③ 「アタシこれから息子達とデートなのよ」
「はー楽しかった! はりまるグッズたくさん買えて良かったです!」
「おう、そりゃ良かったな。帰ったら筋トレ付き合ってもらうからな」
「はい、お約束ですから!」
そう言ってサンは満面の笑みをレオンに向ける。ニコニコする彼の手には、ハリネズミが描かれた紙袋がいくつもぶら下げられていた。
「にしてもブクロってところはすげーな。人は多いしでかい建物ばっかだし、おまけに何でも買えるし」
「ホントですねぇ。アテラのシュトでもここまでの賑わいはありませんからね」
「チキュー人は毎日こんな中で生活してて疲れないのかね。俺なんて歩き回ったから腹ペコだぜ」
客引きをしている人々をうまくかわしながら、二人は駅を目指す。もうかれこれ三時間もショッピングに付き合わされたレオンの腹は悲しそうに鳴いていた。
「どこかで軽く食べていきます? この辺りは美味しそうなお店も多いですし」
「いんや、寮でたらふく食うからいい。どっか行くにしても、ちび太のその荷物邪魔だろ」
「えへへ、そうかも」
袋の束を指差して言うレオンに、サンはぺろっと舌を出して笑う。
「じゃあ帰りましょうか」
「おー」
まだまだ元気なサンに引っ張られるようにして、レオンは気怠げに歩いた。
二人は今池袋に来ていた。リビングでプロテイン片手にお笑い番組を見ていたレオンを、一人で行くのは寂しいからとサンが半ば強引に連れ出したのだ。
目的は見ての通り、サンがはまっている「はりまる」というキャラクターグッズの購入。地球に来た彼は初めてのテレビで見たそのキャラクターに心奪われ、合間を縫って少しずつグッズを収集してきたのである。
散々連れまわされたレオンは思った。こんな子供のどこにこれだけの買い物ができる大金があったのか、と。
「……ま、知らない方がいいこともあるよな」
「何のことです?」
「いや、気にするな」
ハテナを浮かべるサンの眼差しが純粋な子供のそれであるのを確認したレオンは、自分に言い聞かせるように言った。
「とにかく早く帰ろうぜ。今日は篤志がメシ当番だから出来上がりが早いぞ」
「そうですね」
そして最後の店から五分程歩き、二人はようやく駅の看板がある横断歩道まで来る。
目的の電車まではまだ余裕がある。駅構内で迷う時間を考慮しても、十分に間に合うくらいだ。
信号待ちの二人は同じようなことを考えていた。
「Oh〜オニーサンたちコニチハ〜」
「ひゃっ!」
すると横から突然大柄な金髪の白人が声を掛けてきた。サンは思わず後ずさるが、その男性は満面の笑みを浮かべて遠慮なしに近付いてくる。
「ワタシこのホスピタルのウエでエーゴキョーシツやってますネン。ヨカッタらこれチラシね。ウケトッテ〜」
そう言って男が指差す先には、整形外科と英語・パソコン教室の看板が立てられていた。チラシも目に入ったが、二人には何が書いてあるのかすら分からず、ただ困惑する。
「あの、ボクこういうのは」
「Ah〜エンリョしないデ。オカネとらないカラ」
そう言って強引にチラシを押し付けてくる男に、サンはたじろいだ。どうすればいいのか分からない様子に、見かねたレオンがようやく前に出ようと動く。
しかしその時だった。
「もう、遅いと思ったらここにいたのね」
後ろから聞き覚えのある女性の声がした。振り向くと、そこにいたのはオフモードと思われる北條恵美だった。
「ほうじょ……」
「ほら、早くしないと電車に乗り遅れるでしょ。白人のお兄さん、アタシこれから息子達とデートなのよ。そろそろ開放してもらってもいいかな」
レオンの腕とサンの肩を抱き、ウインクして恵美は言った。ノーと言わせない強気な様子に、二人だけでなく外人風の男性も怯む。
「Ah〜、それはゴメンナサイでした〜。じゃこのチラシだけでもモッテッテ〜」
「はいはいありがとね。じゃ、グッバイ!」
恵美は男の手からチラシを素早く取り、信号が変わったのを確認して二人を引っ張って歩く。レオンとサンは訳も分からぬまま恵美の後ろをついていった。
「ここまで来れば大丈夫でしょ。変な人に捕まって大変だったね」
駅の改札口まで来たところで三人はようやく立ち止まる。先程受け取ったチラシを無造作にバッグに入れた恵美の顔は、心なしか誇らしげだ。
「北條先生、ありがとうございます。ボク達どうすればいいか分からなくて」
「いや〜ホント助かったッスよ。でも先生は何でこんなところに?」
レオンはそう尋ねる。北條親子の高校はこの辺りではなく、見た目もラフな格好なことから仕事とは考えにくかった。
「あの辺に、通っている整形外科の医院があるんだ。昔はよく動けてたけど、年取ると体がきかなくなってさ〜。今日も湿布とか痛み止め貰いに来てたんだ。で、帰ろうとしてたら二人が困っているのを発見したってわけ」
「そうだったんすね。先生も大変なんすね」
「筋肉君も年を取れば分かるわよ」
あはは、なんて言いながらレオンの背中をバシッと叩く。あまりの勢いにレオンは思わずふらついた。
「ってて。年なんて感じねーパワフルさだぜ」
「もー嬉しくないわよ」
「あの、先生はこれからお家に帰るんですか?」
「んーそのつもりだけど」
二人のやりとりを見ていたサンが間に割り込む。サンはやや恥ずかしそうにしながらも、ジッと恵美の方を見て勢いよく言った。
「もし先生が良ければ、これから少しお茶しませんか」
まさかの言葉にレオンは口をあんぐりと開けて固まったが、恵美はにっこりと笑った。
「あら、ホントにデートしてくれるの? もちろんいいよ。じゃ行きつけのカフェがあるから、このまま電車に乗って行こうか」
「はい!」
恵美の了承にサンもぱぁっと顔を輝かせる。同時に、レオンの方に振り向き一瞬ドヤ顔をしてみせた。
「ちび太お前っ!」
「さ、先生。行きましょ♪」
そうして今度は多数の紙袋を携えたサンが恵美の手を引いて駅のホームへ向かう。恵美は久しぶりの男性(男子だが)のリードにどこか楽しそうだ。
それを見たレオンも、次は負けないとばかりに拳を握りしめ、二人の後を追いかけるのだった。
「あのコドモやるね〜」
消えていく賑やかな影を見ながら男はそう漏らす。
先程目が合った時に感じた殺気は、ほんの一瞬だったが確かなものだ。幾度の戦場を経験してきた者が標的に向ける殺気。和やかな雰囲気を醸し出しつつも、あの子供は確実に自分を捉えていた。気付いていないと思っていたのに。なんて鋭さだ。
「ま、イイでしょう。ワタシのモクテキはハタせましたカラ」
楽観的な口調で言った男は、ポケットに入れたスマートフォンを取り出してどこかに電話をし始める。
そのまま身を翻して来た道を戻る男の周りには、渦を巻くような風が吹いていた。




