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③ 「大好きだよ、母さん」

 一体どれだけ経っただろう。

 ボクは今までにないくらい泣き続けた。泣いて泣いて泣いて、涙はいつの間にか枯れていた。

 抱いていた母さんの腕は、少しずつ冷たくなっていた。それがまた、母さんの死をボクに突きつけているように思える。


 このまま泣き疲れてしまえば、母さんのところに行けるのではないか。それともこの短剣で首を切ろうか。あぁ、それもいいかもしれない。

 落ちた父さんの短剣に気付いたボクは、短剣を手にしてそんなことを考えていた。


 その時、少し離れたところから泣き声があがった。反射的にその方向を向くが、見た目では声の主は確認できない。

 ボクは駆け出す。まだ生きている人がいる。その事実だけがボクの体を動かした。


「どこにいるの! ねぇ、誰なの!」


 泣き声には近付くがその正体が分からない。

 ボクは必死に探した。そしてやっと、声の主に辿り着く。


「お向かいさんの赤ちゃん……?」


 血まみれの若い女性に抱かれた、小さな子。無傷のその子が顔を真っ赤にして泣いていた。

 向かいの家に住んでいたその女性は、もう動かなくなっていた。小さな我が子を抱き締める彼女の頬には、涙の跡がある。


 この人も、子供を守ろうと必死だったんだ。

 ボクの母さんと同じだ。それに。


「キミはボクと同じだね。こんなに小さくて独りぼっちになったら……寂しいよね」


 ボクは女性の腕からその子を抱き上げる。生後半年程の赤ちゃんは、ボクの顔を見て更に泣いた。


「ごめんね、ママじゃないと嫌だよね。でも大丈夫、ボクは怖い人じゃないよ」


 その子の背中をポンポンと叩きながら、ボクは辺りを歩き回る。


「あの、誰か生きている人はいますか……?」


 もしかしたら、他にも生存者がいるかもしれない。もしいれば、自分とこの子の声に反応するのではないか。

 そう思い地下室を回ってみる。しかし、誰も微動だにしなかった。


「ボクとこの子、二人だけなんだ……」


 改めて思い知らされた事実に落胆する。

 地上にはまだ生存者がいる可能性もある。しかし、圧倒的な強さを見せつけたこの異星人に、争いを知らない街の人達が抵抗できているとは思えない。

 二人きりになってしまった。これからどうすればいいのか。

 そう考えているうちに徐々に泣き声は落ち着き、その子は指をしゃぶり出した。しゃくりあげながら指を吸う姿が心苦しい。


「きっとお腹空いたよね。このままじゃ餓死しちゃう……」


 母親が命懸けで守った小さな命。一人じゃ何もできないボクと同じ境遇の子を、見捨てることなんてできない。


「ボクが、しっかりしないと」


 ボクは決意する。

 この子はボクが守る。二人で生き残る道を探そう、と。


「確かあそこに」


 ボクは地下室の奥にある非常食袋をあさり出す。予想通り、乳児用の栄養液ボトルが数本あった。それを一つ開けてその子に与えるとゴクゴクと飲み始めたので、やはり空腹だったようだ。

