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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
六章 カウントダウン開始
49/53

④ 「アタシにはいないんだなぁって」

「じゃあマスターブレンド二つとクリームソーダお願いします」

「はい。お待ちください」


 恵美が注文を終えると、長い銀髪を束ねエプロンに身を包んだキースが営業スマイルを向けてくる。その他人行儀な様子に、レオンは顔を引きつらせた。


「いつものおっさんじゃないみたいだな」

「あの人には全部聞こえていますよ」

「そうなのか? こえー」


 厨房に戻るキースの後ろ姿を見ながら、レオンはサンとこそこそ話す。まるでキースの背中に目があるような気がして、レオンは寒気を感じた。


 二人は、恵美が行きつけだと言うカフェ、しえすたに来ていた。店内は落ち着いた装飾でくつろげる空間ではあるのだが、キースがバイトしている店でもあるため新鮮味を感じず、二人は恵美に申し訳ないと思いつつも複雑な気持ちでいた。

 そんな二人を気にせんとばかりに恵美はずいっと近寄ってくる。


「陽太君って、はりまる好きなの?」

「えっ、あ、そうですね。この緩くてアホっぽい感じの顔が可愛くて、最初に見た時に好きになっちゃいました」

「そっかー。それでこんなにたくさん買い物したんだね。で、礼音さんは荷物持ちに借り出されたわけだ」

「そうなんです」

「おいっ!」


 ツッコミを入れるレオンを他所に二人は盛り上がる。サンはいつもの作り笑いではなく、恵美とのやりとりを心から楽しんでいるような笑顔を見せた。


「なんか二人って兄弟みたいたよね」


 そんな中、恵美が頬杖をついてそんなことを言い出す。


「そうすか?」

「ボク、こんなムキムキなお兄さん嫌ですよ」

「俺も生意気な弟は嫌だな」


 隣にいながら睨み合う二人を見て恵美は微笑む。


「はは。ケンカするほど仲がいいってね。みんなみたいに共同生活してたら楽しいだろうな。うちは咲夜一人だけだからさ」


 そう言って水を口にする恵美を、サンがじっと見つめた。


「先生んとこのじーちゃん達もなかなか面白かったぜ」

「実家のね。あそこなら確かにアタシの両親もいるからいいんだけどさ」

「俺らの寮にまた遊びに来てもいいぞ」

「いいね。俺も歓迎するよ」


 飲み物を運んできたキースも横から会話に加わり、話はどんどん進んでいく。


「そうね。それも楽しいかも」

「じゃあ今度のハナビ大会に合わせて」


 そんな大人達の会話を聞きながら、クリームソーダを口にしたサンはずっと恵美の様子を眺めていた。サンは彼女の笑顔にどこか引っかかるものを感じていたのだ。


「じゃ俺は仕事に戻るから」

「はーい。……勝手に予定決めちゃったけどいいかな」

「大丈夫じゃないっすかね」

「咲夜にも聞いてみないと」


 携帯を取り出して文字を打ちながら、恵美はおとなしくソーダを口にするサンに目線を移す。


「陽太君、クリームソーダ美味しい?」

「あ、はい」

「良かった。ふふ、中学生って言っても中身は見た目通りだね」

「む、どういう意味ですか」

「可愛いってこと」


 怒るサンにウインクをして恵美はいたずらな笑顔を見せた。また子供扱いされているようでムッとしたサンは、膨れながら先程気になったことを質問してみる。


「いいですけどね。

 ……あの、突拍子もないこと聞いていいですか」

「ん、何?」

「北條先生、寂しいって思っていますか?」


 サンは恵美の顔をじっと見ながら言った。本当に突拍子もない質問に恵美はきょとんとする。


「アタシが? 何に対しての寂しい?」

「上手くは言えないんですけど、なんかボク達を見る目が寂しそうというか、そんな気がして」


 徐々に目をそらすサンに、恵美も少し考える素振りをみせる。


