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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
六章 カウントダウン開始
46/53

① 「ねぇ、ちょっと待って」

「彼はなかなか魅力的な人物ですね。君も早く彼に会いたいでしょう。君にはこれまで完璧と言える仕事をしていただいていますからね。少しその機会を与えますよ」

「ほ、本当ですか⁉︎」

「ええ。しかしまだ気付かれてはいけません。だからほんの少し覗くだけですよ」

「はい、それでも姿を確認できるのなら」





「暑い中お待たせしてしまいすみません」

「いえ、僕も今来たばかりですから。とはいえ確かに外は暑いですね。早いところ行きましょう」

「はい」


 真夏の太陽が照りつける中を僕は歩き出す。隣にいる咲夜も、涼しげな水色のワンピースを揺らしてついてきた。

 僕らは今、先日バルタ人と対峙したばかりの地、奥多摩に来ていた。地球人だった頃に住んでいたこの地は相変わらず閑散としている。夏休みの昼下がりだというのに人はまばらであり、聞こえるのは蝉の鳴き声くらいだ。

 そんな中咲夜と二人で歩くのは、もう何度か会っているとはいえ緊張する。


「ところでまずは何処に向かう予定ですか」

「この町の総合病院です。僕の探し人がそこに入院しているかもしれないので」

「入院、ですか。何か病気があるんですか」

「まぁ、色々とありまして」

「……そうですか。分かりました。あの、この町の案内は出来るので、何かあれば言ってください!出来るだけお手伝いしたいので」


 何故か意気込んだ様子の咲夜がそう言う。昔馴染みの町の為迷うことはないはずだが、現状の町並みは咲夜の方が知っているだろう。ここはひとつ、手伝いたいという彼女の意思を尊重するのもいいか。


「では困った時はよろしくお願いします」

「はい!」


 咲夜は目を輝かせて返事をした。そこまでの反応をするものなのか、と疑問は湧くが、そういえば先日もこんな反応をしていたと思い出す。

 二日前、喫茶店しえすたでのことだ。


 あの日僕は店長ブレンドの珈琲を嗜みながら、スマートフォンの画面を見ていた。現代のインターネットの情報量に改めて感動している途中で話しかけて来たのが、アルバイト中の咲夜だった。

 何をしているのか聞く彼女に僕は素っ気なく返事をしていたが、彼女はそんなことすら楽しんでいるようだった。そして会話が途切れた時、彼女は急に言ってきたのだ。


「あの、明後日って空いてますか?」

「え、明後日ですか」

「はい、その日私バイト休みなんです。だから……その……」


 しかし、頬を染めて言う彼女には悪いが自分には既に予定が入っていた。それを彼女に伝えようとしたが、今思えば伝え方を間違ったのかもしれない。


「その日はちょっと用事があって」

「あっ……そうなんですか……。そ、ソフィアさんと出掛けるとかですか」

「いえ、一人で奥多摩に行かな……」

「奥多摩、ですか……⁉︎」

「はい。……え? あっ」

「ついていってもいいですか⁉︎」

「あー……はい、どうぞ」


 その地名に反応した彼女は、ダメとは言わせないと言わんばかりの勢いで僕に迫り、彼女に全く関係のない僕の用事についてくることを決めたのだ。


 奥多摩に行くと言わなければ良かった。何も考えずに口走ってしまったあの時の自分を恨む。

 誰かが居ては、深いところまで調査なんて出来ないではないか。今日調べることは、他人には知られたくないことだったのに。

 なんて後悔をしつつ、僕はひたすらに歩き続ける。もう彼女はこうして来てしまっている。あとはいかに誤魔化しながら調査が出来るかを考えるとしよう。


 五分くらい歩いて病院に到着した僕は、総合案内と書かれた場所に向かった。

 咲夜は遠慮しているようで、私はここで待っていますと言って病院入り口付近にある喫茶店に入っていった。正直、その方が都合がいい。

 彼女の後ろ姿を見送り、僕は早速案内の女性に声を掛ける。


「あの、この病院に入院しているか知りたい方がいるんですけど」

「患者様のお名前をお願いします」

藍田(あいだ)凪沙(なぎさ)といいます。三五歳だと思うんですけど」

「そうですね……現在は該当する方はいないようです」


 しばらくパソコン画面を見た案内の女性は、表情を変えることなく言った。

 やはりもういないか。それもそうだ。ここは今や地域一の急性期病院なのだから。

 想像はしていたが、可能性の一つが呆気なく潰れたことに少々落胆する。


「そうですか。いつ頃退院したかは分かりますか」

「申し訳ありませんが、病院としては個人情報なのでそれ以上のことをお伝えすることは出来かねます」

「この病院に通っているかだけでもいいんですけど」

「申し訳ありません」

「……そう、ですよね。分かりました。ありがとうございます」


 病院という場が個人情報の扱いに特に厳しいことは知っていた。もしかしたら、とどこかに淡い期待を抱いていたが、そう上手くはいかないらしい。女性の曇った顔に、それ以上食いつくことは出来なかった。

