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④ 母さんへ

「これでラスト!」


 そう言ってボクは指を鳴らす。身体の中心に冷気を送ると、瞬時に目の前の異星人は動かなくなった。

 後頭部を思い切り叩くと、ごとんと頭が落ちる。その切断部を見ると、相手の身体は内部まで全て凍りついていた。


「ふふ、上出来だね」

「サンは手加減がないなぁ。一匹くらい生け捕りって言ったじゃん」

「そうでしたっけ? 忘れてました。ごめんなさいロイおじさん」


 後ろから、腰のあたりで結んだ銀色の長い髪を揺らしたおっさんが声を掛けてきた。

 生け捕りに、なんて言いながらとても嬉しそうに笑う姿に、同じ黒いものを感じる。


「おじさんって……俺まだ四〇ちょい前だからね。そんなにおっさんじゃないからね。

 まぁいいや。こんな短期間で、百くらいの異星人を一人で処理できるまでに成長したんだ。誰にも文句は言わせないよ」

「うわぁ、怖い怖い」


 落ちた頭を拾い上げて言うその目は、鋭く光っていた。

 この人、一体どんな権力を持っているんだ。

 ボクはまだまだ知ったばかりのおっさんを見上げながら思う。


「さて、今回の任務はこれで終了だ。後処理は俺に任せて、先に拠点に戻ってて」

「分かりましたぁ」


 こうしてボクは、鳴らし続けた指をほぐしながら拠点のかまくらへと戻った。




 ボクの故郷が壊滅させられてから数ヶ月。銀髪のお調子者のおっさんであるキース・ロイさんに救われたボクは、リマナセという学校の関連校に籍を置いていた。

 そこでボクはマナの基礎を教えてもらいながら、国防部隊に所属し、時たま来襲する異星人から国を守るという任務を遂行している。ボクが一人で生きる術を教えてほしいとロイおじさんに頼んだところ、今の状態となったのだ。


「だいぶ使い慣れてきたね」


 おかげでかなりマナのコントロールが出来るようになった。そして、分かったこともいくつかある。

 まず、自分のマナが自然型であり、氷、光、闇が使えること。あの日見た黒い口や手は、やはり自分が使った闇属性の魔法だったらしい。

 また、光属性も使えることにロイおじさんは驚いていた。光と闇は、生と死のように対照的なもので、同時に使えるアテラ人は珍しいそうだ。ある日ボクが雪だるまを歩かせていたのを、ロイおじさんがものに命を吹き込むのは光属性の上級魔法だと教えてくれた。氷属性の一つだと思っていたボクも、それにはビックリしたのを覚えている。


「こんなに簡単に作れるのに、すごい魔法だったなんて。ね、ユッキー」


 コクリと頷く、即席の雪だるま。あれからもボクは、一人になると度々雪だるまを作っては話し相手にしていた。それだけボクには寂しい気持ちがあるのだと自己分析している。


 次に分かったのは、あの日街に攻めてきた真っ黒のあいつらのこと。ロイおじさんが、あれは異星人ではなく“アテラ人だったもの”だと教えてくれた。

 おじさんは個人的に真っ黒さんを追っているらしい。何故追っているのか、どんな経緯でアテラ人があのようになるのかは、知らない方がいいと教えてはくれなかった。おじさんの表情から良くないものを汲み取ったボクも、それ以上聞けなかった。

 ただ、元とは言え同じアテラ人に全てを壊されたボクもこのままというわけにはいかない。ボクはおじさんに、一緒に真っ黒さんを追ってもいいか聞いた。他言無用であることを条件に受け入れてくれたおじさんとは、あの日以来一緒にいることが多い。


「はぁ、退屈。早く帰ってルーンと遊びたいな」


 なかなか戻らないおじさんに溜息を吐きつつ、あの日一緒に生還した女の子、ルーンの姿を思い浮かべる。

 ルーンは今、子供支援施設で育てられている。同じように争いなどで親を失った子供達がいるそこは、国の公的施設だ。あと十歳大人だったら一緒にいられたのに、と悔やむことはあるが、子供のボクにはこれしか選択肢はなかった。