 片手で抱きながら更に袋を探る。その時、前方におぞましい気配を感じた。

 素早く顔をあげると、目を疑いたくなるものが飛び込んでくる。


「ウ、※×#……」


 母さんが倒した筈の異星人が、片目が潰れた状態でゆっくりと起き上がっていた。どうやら、母さんの最期の一撃も致命傷にはならなかったらしい。


「ギ、ギ……コロ、ス……!」


 そう言って異星人は、母さんを刺した槍を再び振り回し始める。それに気付いた赤ちゃんは泣き出した。

 ボトルが転がるのも気にせず、ボクは父さんの短剣を抜いて身構える。

 母さんは生きろと言ったんだ。それにこの子の親の、生きてほしいという思いを無駄にするわけにもいかない。

 考えるんだ。二人で生き残る道を。


「オマエ、コ、ロス!」


 その時、異星人が目の前のものを勢いよく突き刺す。反動でそれが跳ねたのが、ボクにはスローモーションで見えた。


 母さんの身体がまた傷つけられた。


 もう既に母さんは死んでいるのに。

 なんで、なんでそんなことをするの。

 そこまでされなきゃいけない理由なんて、何もないじゃないか。


 目の前が真っ赤に染まり、プツリと何かが切れた。


「この、お前ぇぇえぇえ‼︎」


 黒い感情が溢れ出す。地下室に響き渡る叫びに、異星人もこちらを向いた。

 ボクは感情のままに走り出す。何をするとか、考えもしなかった。自分で自分を抑えきれなくなっていたのだろう。


「ヴ、ア、ギィィアァァアアア‼︎」


 ボクは短剣を振りかざす。すると、異星人から断末魔があがった。

 よし、やった。そう思ったボクが前を見ると、予想だにしなかった光景が広がる。


「イ、ヤ、ギェッ……‼︎」


 そこにいたのは異星人ではなく、真っ黒な巨大な口だった。上からかぶりつくように位置しており、動く度に中からゴリゴリと歪な音がした。

 あまりの光景に、ボクは茫然と立ち尽くす。何が起こっているのか分からなかった。


「ふぇ、ええぇぇん!」

「あ、えっとごめんね、怪我はない⁉︎」


 赤ちゃんの泣き声にハッとしたボクは、急いでその子の身体を確認する。特に何もなくて安心した。

 そしてもう一度顔をあげる。次第に異星人からの声も歪な音も聞こえなくなり、巨大な口は何事も無かったかのように消えた。


「今のって一体……」


 残った赤黒い肉塊は脈打つかのように動いている。

 その気持ち悪さに寒気が走るが、それだけではない冷たさが足元から感じられた。

 ボクは足元、そして周囲を確認する。


「これってどういうこと……?」


 先程まではいつもの風景だった壁や床が、一面凍りついていた。

 この地下室は病人が療養出来るようにと、地上より常に温かくしていた。凍りつくことなんてないはずなのに。

 更に驚くことに、ボクの足元だけ氷がなかった。暖房がここにあるわけではないのに。


「なん、で……」


 もう一度周りを見渡す。やはり氷が部屋中に広がっていた。しかも、ボクを中心にして。

 一体何が起こったのか。考えられる事態は一つしかない。


「もしかして、ボク、魔法が使えるようになった……?」


 生後半年程の子供が魔法を使えるなんて話は聞いたことがない。

 ボクが氷魔法を使った。おそらく感情が爆発したあの時に。

 あの黒い口も、自分が作ったものかもしれない。


「は、はは……なんだよ今更」


 ボクは嘲笑する。

 何故もっと早く、魔法が発動しなかったのか。早く魔法が使えていれば、少しでも役に立てたかもしれないのに。

 母さんも、モモもライムも、みんな死なずに済んだかもしれないのに。


 けれど、何を言っても事実は変わらない。母さんはボクに生きてほしいと言ったんだ。その願いだけでも大切にしないと。

 それに、ボクには守らないといけないものもある。今魔法が使えるようになったことを、幸運だと思おう。


「ふ、ふぇ」

「もう怖いものはなくなったよ。少しだけ、ボクに時間をちょうだい」