 仕方なく僕は案内の場から離れ、売店などが並ぶフロアをふらつく。


 前世で自分の妹だった藍田凪沙。三歳で昏睡状態となり、僕が死ぬまでずっと眠り続けたたった一人の家族。最後に僕が会ったのは、当時この病院の三階にあった療養型病棟だった。

 救急で運ばれた時から十年以上入院している病院だったため、今もここにいるのだと思っていた。しかし突き付けられたのはもうここにいないという結果のみ。転院したのか、それとも目を覚ましたのか。いずれにせよ、妹を探す手掛かりはゼロに等しい状態になってしまった。行き詰まった僕は、ただ歩きながらあの頃と変わらない病院の様子を眺めることしか出来なかった。


「ねぇ、ちょっと待って」


 その時、すれ違った白衣の中年女性から声を掛けられた。


「はい」

「あなた、何処かで見たような……あ、そう、敦くんだ!」


 前世の自分の名前を言われ、時が止まったような感覚を覚える。


「あの、僕はアツシという名前では……」

「あっ、そっか。彼は生きていればオジサンになっているはずだった。ごめんなさい、間違えちゃった」


 そう言って白衣の女性は戻ろうとした。しかし今度は僕の方から女性を引き止める。


「あの! ちょっとお話を伺ってもいいですか」

「え、何かな」


 女性は驚いたようにこちらを見たが、引くわけにはいかなかった。その女性は、自分達兄妹のケアをよくやってくれた看護師なのだから。

 敦、とまで言われた以上、彼女に話しかけるのは正体がバレる危険がある。しかし、今は少しでも情報が欲しい。藁にもすがる思いで僕は頭を働かせた。


「な、凪沙さんについて知りたくて」

「凪沙ちゃんを知っているの。あなた一体……。

 いいわ。ちょうどこれから休憩だし。テラス側の休憩スペースでお話しましょう」


 中年看護師は僕を疑うように見ていたが、ジッと目を見つめるとくるりと向きを変えて歩き出した。僕もすぐに彼女の後に続いて休憩スペースに行く。

 陽の光が入るそこには、家族と談笑している患者やリハビリをしている患者が数人いた。自分達は端の席で向かい合うように座り、看護師が菓子パンを開けるのを待って話し始める。


「さて、まず君が何者なのかを教えていただけるかな」

「僕は凪沙さんの兄である敦さんの友人の子供です。凪沙さんと直接関係があるわけではないのですが、敦さんの友人である父の依頼で凪沙さんのことを調べています」

「そう、なの。敦くん経由なのか。そっかぁ……」


 看護師は懐かしむような、それでいて悲しげな表情を浮かべて言った。


「敦さんが亡くなったことは父から聞いています。突然だったとか。そして凪沙さんは敦さんのたった一人の家族だったことも聞きました。父は、友人である敦さんの妹さんの現在が知りたいと言っていました。しかし父は仕事が忙しく自分では行けないからということで、大学の夏休みを使って僕が動いている次第です」


 これで相手が納得するのかは分からない。凪沙と接点がほとんどない設定の僕に、業務上守秘義務を課されている看護師が容易に口を開いてくれる可能性も低い。

 けれど信じたかった。一番身近で看護してくれたこの人なら、自分のことも信じてくれるのではないかと。

 缶コーヒーを飲んで目を閉じた看護師は少し考えているようだった。そして小さく息を吐くと、コーヒーを持ったまま静かに話し始める。


「あの兄妹の名前を聞いたのは久しぶり。私はね、当時二人が入院していた時によく担当していた看護師なの。

 二人のことはよく覚えているよ。幼い兄妹二人きりだったから、いろいろ大変そうだったな」


 その時の光景を思い出しているのか、看護師は穏やかな表情を浮かべた。歳こそ取ってはいるものの、そのフランクそうでいて柔らかな雰囲気は、当時のままだ。


「敦くんはよく一人で凪沙ちゃんの面会に来ていたよ。ずっと眠る凪沙ちゃんを見て、今日はどんな夢を見ているのかな、目を覚ましたらまた一緒に暮らせるかな、なんて毎日のように言っていたっけ」