 しかし、日中であれば施設で一緒に遊ぶことは可能だ。最近伝い歩きが上手になってきたルーンといるのが、ボクの唯一の楽しみでもある。血生臭い任務は嫌いではないしボクの目的の為には必要なことだが、早く帰りたいというのも本音だった。


「そういえばそろそろルーンの誕生日かぁ。母さんがルーンを取り上げた日が懐かしいなぁ。ボクと一日違いだし、一緒にお祝いしないと」

「へぇ、もうすぐ誕生日なんだ。十一歳になるんだっけ?」

「あ、ロイおじさんおかえりなさぁい。そう、十一歳」

「マナの使い方が上手いから、つい子供ってことを忘れそうになるね。見た目はこーんなに小さくて可愛いのに」


 パンパンと手をはたきながらおじさんが拠点に戻ってきた。調子のいいことを言っているが、その言い方はボクを子供扱いしているとしか思えない。


「見た目で相手を油断させられるんだから、ボクは得してるでしょ」


 怒るのも労力になるのでウインクしてみる。おじさんは笑っていた。


「あはは、サンは大物になるね」

「自分の特性を理解して、使えそうなものは使う。この前学校でそう教わったんです」

「うんうん。学びを活かすのはいいことだよ」

「まっ、成長期になったらロイおじさんも抜かすくらい大きくなりますけどね」

「楽しみにしてるよ」


 ボクの頭をくしゃくしゃに撫で回し、おじさんは荷物を片付け始める。なんだか話を流されたように思うが、大人の男の人の大きな手に撫でられるのは嫌ではなかった。


「さ、撤収だ。このドームも消していいよ」

「はーい」


 パンと手を叩くと、拠点にしていたかまくらは瞬時に消えた。それとほぼ同時に、上空から国防部隊の輸送機の大きな音が聞こえ出す。


「おお、相変わらず来るのが早いねぇ」

「暇なんですかね」

「それだけ平和ってことだから、俺達の任務は暇な方がいいんだよ」

「なるほど〜。それもそうですね」


 徐々に近付いてくる輸送機を見上げながら、のんびりとそんな会話をする。

 ロイおじさんの言う通りだ。ボクのような経験をする子供は、いなくていい。


「それじゃ帰ろうか。ちびちゃんもきっと待ってるよ」

「はい。帰ったらルーンのところに直行します」


 ニコリと笑って、ボク達は輸送機に乗り込む。輸送機の周りに舞い上がる雪が、キラキラしていてとても綺麗だった。




 母さんへ。


 ボクは今、アテラの国立の学校に通っているんだ。街で大人の人がやってくれていた授業とは全然違う、堅苦しい感じのやつだけど、サボらないで頑張っているよ。

 あの日ボクを拾ってくれたロイおじさんは、変だけどいい人だよ。住む場所とか学校を選んでくれたし、ボクの魔法の指導もしてくれるんだ。それに、あの日街を壊した真っ黒さんについても教えてくれたの。女の人とお酒が好きなダメなおっさんだけど、ボクはしばらくこの人にお世話になろうと思うよ。

 一緒に生き残ったルーンも、毎日少しずつ大きくなっているよ。二人きりの生き残りだから、これからもルーンとは出来るだけ一緒にいようと思うんだ。ボクがルーンを守れるように、学校でたくさん勉強するね。

 えっと、何が言いたいかって、ボクは今元気にしてるってことなんだ。悲しいことはたくさんあったけど、ボクはもう、前を向いて歩いているよ。ちゃんと笑えているよ。だからね、母さんは何も心配しないで。今まで休む暇もなくて大変だったと思うけど、もうゆっくりしていいから。父さんと思い出話でもしながら、ゆっくり、ボクのことを見ていてね。

 また、思い出した頃に手紙を書くよ。楽しみに待っていてね。

 じゃぁ、その時までバイバイ。


 サン・モルテより。

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