 赤ちゃんの背中を撫で、ボクは母さんの亡骸へと移動する。お腹に傷が増えた痛々しい身体に泣きそうになるがなんとか堪え、横に父さんの短剣を置いてから両手をかざした。


「母さん、ボク、魔法が使えるようになったよ。でも、自分の意思で使うのは初めてだから、よく見ててね」


 頭の中にイメージを浮かべながら発動する。両手に集まった冷気が一気に放たれ、目の前に氷の棺が出来上がった。眠る母さんの周りには、氷の花が無数に咲いている。


「どうかな。いつか母さんが描いてくれた、マンジュシャゲって花をイメージしたよ」


 そして、母さんの両手を胸の前で組む。それはいつも母さんが亡くなった人にさせていたポーズだった。


「思ったよりもずっと綺麗だよ。母さん、ホントに眠っているみたい。あ、でも母さんはもっと寝相悪いっけ」


 ふふ、と笑うと、母さんも微笑んだ気がした。

 母さんはいつも明るい人だった。どんな時でも笑顔で。その教えを、ボクはこれからも守っていくんだ。


「母さん、ボク、生きている子を見つけたよ。でもここにはもう何も無いから、ここにいても死ぬだけ。だから、この子と行くね。この子を守りながら、母さんの言っていた人達も探すよ」


 ボクは母さんに背を向けると、街の人の亡骸にも一つずつ氷の花を添えた。もちろん、ライムやこの子の母親にも。

 そのまま振り向かずに一呼吸おく。枯れたはずの涙が一粒だけ頬を伝った。


「今まで育ててくれて、守ってくれてありがとう。大好きだよ、母さん。またいつか来るから、その時まで、バイバイ」


 そう言ってボクは、胸に赤ちゃんを抱いて、一歩ずつ地上への道を進む。振り向いたら動けなくなりそうだったから、頑なに前だけを見ていた。


 がんばれ、サン。


 母さんがどこかから、そう応援してくれているような気がした。

 ボクは母さんの子供だから大丈夫。

 自分にそう言い聞かせて、ボクは戦況の分からない地上へと出たのだった。




 街は炎と血の匂いに包まれていた。街を襲った異星人達は、生き残りがいないか確かめるように燃える家々を回っていた。

 ボクは知っていた。この街の生き残りは自分達だけだということを。

 ここでボクらが見つかるわけにはいかない。幸いにも自分は小柄だ。炎の間をうまくすり抜けて、街から出られるかもしれない。


「少しだけ静かにしててね。……今だ!」


 異星人が見えなくなった隙に走り出す。目指すのは街の先にあるツンドラ地帯。極寒の地だが、無数の大氷柱が並ぶそこは身を隠すには都合がいい。

 しかし、そんなボクの思惑はあっさりと崩れる。もう少しで街から出られるというところで、建物から出てきた異星人とぶつかったのだ。


「≠&△……マダ、イタ……×≧@○‼︎ コロ、ス!」

「っ!」


 異星人は大声で何か叫んだ後、こん棒のようなものを振り回してきた。ボクは間一髪のところで避け、続けて相手の足を氷漬けにする。

 これで逃げられる。そう思ったが、すぐに他の異星人達が集まってきた。先程の叫び声は応援要請だったらしい。


「そんな……」


 状況は最悪だった。十数人はいる異星人を、魔法が使えるようになったばかりの自分が赤ちゃんを抱えながら相手にしなければならない。しかも相手は老若男女問わず殺してきた奴らだ。慈悲などあるはずがない。


「コロセ」

「コロセ、ミンナ、コロセ」

「こんなところで……っ」


 襲い来る異星人をなんとか避けるが、囲まれているため逃げ場がない。


「アッ! くそっ……!」


 赤ちゃんをかばう腕に激痛が走る。指の先から赤黒い血が滴るのを見て、地下に置いてきたみんなの姿が思い出された。

 ボクも全身傷だらけになって、いずれ動かなくなっていくのだろうか。怒りや絶望を抱えたまま、最期を迎えるのか。

 ボクがダメになったらこの子はどうなるのか。

 ボク達の命は、大切な人の想いと引き換えにある命なのに。


「ボクは、ボクはっ!」


 いやだ、いやだいやだいやだ。

 母さんはボクに生きろと言った。

 ボクはこの子を守ると決めた。

 こんなところで終わるわけにはいかない!