 看護師はふふ、と小さく笑いながら話す。

 幼い時の自分の様子を言われ小っ恥ずかしい気持ちになるが、自分は他人という設定なので照れる訳にもいかない。

 なんて思っていると、看護師の顔が少しずつ下がる。その目には無念さが映っているように見えた。


「……敦くんが救急車で運ばれてきた時も見たわ。必死に心臓マッサージして、薬を使って救命を試みたけど、心拍は戻らなかった。致死性不整脈による心停止、って診断だった。

 若かったのに突然死だなんてひどいよね。彼にはまだやりたいこと沢山あったはずなのに。凪沙ちゃんを残して逝っちゃって、敦くんも悔しかっただろうな」


 そこまで言って看護師はコーヒーを飲み切る。彼女の表情は暗いままだったが、僕にはどんな言葉をかければいいのか分からなかった。

 医療者がどうにか助けようとした命。その命は、どういうわけか形を変えて戻ってきている。

 そんなことを彼女に言える筈もないが、そこまで残念には思わないでほしいとも思う。僕の胸中も複雑だった。


「あ、ごめんなさい。知りたいのは凪沙ちゃんのことだよね。

 あの後、敦くんが生きていればとても喜ぶようなことが起きたの。凪沙ちゃんが目を覚ましたのよ」

「えっ、凪沙……さんは、今もどこかで眠っているわけではないのですか⁉︎」


 思わず“さん”付けし損ねる。それだけ僕の中に一気に驚きや喜びが溢れてきたのだ。

 期待に胸を膨らませる僕を見て、看護師は優しく微笑む。


「私も凪沙ちゃんが目を開けた時は驚いたわ。十年以上眠っているところしか見たことなかったから。

 ただ、昏睡になった時三歳だった彼女は、十六歳で目覚めても精神状態は三歳のままでね。敦くんがいなくなったことも相まって、とても過酷な状況だった」

「そう……なんですね」

「けれど、凪沙ちゃんは頑張ったの。そこからまず体のリハビリをやって、体が慣れてきた頃に勉強をして。二十歳になるまでのたった四年で、小学校卒業レベルまでの学力を身につけたんだよ」


 看護師はどこか興奮したように言った。三歳児同然だった人間が、たった四年で十年分成長したのを目にしたのだ。冷静でいられないのも当然だ。


「それで、今凪沙さんは何を」

「私も詳しくは知らないの。何せここを退院したのは十年前だからね。都内の自立支援施設に入ったところまでは知っているけど、結構行動力のある子だったから、今もそこにいるとは思えないなぁ」

「そうですか……」


 そこまで聞いて僕は肩を落とす。退院して十年にもなれば、知らないのも無理はない。この人に聞けば凪沙の現在にまで辿り着けると過度に期待した自分がいけないのだ。


「まぁまぁ、そんなにしょんぼりしないでよ。あんなに色んなものを乗り越えた凪沙ちゃんのことだから、きっとどこかで頑張っているって」

「凪沙さんはそんなに強い女性なのでしょうか」

「強いよ。一人でも生きていくって覚悟をした女性は、とても強いんだから」

「覚悟、ですか」


 看護師は確信したようにはっきりと言った。

 目を覚ました後の凪沙のことは、自分よりも彼女の方が知っている。その人が言うのであれば間違っていないのかもしれない。


「……そうですよね。どこかで元気にしていますよね。僕、引き続き凪沙さんを探してみます」

「ええ。きっと凪沙ちゃんも、敦くんの知り合いに会えたら喜ぶと思うの。頑張って」

「はい」


 凪沙が目を覚まして、病院ではないどこかで生活している。僕が思っていたよりも妹の状況はずっと良くなっていたんだ。それが分かっただけでも、十分な収穫じゃないか。

 僕は拳を握ると、立ち上がってすぐに頭を下げた。


「あの、休憩中にお時間とってもらってありがとうございました」

「いいの。私も二人のことを思い出せて良かったから」

「何かお礼を」

「やだ、そういうはご法度なの。まぁ本当は患者さんのことを喋るのもダメなんだけど。だから今日の話はオフレコでお願いね」


 そう言って看護師は悪戯な笑みを浮かべ、シーッというように人差し指を口の前で立てた。

 僕のことも疑わずに気さくに話してくれた彼女には、どんなに頭を下げても足らない。


「これは独り言なんだけど。看護師ってたくさんの患者さんをケアするから、全員は覚えていられない。もっと時が経てば、私も二人のことを忘れてしまうかもしれないわ。だから、誰かがあの二人のことを覚えててくれるならそれもいいかなって思うんだよね」


