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⑤ 「……その中で、たとえ私が死んだとしても」

「ねぇ見てキース君。魔包花(まほうか)がこんなに咲いたの!」


 両手に一つずつ黒凍石(こっとうせき)を持ったピュアナが、目を輝かせながら部屋に入ってきた。黒く光り輝くその石の割れ目からは、四枚の花弁をつけた黒い花がいくつも咲いている。


「おおすごいね。魔包花がこんなに咲くのは初めて見たよ。俺なんて頑張っても一本生えるか生えないかだったのに。しかも花びらが四枚なんて珍しいね」

「ふふ、愛情のかけ方が違うのよ」

「愛情というか、ピュアナの持っている素質の違いというか」


 読んでいた本を閉じた俺は、石を一つ受け取りまじまじと見つめる。

 魔包花の花弁は魔力の貯蓄と放出が出来る特殊なもので、その花弁は御守りに入れられることが多い。しかし、魔力を糧として成長するこの花は、凡人レベルの力では芽を出すことすら困難だ。仮に咲いても通常は花弁が三枚のものになる。

 これまでの戦いで負けなしの俺ですら、三枚花弁の花一本生やすのも難しいくらいだった。それをピュアナは、石の半分が覆われる程に咲かせている。しかもそのほとんどが資料でしか見たことのない四枚花弁。

 ……つくづく、ピュアナの能力には驚かされてばかりだ。


「でもこれ、こんなに咲かせてどうするの」

「乾かして粉々にして、黒凍石に混ぜ込もうと思って。黒凍石は触れた人の魔力を吸収するから嫌われているけど、その魔力を糧に育つ魔包花と合わせれば、ビックリアイテムが作れると思うの!」

「例えば」

「身につけた人の魔力をコントロールするアクセサリーとか」


 もう一つの石から早速花を摘み取りながら、ピュアナは興奮気味に言った。一見楽しそうだが、その奥に彼女の優しさがあるのを俺は知っている。


「それは君の仲間の為に?」

「そう。自分の魔力をコントロール出来ずに苦しんでいるイリスを、少しでも助けられればと思って」


 ピュアナは、いつの間にか用意してあったトレイに手早く花弁を並べていく。俺の持っていた石も既に彼女の横に座っていた。


「今回はキース君にも手伝ってもらいたいの。花びらを乾かすのには炎の力が必要だもの」

「浴室をカラッカラにすればいいんだね。じゃあ早速行ってくるよ」

「ふふ、ありがとう。お願いね」


 ふわりと笑う彼女の何年経っても変わらない純粋さに心が和む。

 手を振る彼女に笑みを返した俺は、凝り固まった肩をほぐしつつ自宅の奥にある【ロイさん()の湯】へと向かった。


 再会してすぐに求婚を迫ったあの日から約五年。マキアからロイに改姓したピュアナは、アテラの最北端の地で俺と二人きりの生活を送っている。

 ここでの生活はとても穏やかだ。周りにはほとんど人の気配がなく、あるのはツンドラと鉱石山の連峰のみ。安全面を考慮して自宅を地下に構えたので、来訪者なんて以ての外だ。最低限の食料品も、ピュアナが作った広い畑と牧場のおかげで賄えている。自分達が追われる身だということを忘れそうになる程、平穏な毎日だ。

 しかし、ここに行き着くまでは過酷だった。ピュアナと再会した翌日には早くも居場所がバレてしまい、俺は彼女と共に追っ手と戦うこととなった。人間のような形をした真っ黒のそれをなんとか振り切ることは出来たが、今までの居場所に戻ることは出来ず。追っ手に気付かれないように安住の地を探す旅に出たのは、それからすぐのことだった。

 猛吹雪の中をアテラヒグマのソリで移動し、人気のなく、且つ障害物となるツンドラなどの多い土地を探すのには苦労した。そして八箇所目にようやく辿り着いたのが、昔からアテラと死人の世界を繋ぐ場所と言われている地【ミト】。ここで俺達は、一から自分達で居場所を作ることにしたのだ。