「うーん。アタシってよりは、咲夜が寂しいんじゃないかと思っているけどね。ほら、一人っ子だし、父親も小さい時に死んじゃったからさ」


 気さくな笑顔で答える恵美だったが、サンはどこか納得していなそうに顔を曇らせた。

 困ったような恵美の様子にレオンも合いの手を入れる。


「俺も兄弟いなかったから、ソフィアとか兄弟のいるところが羨ましいって思ったことはあるけどな」

「ボクも兄弟はいませんし、生まれた時から父もいませんでした。でも母さんがいつも傍にいてくれたから寂しくはなかった。

 ……寂しそうだったのは母さんの方でした」


 悲しそうに微笑み、静かにサンは言った。そして一呼吸おいて言葉を続ける。


「北條先生もその時の母さんに似ていたので気になって。変なこと言ってごめんなさい」


 苦笑するのを隠すようにサンは一気にクリームソーダを飲んだ。氷のカラカラとなる音が、三人の間に寂しく響く。


「聞いてもいいかな」

「はい」

「陽太君のお父さんは、その、なんでいなかったの?」


 遠慮がちながらも今度は恵美がサンの目を見て言った。


「死んじゃったんです。父は所謂(いわゆる)軍人だったみたいで」

「そっか。お仕事の関係で。……うちと同じだね。うちの人も消防士だった。それで命をかけて仕事を全うしたの」


 ティースプーンでコーヒーをひと回しし口に含むと、恵美は伏し目がちに話し始める。


「あの日もいつもと同じに出勤して、火事の現場で小さな子供を助けようとした。その子は助けられたけど、大怪我を負った旦那は亡くなったよ。

 知り合った時からその仕事をしていたから、いつかもしかして、って覚悟して結婚したつもりだった。でもさ、そのもしかしてが本当に来るとは思っていなかったんだろうね。旦那が死んだ時、何でって思った。咲夜もまだ小さかったのに何でよって」


 コーヒーを見つめる彼女の瞳は、その向こうにあの頃の景色を見ているような瞳だった。感傷に浸る彼女に、男達はただ耳を傾ける。


「けれど、小さな子を放っておくことは出来ないでしょ。だから必死に働きながら子育てをした。旦那のことを考える暇もないくらいにね。

 おかげで咲夜はアタシよりもしっかりした子になったよ。今なんて、アタシの方が咲夜に助けられているくらいだもの」


 はは、と笑った恵美は、息をつくと天井を見上げた。


「咲夜が成長するのは嬉しいことだし、いつかはアタシの手を離れていくのは当然。でも、咲夜が手を離れていく程に時間に余裕ができて。そんな時にふと、物足りないって思うんだよね。一緒に咲夜の将来を考えたり、ただお酒を飲んだりしてくれる人、アタシにはいないんだなぁって」


 サンの中で、恵美の表情が昔見た母親の表情と重なる。見ているこちらが心苦しくなるそれを、サンは先程から気にしていたのだ。


「陽太君が言っていた寂しいは、多分このことなんだよね。もしかしたら、陽太君のお母さんも同じように思っていたのかな。

 ……とはいえ、子供に心配されちゃうなんて恥ずかしいな。そういうの出さないようにしてたつもりなんだけど」


 そう言って苦笑する恵美をサンは必死にフォローする。


「寂しいのは恥ずかしいことなんかじゃないです! 大人だからって、それを隠そうとする必要もないと思います。言わないと分からないこともある、誰かが分かってくれればそれでいい。ボクの母さんは、そう教えてくれました。だから、その」

「うん、ありがとう。陽太君の言いたいこと、分かったよ」


 恵美は机の上に置かれたサンの手に自分の手を重ねると、自分に言い聞かせるように言った。


「陽太君の言う通りだと思う。咲夜にちゃんと言わないのは、多分アタシがまだ咲夜を子供だと思っているからなんだ。親から見たら子供はいつまでも子供なんだけど、咲夜自身は大人になっていくんだよね。それを感じているからこその寂しさではあるんだけど、そうだね、もっと自分の感情に素直になっていいのかもしれないね」