 看護師は菓子パンの袋を丸めながら声量を下げて言う。

 人には様々な思いがある。その思いを無駄にしないよう、僕も為すべきことを為そう。

 缶を捨てた看護師が、すれ違いざまに僕の肩を叩いた。


「じゃあ、オバサンのランチに付き合ってくれてありがとうね。もしまた会えたら近況を聞かせてね、学生さん」

「はい、ありがとうございました!」


 こうして思わぬ情報を得られた僕は、恩人の後ろ姿を見送り咲夜の待つ喫茶店へと向かう。

 話に夢中になってしまい、咲夜を待たせていることを忘れていた。あれから既に小一時間ほど経っている。勝手についてきたとはいえ、さすがに悪い気がするので早いところ戻ろう。


 喫茶店に入ると、壁側の席で本を読む咲夜が見えた。注文しないまま彼女の元へと向かうと、こちらに気付いた咲夜がニコリと笑った。


「おかえりなさい、でいいのでしょうか」

「はい。用事は済みました。やるべきことは増えましたが、いい情報が得られました」

「それは良かったですね」


 グラスが空になるほど長く待たせた僕に、怒るでもなく笑顔を向けてくる咲夜。恵美なら真っ先に「遅い!」などというのに。娘の方が大人ではないか。


「それで、この後ですが」

「どこか目的地があるなら一緒に行きますよ」

「いえ、予定はもう終わりました。それで、もし咲夜さんがよろしければですが」


 ハテナを浮かべる彼女に、僕は一呼吸おいて言う。


「この町のオススメスポットを教えてくれませんか。このまま帰るのは勿体無い気がして」


 待たせてしまった礼のつもりでそう提案してみる。彼女は一緒に出掛けたがっていたので、こう提案するのが良い気がした。

 それに、穏やかな日々がいつまでも続くとは思えない。だから少しでもゆっくりしていられるうちに昔を思い出しながら懐かしい町並みを歩くのもいいかもしれないと、そうも思ったのだ。

 咲夜は一瞬固まるが、すぐにこれまで見たどんな時よりも輝いた表情を見せた。


「も、もちろんです! 静かなところですが、良い場所もたくさんあるんですよ!」

「それは良かった。ではまずは昼食にしましょう。待たせてしまったお詫びにご飯は僕がご馳走しますので」

「えっでも私が勝手についてきただけで」

「その代わり、とびきり美味しいものを紹介してください」


 以前昼食を共にした時、咲夜は頑なに彼女分の昼食代を払わせてはくれなかった。それが恵美の教育なのかもしれないが、僕も自分なりに恵美に世話になった分を返そうとしているのだ。立場上本人に返せないなら、その娘に恩を送っていきたい。


「……分かりました。では私の一番のオススメのお店、ご案内しますね!」


 彼女は少し躊躇っていたが、明るく了承してくれた。凪沙の件といい自分の肩の荷が降りたので、食事も楽しめそうだ。


「早速行きましょう。ここから歩いて行ける距離ですから」

「ええ。よろしくお願いします」


 こうして、手際よく片付けを終え意気揚々と歩き出す咲夜と共に外へと出た。扉の向こうから流れてくる真夏の熱風もものともしない彼女の姿に、頼もしさを感じる。


 “敦”が死んだ後も、“僕”が生きている分だけ地球(ここ)にも同じ時が流れていた。凪沙の回復を知って、改めて十九年分の時の流れを感じる。

 僕もいつまでも過去に囚われていてはいけないな。今の僕は、たまたま任務で地球に来ているアテラ人のアッシュ・ハイディアなのだから。


 病院のロータリーを過ぎたところで、僕は徐ろに振り向く。

 ジリジリと注ぐ直射日光を肌に受けながら、僕は長年通った病院に密かに別れを告げるのだった。

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