「ピュアナ、準備は出来たよ」

「早い! さすがだね! キース君も一緒にどう?」


 花弁を並べ終えて暇そうだったピュアナに声を掛けると、トレイを持ちパタパタと駆け寄ってくる。尻尾を振っている小動物のように三つ編みが揺れるのがまた可愛らしい。


「じゃあご一緒しようかな」


 そう言って俺は、室内を極限まで乾燥させた、ピュアナこだわりの浴室、ロイさん家の湯へと再び入った。




 ポチャン、チャプチャプ。

 動く度に、石造りの囲いを白い湯が伝う。


「はぁ、あったかくて気持ちいい。日本人は温泉に限るな〜」


 白いタオルで髪を巻いたピュアナが、囲いに腕を乗せて言う。その横には、先程まで魔包花を乾燥させていた空のトレイが積まれていた。


「時間をかけて作った甲斐があったよ。これが無いともう私生きていけないかも」

「大袈裟だなぁ。でも確かにクセになるよね」


 その隣で俺も腕を伸ばす。火照った身体に石の冷たさが相まって、とても気持ちがいい。


「ピュアナの故郷では毎日オンセンに入ってたの?」

「お風呂は入るけど、温泉はそんなに入れないよ。日本中に源泉があるわけじゃないしね。観光とか癒されたい時とか、その程度かな。

 アテラには源泉なんてないと思ってたけど、案外どうにかなるものね。ニセモノだけど」


 ふぅ、と息を吐いてピュアナは目を細めた。白い肌には頬の赤みがより映えるな、なんて邪なことを考えつつ、俺は足もとに敷き詰めた白い鉱石を撫でる。

 この鉱石はミトの地を掘った時に見つけたものだ。初めて見た白い鉱石はとても滑らかで触り心地が良く、更に液体に入れると成分が溶け出して液体を白く染めるという珍しいものだった。何故成分が溶け出るのか、何故白くなるのかなど疑問はあったが、ピュアナが「にごり湯! 温泉が作れる!」とはしゃいでいたので研究材料にはしなかったのだ。


「観光でオンセンかぁ。ニホンに一度行ってみたいな」

「それは無理だよ。だってここは地球じゃないもの。前に話したでしょ、前世の記憶のこと」

「聞いた。生まれ変わりなんて夢物語だと思っていたけど、本当にあるなんてね」

「私だって、過去のことを思い出した時には夢だと思ったのよ。でもあまりにも鮮明すぎたから、信じるしかないと思って」


 湯気の上る天井を見上げ、彼女は懐かしむように微笑む。

 ピュアナと再会したあの日に話してもらった、彼女の秘密と追われることになった経緯。まるで世界の裏側を見ているような気になったのをよく覚えている。


「私はキース君と出会って、アテラの色んな文化や生活を知ってから強く思うようになったよ。アテラを発展させたのは私と同じ前世の記憶を持つ元地球人で、その人達はみんなイリスだったんだ、って」


 そう言ってピュアナは指先からパチっと放電させた。


「マナの魔法型を複数使いこなせるアテラ人、ね。古い文献にはどれも、イリスは幻の存在として書かれていたね。でも書き方は様々だ。救世主だったり、破壊の民だったり」

「イリスの魔法力は普通のアテラ人の何倍もあるからね。先人の多くは、それを正しく使ってくれた。しかも記憶にある地球の技術を参考にしてね。だから今の生活があるんだと思うよ」


 放電したままの指をピンと弾くと、壁に灯したランプが消える。しかしすぐに、ピュアナを中心に淡い緑色の光がふわふわと漂い始めた。


「でも、イリスの力は諸刃の剣。現に、イリスの力で世界を屈服させようとしている組織があるでしょ。私は組織には屈しない。イリスは人を脅かす力であってはいけない。こんな風に、人の生活を支え、人を癒すものであってほしいの」