 そして口角を上げ、サンの手をぎゅうと握る。真っ直ぐサンを見る恵美は、明るくハキハキとしたいつもの彼女に戻っていた。


「ありがとう。なんかスッキリしたよ。本当は誰かに自分の本心を見抜いてほしかったんだと思う。娘より小さい子に諭されるとは思わなかったけど」

「いえ。なんだか偉そうなこと言ってごめんなさい」

「謝らないで。アタシが良いって言ってるんだからいいの。陽太君はよく人のこと見てるんだね。お母さんにとっては自慢の息子だろうな」

「はい。よくそう言ってくれました」

「そこは謙遜しないんだ。あはは、本当面白い子!」


 最後の言葉を可愛らしく言ったサンに笑うと、恵美は手元のコーヒーを飲み切る。そして伝票を持って立ち上がり、厨房の方を見つめて懐かしそうに言った。


「素直になっていいなんて、昔はアタシが言う側だったのに。あの頃の敦の気持ち、今なら分かる気がするな」

「え? あつし?」

「じゃ、マスターには言っとくから、ゆっくりしてって。今日は付き合ってくれてありがとね。花火大会の話は今度また詰めよう。気をつけて帰るのよ〜」


 二人が恵美から発せられたワードに気を取られていると、彼女は手を振ってさっさと行ってしまう。見えなくなる直前まで、彼女の足取りはとても軽やかだった。


「行っちまったな。なんつーか、忙しない人だな」

「あ、お金……」

「そういえば! あちゃー、今度また会ったらその時に返すか」


 伝票がないことにようやく気付くも既に遅く、額に手をやったレオンは仕方なしにそう言った。

 それからしばらく無言の時間が流れた。男二人で洒落た雰囲気の喫茶店なんて、どう過ごせばいいのか分からない。ま、目の前の飲み物を飲んでしまえばあとは帰るだけか。そう思ったレオンがカップに手をかけた時、サンがゆっくりと口を開いた。


「北條先生、あつしって言ってましたね。篤志さんと関係あるのでしょうか」

「んー、無いとは言い切れないな。あいつ、先生を昔の知り合いだって言ってたし。チキューにいた頃も“あつし”って名前だったんじゃねぇの。何でそんなバレバレな名前にしたのかは分からんけど」


 溜息をついてコーヒーを飲むレオンの横で、サンも首をひねる。

 アッシュほど聡明ならば、もう少し分かりにくい名前も考えられただろうに。敢えて同じ名前にしているのには、地球にいた頃の自分を知っている人に今の自分を認識してもらいたいという意識がどこかにあるからなのではないか。

 なんてことを本人に言ったところで困らせてしまうのは目に見えている。一先ず任務は無事に終えなければならないので、暫く黙っていることにしよう。と、サンは自己完結するのだった。


「ま、必要があれば篤志から言ってくれるだろ。アイツはそういう奴だ。とりあえず腹も減ったし帰ろうぜ」

「そうですね。ボクも戦利品を早く眺めたいですし」


 空いたカップを片付け、レオンは帰り支度を整える。先程まで空気を読んでおとなしくしていたレオンの腹の虫も、きゅうと鳴いて限界を伝えていた。


「そういや。今まで家族とか、そういう話しなかったから初めて知ったけど、お前も色々と苦労してきたんだな」

「え」

「だって母ちゃんと二人きりだったんだろ。今は任務で離れちまってるわけだし。アテラならまだしも、知らない惑星に連れてこられて、お前こそ寂しいとか思ってんじゃねぇのかなって」


 店を出たところでレオンが突拍子もなく話を振る。恵美との話を聞いて、彼にも思うところがあったのだ。


「何かあればちゃんと言えよ。俺の胸筋ならいつでも貸してやるぜ」


 ドンと胸を叩いて言うレオンの背後で次々と街の明かりが灯る。タイミングが重なったからか、サンにはレオンがいつもの数倍頼もしく見えた。


 そういうこと言われたの、久しぶりかも。あれからのボクは強くなるのに必死で周りを遠ざけていたから。

 ……脳筋のレオンさんに言われるなんて思わなかったけど。


 胸を打たれてしまったことに悔しさを覚えたサンは、熱くなる頬を隠すようにプイッと顔を背けて悪態をついた。


「子供扱いしないでください。それと、借りるなら礼音さんの汗臭い筋肉よりソフィアさんの胸の方がいいです。ソフィアさん、甘い匂いしますし」

「可愛い顔してお前ってホント……」

「柔らかい方がいいに決まってるでしょう。さ、早く寮に帰りますよ」

「ほいほい」


 呆れたような顔をするレオンを追い越し、サンは会社帰りの人々が行き交う駅へと向かう。


 いつものように血にまみれた任務だったら、何も考えずに任務を全う出来たのに。今回の任務は賑やかすぎて、ボクには眩しすぎる。誰よりも強くなって、母さんや町のみんなを殺した異星人を全て消すことがボクの目的なんだ。こんなところで仲良しごっこをしている場合じゃない、のに。

 なんでロイおじさんはボクをこの任務に選んだのだろう。あの人が考えていることって、本当によく分からない。


 数人で笑いながら歩くスーツ姿の人を見てこれまでの時間や先程のレオンの言葉を思い出したのか、サンは頭を振った。そうすれば頭に浮かぶ温かなものを消せるような気がしたから。

 そんなサンの心境を知ってか知らずか、レオンはポケットに手を入れるのみでそれ以上言葉をかけなかった。そして小さな後ろ姿のコミカルな姿を見ながら、黄昏に染まる街を歩き出すのだった。

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