⑥ 「私だって役立たずじゃないってこと証明するんだから!」
「それでその時さ〜」
「もうキースさん飲み過ぎ!」
頬を赤く染めだらしない顔をしているキースの背中をソフィアがゆらゆらと揺らす。その向かいでは夏夜がコーラ瓶を開封していた。
「そうよキースさん。娘さんの言うことは聞くものよ」
「だから娘じゃないんだってばー!」
「あははぁ、らひかにソフィアに逆らうと怒られひゃうからなぁ」
呂律の回っていない中で大笑いをするダメな大人を前に、ソフィアは盛大な溜息をついてコーラを一気飲みする。炭酸が喉を通る刺激が、少しだけ気持ちを楽にしてくれた。
「れ、夏夜さんの言っれら奴はいつ来るのぉ?」
「二〇時に予約だからそろそろだと思うの。キースさん、そんな状態で大丈夫?」
「らいじょーぶらいじょーぶっと」
そう言いつつキースは目の前のグラスに手をかける。しかし寸前で夏夜に止められ頬を膨らませた。
本当にこんな状態で調査なんて出来るのだろうか。ソフィアは数時間前の出来事を思い出しながら不安にかられる。
事は今日の昼下がり、キースが午後のバイトに向けて鼻歌を歌いながら身支度していた時間にまで遡る。
その時リビングには、ソファでスマートフォンを見ながら寝そべるソフィアも一緒にいた。しかし特に音を立てるわけでもなかったためか、キースは彼女の存在をすっかり忘れていた。
そんな中、ピコの受信音に気付いたキースはピコを読むようにスマートフォンに頼んだのだった。ピコの送り主が夏夜だとも思わずに。
『bloody chaliceのメンバーが今日店に来るみたいなの。お客として潜入調査します?』
「スマホ君、何時頃、って送っといて」
「潜入調査? ブラッディ? 何それ」
「え? ……あ、ソフィア……」
ソフィアの声にキースはギクリとした。謎の団体血塗られた聖杯の名前は、アッシュとキースの二人しか知らなかった。変に他のメンバーを巻き込まないための判断だったのだが。
取り繕いようのない内容をソフィアに聞かれてしまったキースは、少し考えてからニコリとした。
「気になるなら一八時にしえすたに来て」
それだけ言うと彼は急いでスマホを取り、逃げるように家を出たのだ。
普段見ない様子の彼にソフィアが怪しむのは当然のことで。何か後ろめたいことを隠していると踏んだソフィアは、キースの言った一八時より前にしえすたの裏口で待ち伏せをした。そして、案の定少し早く出てきたキースを捕まえ、夏夜の営む店【きゃばくら あてら】までついてきたのだった。
本当についてきて良かった。だらしない顔をして店員の後ろ姿を追うキースを見て、ソフィアはそう心で呟く。
「いらっしゃいませ。予約のキング様ですね。お席ご用意しています。奥へどうぞ」
その時、カランと入口の鐘が鳴った。入ってきたのは大柄な男や金髪の男などで、彼らは店員に案内され奥のソファ席へと入っていった。
夏夜は手際よく四人分のグラスを出しつつ、キースにアイコンタクトを送る。そしてワインボトルの乗った盆にグラスを置くと、紫陽花柄の着物を揺らして予約客の座る席へと向かった。
「この度はあてらへようこそお越しくださいました。私は代表の夏夜と申します。こちらは」
夏夜は動じることなく通常の接客を続けていく。奥のソファ席にいるとはいえ、さほど広くない店で彼らの声を聞くのは難しくはない。ソフィアは聴力の良さを活かして彼らの会話を聞いていた。
「ねぇ、お酒もう一杯ちょーらい」
「キースさん、今そんなこと言っている場合じゃないでしょ。キースさんの目的って」
「分かっへるけどぉ。普通の客のフリしてないと怪しいじゃん。らいじょーぶらって、ちゃんと聞いてるから」
大丈夫と言いつつグラスをカラカラと鳴らして次を求めるキースに、ソフィアは再度溜息をつく。
夏夜によると、キースは今とある団体を追っており、今日その関係者が来るので呼び出したとのことだった。彼女はまさかソフィアのような未成年が来るとは思っていなかったようだが、事情を汲み取って快く受け入れてくれた。
ちなみにソフィアは話の中で、夏夜自身がアッシュと真逆の元アテラ人ということも聞いた。これで夏夜がキースの調査に協力しているということも納得がいくし、信頼も持てる。
しかし調査しているはずの本人がこれでは……。ただの酔っ払いと化した上司に、ソフィアは呆れるしかなかった。
「さて諸君。今日は集まってくれて光栄だよ」
そんな中、調査対象である人物の一人、白いスーツを着た金髪の男性が何やら話し始める。ソフィアは唸るオッサンを無視して男の声に集中した。