「確かに、このオンセンとホタルの光は抜群に心が和むね」

「でしょう」


 暗い室内に浮かぶ光が湯気に霞められ、更に幻想的な景色となる。

 いつか見た回復魔法の光も淡い色でとても綺麗だった。五年経った今もそれを見られるなんて、あの日必死だった自分に想像出来ただろうか。


「俺のところに駆け込んで来たあの日、長湯したピュアナは俺に、世界を敵に回す覚悟があるか聞いたよね」

「うん、聞いた。それでキース君はこう言ったの。君さえ味方でいてくれれば、他は全て敵でもいいって。たったの一度、半日だけ一緒に過ごしただけの隠し事ばかりの私に、再会してすぐプロポーズした上にそんなこと言うんだもの。正直頭のおかしな人って思った」

「あはは〜……返す言葉もないね」


 目をグルグル回して顔を真っ赤にしていたのに、そんなことを思っていたとは。しかし冷静に考えればあの日の自分は確かに暴走していたので、反省すべきだとも思う。


「でもね、少し信じてみてもいいと思った。だってキース君、即答したのよ。世界を敵になんて、すぐ決められるものじゃないのに。それに、初めて出会った時の最後にくれたお弁当。あそこにこっそりお守り入れてくれたでしょ。あれに私は一度救われたの、組織の攻撃からね。

 ……だから、キース君なら最後まで味方でいてくれると思ったんだ。じゃなきゃ、こうして一緒には居ないよ」


 そう言いながらピュアナは、伸ばした俺の腕に静かに手を添えた。


「路地裏に座っていたあの日キース君が拾ってくれなかったら、私は組織の駒になっていたかもしれないし、死んでいたかもしれない。前世も含めて、私はキース君と居られる今が一番幸せ。

 でも、組織ではまだ私の仲間が実験台や兵器として扱われている。アテラを支配するためにね。それが嫌で私は組織から逃げたけど、まだ囚われたままの仲間を見過ごすことは出来ない」


 淡い光の中に見える彼女の表情は穏やかだが、その口調は力強い。


「今のアテラは異星人からの襲撃があるから安定して平和とは言えないけど、恐慌政治で支配を目論む組織よりは誰もが幸せになれる要素を持っている。

 だからね、私は戦うよ。イリスを解放して、みんなが自分で決めた道を歩むために。

 ……その中で、たとえ私が死んだとしても」


 最後の言葉を言った時のピュアナは、どこか寂しそうだった。

 自ら選んだ道とはいえ、幸せな生活を掴んだ今も死を覚悟しなければならない状況に、どこかで諦めがあるのだろうか。

 それならば、俺は。


「ずっと支配されてきた君が選択した道を俺は支持するし、君が自由を貫けるようにサポートする。無茶をするピュアナを守るのが俺の役割だと思うから、少しでも長く一緒にいられるようにもっと強くなるよ」


 いばらの道を行く彼女が寿命を全う出来ない可能性はある。その選択をしたのは彼女自身だ。早く別れるのは悲しいが、俺にその選択を否定することは出来ない。

 けれど、彼女だって普通の女性だ。ありふれた幸せを感じていけないなんてことはない。

 俺が出来るのは、彼女を全力で支援し、全力で守ること。それでたとえ絶命しようとも、役目を果たせるならそれでいい。


「キース君はもう十分強いよ。私なんかよりもずっと」

「意味もなく毎日を過ごす俺に、目的を与えたのはピュアナだ。君の言う“強さ”を俺が持っているのだとすれば、それも君が与えてくれたものだよ」

「ううん。あの日ボロボロだった汚い私を普通の女の子にしてくれたキース君は、もうすでに強い人だったのよ。

 でも……そう言ってくれるのはとても嬉しい」


 室内の光が徐々に消え、眉を下げて笑う彼女の顔が見えなくなる。残ったのは傍にある気配だけ。少しずつ近付いてくるその気配を引き寄せると、胸元にトンと温かな肌が触れた。


