人のようだった。相当傘に思入れがあったのだろう。そこまで大切なら使わなければいいのに、とソフィアは項垂れる彼女を見ながら思う。


「とりあえずこの後どうしよ。キースさんに聞いてみようかな」


 一先ずの危機は脱したが、彼女の身柄はどうすればいいのか。団体のことを何となくしか聞いていないソフィアには思いつかず、刀を向けたままポケットからスマートフォンを取り出す。

 その時、シャルロットの手が動いた。ソフィアはすぐに気付き刀を構えるが、スマートフォンは蜂の巣にされてしまった。


「まだやる気なの」

「隙だらけのうちを()れないお前に捕まるなんて屈辱だし」


 そう言って紅羽の(つば)に銃弾を撃ち刀を弾くと、シャルロットは銃をソフィアに向ける。

 一見すると不利な状況だ。しかし、武器はマナの集合体。また新たに刀を作ってその銃弾を切ることはソフィアにとって難しいことではない。

 問題は目の前の彼女だ。彼女の瞳に映っているのは、銃を向けられている自分の姿ではない。


「だったらうちは、こうするしかない」


 静かに言って引き金に手をかけたシャルロット。目を閉じた彼女の覚悟は本物だ。


「待って!」


 ソフィアは手を伸ばすが遅く、パァンという破裂音と共にシャルロットは倒れた。自ら銃口を向けた額からは血が流れている。


「うそ、でしょ……。なんで、こんな……」


 動く様子のないシャルロットを見て、ソフィアは膝から崩れ落ちた。

 負けたくらいで自分から命を絶つなんて、そんなの自分勝手だ。殺し合いとか、そんなつもりで戦っていたわけでもないのに。

 ソフィアの中でそんな思いが湧き出す。他のことを考える余裕なんてなかった。


「どうすればいいの……。誰か助けて……アッシュ……」

「大丈夫ですよ。その人は眠っているだけですから」


 その時、正面に誰かの気配を感じる。よく見えないが、眼鏡の位置を直すその仕草だけでソフィアは誰だか分かった。たった今助けを求めた彼だと。


「え、アッシュ……?」

「遅くなってすみません。迎えに来ましたよ」


 いつものように丁寧に言うアッシュだが、どこか余裕はなく息を切らしているようにも思えた。

 しかし頭が白くなっているソフィアには目の前に倒れる彼女の傷しか見えておらず、そこを指さすので精一杯だった。


「あ、あの、この人おでこから血が! 頭を撃って」

「それは恐らく銃の破片のせいだと思います。弾が出せないように鋼糸(こうし)で銃口を塞いだので、銃が破裂したのでしょう。致命傷は負っていない筈ですよ」


 アッシュの言葉を聞いて、ソフィアは改めてシャルロットの様子を確認してみる。

 額には切創があるものの、銃弾が撃ち込まれたような抉れはなかった。また右手には切創や火傷の跡があり、銃の破裂というのも納得がいく。規則的な呼吸も寝ている為のものだ。


「鋼糸で? ……ホントに寝てるだけだ。そっか、良かったぁ……」


 ソフィアは緊張を解すように大きなため息を吐いた。その姿にアッシュも胸を撫で下ろす。安心は出来たようだし、一先ず大きな怪我も無さそうで良かった。


「ソフィア、一人でよく頑張りましたね」

「うん。だって、キースさんは見張りをしないといけなかったし、襲われたのは私だし、なんとかしないとダメだって思って」


 隣にかがんで、シャルロットを見つめるソフィアの頭をポンと撫でる。するとソフィアは小刻みに震えだし、ポロポロと涙を流しはじめた。


「でも、怖かった。一人ぼっちで戦うの初めてだったから。見て、今になってこんなに震えてるの」


 自分の腕を抱くようにして座るソフィアを前に、アッシュは数時間前の自分の判断を後悔する。

 大丈夫だろうとの考えは迂闊だった。サンが心配していたのは、このような不測の事態のことだったのか。ピコを貰った時に帰ってくるように言うべきだったんだ。


「その、怖い思いをさせてしまってすみません」

「違う、アッシュもキースさんも悪くないの! 私が弱いのがいけないの。もっと冷静でいられたら、アッシュにだって頼らなくていいのに」


 眉を下げて首を振るソフィアは、続けて小さくごめんと言った。それがまたアッシュの後悔を強める。

 しかし今は過去を振り返っている場合ではない。二人の騒ぎに気付いた人間がここに来ないとも限らないのだから。


「……一先ず今は帰りましょう。この状況を誰かに見られたらマズイですし。一人で歩けますか」

「うん、私は大丈夫。この人は」

「僕が抱えて行きます。しばらく起きないようにミンを使えば、彼女の銃も脅威ではないでしょうから」

「抱え……うん、分かった。私は寮に着くまで周りを警戒してるね」


 ソフィアはゴシゴシと目元を拭き、真っ二つになったシャルロットの傘を持って立ち上がる。空元気のようにも見えるが、その方が今は有難い。

 アッシュもシャルロットの体を抱えて歩き出す。眠る彼女の全体重が腕にかかるが、寮までならなんとかなるだろう。それよりもソフィアの視線の方が耐えられない気がする。


「あ、アッシュって言っちゃってた。ちゃんと篤志って言わないと」

「今回は僕にも非がありますので。帰ったら、夕飯一緒に食べましょう」

「うん!」


 せめてもの罪滅ぼしにと思いそう提案すると、ソフィアにいつもの笑顔が戻った。それでこその彼女だと、アッシュも安堵する。


 キースが帰ったら色々と話し合わなければ。

 得体の知れないゴスロリ女の様子を伺いつつ、二人は荒らしてしまった河川敷を後にした。

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