「ネットでは伝えているが、ようやく状況が整ってきた。エンブと連絡がつかなくなったのは想定外だが、それで我らの計画を中止することはない。多少の犠牲は付き物だが、目的を達成する為には人の屍を超えねばならない。この僕が選んだ君達なら必ずやり遂げてくれるだろう」
後ろ姿しか確認出来ないが、ワイングラスを掲げて言うその様はまるで勝利を確信しているかのようだ。所々物騒なワードが聞こえてくるのが気になる。
「キングが予約してくれたこの店はなかなかいい雰囲気じゃないか。諸君、今日は戦の前の腹ごしらえだと思って楽しんでくれたまえ。
では、我々の行く先に乾杯」
チン、と言う音とともに男達の威勢のいい声が響く。四人で盛り上がっている様を聞き届けたソフィアは、二杯目のコーラを飲み始めた。
「よく分からないけど、あの人達は誰かと戦おうとしているの? なんでキースさんがそんなことを調査しているんですか」
「話せば長くなるよぉ」
ニヤニヤしながらソフィアを見るキース。ソフィアは薄い目で彼を見ていた。
「長話は嫌だな。百文字以内でお願いします」
「俺はアプリじゃないんだけど。そうだなぁ。
マナが使える地球人の集団が地球を乗っ取ろうとしているらしい。この前ボヤ騒ぎがあった時に声をかけたあのオッサンもこの集団の一員で、彼の部屋から情報収集したらここに辿り着いたってわけ。
これでどう? 変換したら百文字に収まるよ」
確かに簡潔だった。しかも内容は、先日のバルタ人襲来と比にならないくらいのバッドニュース。
「じゃああのムチムチのおじさんは炎の力を使って家を燃やしていたってことだったの?」
「そういうこと。まぁ彼は俺が退治したんだけど。あぁ、篤志も知ってるよ。一緒だったし」
「そうなの⁉︎ もう、何も言ってくれないんだから……。私だって……」
そう言って不貞腐れるソフィアだったが、急にグラスを持ち二杯目のコーラを飲み切って高々に宣言する。
「私だって役立たずじゃないってこと証明するんだから! キースさん、私行ってくる!」
「えっどこに⁉︎」
「どこだっていいでしょ!」
そして立ち上がったソフィアは店の奥にある扉の向こうへと姿を消してしまった。
やはり言うべきではなかったと狼狽えるキースに、接客がひと段落した夏夜が水を渡す。
「……彼女にお酒入れてないよね」
「まさか。コーラをジョッキ二杯分も飲んだらトイレだって行きたくもなるわよ」
扉を見つめながら夏夜は微笑んでいた。そういうことかとキースも納得する。
「さて、ここからが本題なんだけど」
カウンターに身を乗り出したキースが声を潜めた。
「あら、酔いは大丈夫なの」
「俺は解毒が早いのさ。で、彼らのこと教えてよ」
「都合のいい肉体ね。では手短にいくわよ」
夏夜も仕事をこなしつつ小声で話しを続ける。
「まず白いスーツの男。あれが巷で催眠術師と言われ、団体のリーダーでもあるクリスよ。その横にいるガタイのいい大男がキング。建設業を営んでいて、結構顔が広いみたい。私に団体のことを話してきたのも彼ね。クリスの右腕とも言える男よ」
「ふんふん。キングとガチコン出来そうなのはレオンくらいかぁ」
一目で筋肉質なのが分かるキングという男を見たキースは楽しげに言った。
「鼻の高い白人風の男はペティって呼ばれていたけど、それ以上は分からないわ。
あともう一人は池袋の駅前で整形外科を開いている田中先生ね。コードネームは分からないけど消去法でシュリだと思うわ」
「シュリって奴のこと知ってるの」
「骨折や腰痛を綺麗に治すってことで最近有名になっているのよ。でも彼が補助型って考えれば納得出来るわ」
「そっか。やっぱりこの団体はマナを使える人間の集団ってわけだね」
酒の代わりに出された水を飲みながら、キースは頭で整理を始める。
団体のサイトによると、構成員は全部で六人おり、それぞれにコードネームがつけられているらしい。
一人は団体の創始者であるクリス。特殊型の彼はその能力を使い世間に名を売る広告塔の役割を担っているようだ。それもおそらく、今後何かを仕掛ける時の材料なのだろう。
もう一人は先日片付けた炎使い。彼の部屋から想像する限り、団体のネット環境を整えていたのが彼だろう。放火がクリスの指示なのかは分からないが、世に魔法使いの仕業と思わせた点で言えば、目的はクリスのそれと相違ないのかもしれない。
そして今日確認出来たのが、キング、ペティ、シュリの三人。彼らがどんな人間なのか、この限られた時間の中である程度見極められればいいのだけれど。
「あれ、確かメンバーは六人だったよね。もう一人、シャルロットっていうのはいないのかな」