「君はいつでも素直な言葉を俺にくれるんだ。俺だって、思ったことは全部言うよ。欲しい言葉があれば、何でも惜しみなく言ってあげる。俺には我慢とかしなくていいから」


 そう伝えると、ピュアナは無言で身を預けてくる。互いの心音が、触れた肌から伝わってくるようだ。

 暫くそのまま抱擁していると、彼女がもぞもぞと動き出す。


「本当に何でも言ってくれるの?」

「もちろん」

「じゃあ、今思っていることをそのまま言って」

「胸が当たってて理性吹っ飛びそう。でも、胸より何より君自身を愛してるよ」

「っふふ。今までの流れでそれを言うなんて、キース君の頭ってやっぱりおかしいのね」


 クスクスと笑うピュアナに、先程までの重く寂しそうな雰囲気はもうなかった。

 俺といる時くらいは、冗談が言えるラフさがあった方がいい。笑顔でいる方がお互いに幸せなんだから。


「本当にそのまま言っただけなんだけどなぁ。まぁいいや。もうのぼせちゃうし、辛気臭い話はやめて上がろう」


 指を弾いて再びランプに火を灯すと、ピュアナを解放してさっさと石の浴槽を出る。すっかり温まった身体に冷水をかけると引き締まったように感じた。


「私はもう少しいるよ。キース君の理性を保つためにもね」

「俺は紳士だからさすがにここでは襲わないって。ここでは」

「もう、キース君のエッチ!」


 ウインクを飛ばすと代わりに湯がバシャッとかけられる。せっかく拭いた身体はまた頭から拭き直しだが、自業自得なので仕方ない。


「ま、ゆっくり入りなよ」

「ちゃんと服を着て待っててね」


 扉を閉めると向こうから機嫌の良さげな鼻歌が聞こえた。ニホンのオンセンの定番だというその歌を聞きながら、俺は彼女とのこれまでを思い返す。


 ピュアナは研究機関と銘打った裏組織に囚われていた。そこはイリスという絶大な能力をもつアテラ人を集め、イリスの生体研究と称して様々な人体実験等を行なっていたらしい。イリスの力を盾にアテラを牛耳るという目論みに気付いた彼女は、命からがら組織から逃げ出した。そして追われる中で出会ったのが、平凡な日々を過ごしていた俺だった。

 彼女は組織を潰し、同じイリスの仲間を解放したいと言った。しかし組織は既に王族とのパイプがあるらしく、組織を潰すことはつまり国を敵に回すことになるとも言った。覚悟がないと一緒にいられない。あの日そう彼女が言ったのも無理はない。

 聞いた当初は驚いた。そこまでの奴等に追われているなんて想像もしなかったから。それでも俺は、ピュアナと一緒にいる道を選んだ。彼女がもつ大きな目的を達成するためのサポートをしたい。そう思ったら、覚悟なんてすぐに決められたのだ。


 ミトに移住してからの約五年間、組織に所在がバレることはなかった。しかしいつ襲ってくるかは分からない。だから俺自身、もっと力をつけなければと思う。ピュアナと共に歩く為に。ピュアナの覚悟を無駄にしない為に。


「強く、なるんだ」


 十分強いと言ってくれたピュアナの言葉を嘘にはしない。リマナセでは負けなしの俺だったんだ。魔法力ではイリスに及ばないけど、互角に渡り合える方法を探って身につけてみせる。


 ピュアナが作ってくれた浴衣に身を包み、そのまま玄関の扉を開ける。目の前には、ツンドラの間から吹き抜ける雪と霞んで見える鉱石山。そして、あの世に続いていると言われる果てなき川。

 アテラの最果てで見つけた安住の地を、ピュアナとの穏やかな生活を、悪の組織になんて奪われてたまるか。この手できっと、守ってみせるさ。


 俺は強く握った拳を天へ振り上げる。吹雪に浴衣の袖と銀髪が強くなびく中、誰に向ける訳でもなく俺は改めて決意表明をした。


「もっともっと強くなって、ピュアナの信念は俺が守る。たとえそれで、世界をぶっ壊すことになっても」

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