「お前らなんかに負けるかぁぁあぁアァ‼︎」


 パキパキパキ、ズドン。

 ボクを中心にして次々と地面から刃のような氷柱が生える。異星人からは叫び声があがっていた。

 しかしそれでも自分へと向かってくる者もいた。更に後方から来る者の中には、仲間を踏み台にしている者もいる。


「は、そんなにボク達を殺したいの? ……やれるものならやってみなよ!」


 なんて執念だ。そう思いながら傷だらけの両手を振り下げる。

 次の瞬間、空から大きな氷塊が降ってきた。異星人はそれにどんどん押し潰されていく。

 血と呻き声が飛び交う様子になんだか笑いが込み上げてきた。


「っはは! あんなにボクの街の人を殺しておいて、自分達がそんなに呆気なく死ぬなんてずるいよねぇ。みんなが苦しんだ分お前らも苦しみなよ」


 更に指を鳴らすと、黒い影のようなものがボクの背中に集まり、巨大な手が出来上がる。ボクの近くまで辿り着いた者は、次々とその手に握りつぶされていった。

 空から氷塊、地面から氷の刃。そして黒い手。上下左右からの攻撃に異星人は続々と力尽きていく。そしてボクは、赤ちゃんをあやしながらそれをただ静観していた。


 やがて辺りには静けさが戻ってくる。目の前には大勢の異星人の死体が広がっていた。燃えていた建物もほとんど鎮火している。


「もう終わり? なんだ、つまらないの」


 転がる異星人を覗き込み言う。当然のように反応は無かった。

 みんなを殺した異星人はいなくなった。これで街のみんなの仇はとった。みんなは報われるだろうか。少しは、喜んでくれるだろうか。

 けれど。


「結局お前らがどんな死に方をしたって、みんなの悲しみは消えないんだよ」


 家族も街も命も全て奪われた。そんなみんなの悲しみは消えることはないだろう。

 そして唯一生き残ったボク達も、悲しみを忘れてはいけない。みんなの想いは、全てを見たボクが背負って生きていかないといけないんだ。


「……ちょっと疲れちゃったな」


 急激に眠気が襲ってくる。大きすぎるショックと、自分の器を超えての魔法使用に、身体も心も疲れてしまったのだろう。


「でも、今ここで寝るわけには……」


 ボクは抱っこしている子を見つめる。

 安全が確保されないままで赤ちゃんから目を離すわけにはいかない。もう少しだけ頑張らないと。

 ボクは重たい身体をどうにか動かし、ツンドラ地帯を目指す。長い道のりに気が遠のきそうだった。


「も、少しだけ……」


 思うように足が進まず、ボクは膝をつく。そういえば今日は朝から何も食べていない。空腹というのも、ボクの体力と気力を削る要因になっているようだ。

 もう魔法は使えそうにない。もし今また襲われたら、今度こそ助からない。


「頑張らない、と……」


 ボクはなんとか立ち上がろうとする。しかしバランスが崩れて後ろに倒れそうになった。


「おっと、大丈夫かい?」


 その時、ボクの身体がふわりと持ち上がる。遠のく意識の中で見たのは、銀色の綺麗な髪をなびかせたアテラ人だった。


「あの……」

「まだ子供なのに、赤ん坊を抱きながらよく頑張ったね。俺は君の味方だよ。たくさん魔法を使ったから疲れたでしょ。あとは俺に任せて」

「みかた……? ボク、もういいの……?」

「あぁ。ゆっくりおやすみ」


 優しく笑うその人の腕は、まるで暖房の中にいるかのようにとても温かかった。抱いたままの赤ちゃんも、その人に泣く様子はない。

 この人は信頼しても大丈夫。ボクはそう感じた。


 ……本当にもういいんだ。


 ようやく訪れた安寧に、枯れたはずの涙が溢れた。


「誰かは分からないけどありがとう。とても疲れたんだ……おやすみ、なさい……」


 銀髪の人が頷くのを見て、ボクは完全に意識を手放す。

 ボク達を包むように浮いている淡い緑色の光が、まるでボク達を守ってくれているようだった。

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