「その名前からして女性だろうから来ないと思うわよ。ここは男の人が楽しむ場だもの」
「あー……なるほど」
夏夜の話も一理ある。このような場に嫌悪を示す女性もいるので、全員が揃わないのも仕方ない。
ならば何故皆が来られないような店を予約したのか、と疑問に思うが。よほどこの店の接客が気に入ったのだろうか。
「ご歓談中すみません。夏夜さん、お料理の準備が整いましたが如何致しましょう」
その時、初めて見る店員が後ろのドアから入ってきた。
「あら、じゃあ私が行くわ。ごめんなさいキースさん、ちょっと行ってくるわね。サッちゃん、こちらのお客様のお相手、頼むわね」
「えー行っちゃうの」
「はい。いってらっしゃいませ」
膨れるキースにニコッと微笑んだ夏夜は、調査対象の団体の元へ行ってしまう。
ソフィアも戻って来ないまま残されたキースは、寂しそうに手元の水を口に含んだ。
「初めまして、お客様。私は沙霧と申します。夏夜さんとのお話中に間に入り申し訳ありませんでした。続きは出来ませんが、私と少しお話しませんか」
そう言いながらカウンター越しに笑いかける彼女に、キースも小さく会釈をする。
「綺麗なお姉さんからの誘いを断る理由は俺にはないね。俺はキース。沙霧さんはこの前来た時にはいなかったよね」
「あら、キースさんは以前にもお店に来ていただいていたのですね。私は毎日出ているわけではありませんので、常連様にお会いすることも少ないのです」
「へぇ、そういうものなんだ」
烏龍茶を出し直す沙霧と名乗った女性を、キースはじぃっと見る。
彼女は他の店員のような派手なドレスではなく、落ち着いた雰囲気の着物を着ていた。綺麗に束ねられた黒髪と白い肌が清純なイメージを持たせ、特におじさま方には気に入られそうな見た目だ。
ただ、他の店員のようなフレッシュさは感じられない。見た目は若いが、夏夜の少し年下、といったところだろうか。
「そんなにマジマジと見られると、緊張しますね」
「あぁ、ごめんなさい。いや、なんか沙霧さんって他の店の人とは雰囲気違うなと思って」
「私はもう煌びやかなドレスを纏うような歳ではありませんから」
「そうなんだ。ま、綺麗なお姉さんの年齢なんて気にならないけどね。それより飲もうよ」
クイっと酒を飲む仕草を見せると、沙霧は困ったように笑った。
「先程夏夜さんに止められていたでしょう。お酒はおしまいですよ」
「そんな硬いこと言わずに」
「夏夜さんが止める時は私達も出せませんので」
「むむ……仕方な」
その時、コップの横に置いておいたスマートフォンが震える。電話主はトイレに行ったはずのソフィアだ。
キースは電話などせずここに来ればいいのに、と思いつつも通話タブを押す。
「キースさん! ちょっと私お店を出ないといけなくなったからあとよろしく!」
「え、どういうこと?」
「説明は後でするから、じゃっ!」
電話の向こうでソフィアは早口で言いそのまま通話を切ってしまう。
突然のことに驚くキースだが、電話口で聞こえた音に違和感を感じてもいた。タンと地面を踏みしめて飛ぶような音、少し荒い息遣い。彼女はおそらく物凄い勢いで移動をしている。
何かが起こった。そうとしか思えない。
「ごめん沙霧さん。ちょっとだけ外で電話してきていいかな」
「ここでは出来ないような内容なのですね。どうぞ行ってらっしゃいませ」
「ありがとう」
どこか急いでいる様子のキースに、沙霧も引き止めることはしなかった。
足早に店外へ出ると、キースはすぐに電話をし始める。
「キースさん、どこに寄り道しているんですか」
「篤志、今から外に出られるかい。ソフィアが緊急事態だ」
出だしは呆れている様子のアッシュだったが、すぐにそれも緊張感に変わった。
「彼女が今どこにいるのかは分からない。けれど、何かから逃げている、或いは戦える広い場所まで移動しているみたいだ。相手は多分血塗られた聖杯のシャルロットってやつだと思う。俺は団体の他のメンバーを見張ってて手が離せない。篤志、ソフィアの方をお願い出来るかい」
ソフィアの実力を信じていないわけではないが、得体の知れない者を相手にしている以上は保険をかけておきたい。事情を知っていて、且つ頭脳と実力を兼ね備えた彼なら援護を任せられる。
「分かりました」
アッシュは一言だけ言って通話を切った。
彼のあの様子ならやはり大丈夫そうだ。こちらはこちらの仕事もしなければ。
キースも身を翻して、他の調査対象が宴会を始めたばかりの店へと戻っていく。
同時に店の裏口から人が出て行ったことに、彼はその時まだ気付いていなかった。




