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サン編① 「よし、母さんも応援してるよ」

 アテラ人は、生まれた時から魔法が使えるわけではない。身体の成長とともに、いつの間にかマナを操れるようになる。そしてマナが操れるようになって初めて、その子の魔法型が判明するのだ。

 しかし、稀に魔法が使えない子もいる。そういう子はホロウと呼ばれ、世間からはぞんざいに扱われることが多かった。


 そしてボクも、幼い頃は魔法が使えないホロウだった。




「ホロウのサンくん、いつになったら魔法が使えるようになるの?」

「知らないよ。ボクは別に魔法が使えなくても困ってないし。ライムだって、ちょろ火しか出せないクセによくボクの事バカにできるよねぇ」

「これから本気出すんだよ」


 アテラの首都から遠く離れたこの街は、とても平和なところだった。

 アテラにはよく、この星を占領すべく異星人がやってくる。しかし、辺境の地であるこの街にわざわざ来る異星人はいなかった。ここを制圧したところで得がないないからだろう。


「サンはご飯作ったりミツキさんのお手伝いしたりしてるから、モモ達よりもずっと街の役に立ってるよね」

「ありがとう、モモ」

「けっ、モモはいつもサンのこと庇うからつまんねー」

「ライム、ヤキモチ妬いてんの?」

「うるせー!」


 ボクはニヤリ顔で言う。ライムはプイとそっぽを向いた。

 この街には学校がない。そのため、ボク達のような高等教育前の子供は、街の大人から文字や計算、この世界のことを学ぶ。その中でいつも一緒にいたのが、この同い年のライムとモモだった。


「ねぇ、今日はミツキさんが先生をしてくれるんだよね。モモ、ミツキさんの授業楽しみなんだ」

「今日は風邪についてだっけ? そんなの覚える必要あるのか?」

「まぁ、母さんの授業はちょっと特殊だよね」


 ライムが面倒臭そうに言う反面、モモは目を輝かせていた。ボクもどちらかと言えばライムに賛同する。

 ボクの母さん、ミツキ・モルテは、この街で唯一の医療師だった。補助型であるためある程度の傷は治せるが、世の中には補助魔法では治せない病もたくさん存在する。そういった病を診て、薬を作り、世話をするのが母さんの仕事だった。忙しい仕事だが、母さんは誇りを持っていた。

 そしてその母さんがボク達に教えてくれるのは、身近な病のことや簡易処置の方法などだった。しかし、モモのように授業を楽しみにしている子供は一握りのみだ。それでも母さんは、将来必ず役立つからと教えるのを止めなかった。


「はいはい、街の可愛い子供達集まってるね! じゃあ今日も、ドクターミツキの医療講座始めるよ!」


 パンパンと手を叩きながら、赤髪ショートヘアのドクターミツキことボクの母さんが歩いてきた。着ている白衣を揺らし、怪しく眼鏡を光らせるその姿を、モモは恍惚の表情で見ている。


「はぁ……ミツキさん今日もカッコいい……」

「そうかなぁ。いつもと変わらないけど」

「はーいそこ、もう授業は始まっているからね。お喋りはダメだよ」

「うわ、はーい」


 こうして母さんの授業が始まった。口頭での授業と実技が合わさっているのがいつものパターンだが、今日は珍しく実技はないようだ。


 ボクは頬杖をついてボーッとし始める。

 母さんは医療師をしながらずっと一人でボクを育ててくれた。家族がいる家庭を見て羨ましく思ったこともあるが、寂しいと感じたことは一度もない。それほど母さんは、ボクに愛情を注いでくれていたのだと思う。

 いつだったか、自分がホロウであることを恥ずかしいと言ったことがある。その時母さんは、ボクに力強い言葉をくれた。


「サンは家の事何でも出来る。何より、人の痛みが分かる子だ。魔法は生活の助けをしたり、時には人を傷つけたりするもの。そんなもの、本当は無い方がいいんだよ。

 誰かと比べないで。サンはサンのままでいいんだから」


 ボクはとても嬉しかった。自分はこのままでもいいんだと、そう思えた。

 それからは、誰にバカにされても傷つくことはなくなった。自分を責めることもなくなった。ボクはこの時また一つ成長できたのだと、今ならそう思える。


「サン、聞いてる?」

「え、あぁごめん、もう一回いい?」

「人の話はちゃんと聞く。いつも言っているでしょ。まぁいいや、じゃ患者役お願いね」

「えー……はいはい」


 面倒臭いと思いつつ、置かれたシートの上に寝転ぶ。患者役をやらされるのはいつものことだ。


 そしてボクは、母さんの言うままに風邪を拗らせた人の役を演じた。診察の様子を真剣に見る者、流し見ている者など様々いたが、問題なく終わればボクにはどうでも良かった。




「母さん、できたよ」

「お、オムライスだね。トロトロの卵がいい感じ! じゃ早速食べようか」

「うん。いただきます」


 小さなランプを囲んでの、いつも通りの夕食。温かなご飯を食べながら他愛もない会話をするこの時間が、ボクの一番好きな時間だった。


「いつもだけど、サンが作るご飯は美味しいね」

「母さんに教えてもらったからね」

「はは、それもそうだ」

「父さんも美味しいって言ってくれるかな」

「言うよ。オムライスは父さんの一番の好物だもの」


 そう言ってボクは、少し離れたところにある棚を見る。そこには汚れた短剣と母さんが描いた絵、そして少し小さなオムライスが置いてあった。

 描かれているのは、椅子にどしりと座る髭を生やした大男。それを母さんは、ボクの父さんだと教えてくれた。

 ボクはこの絵でしか、父さんを見たことがない。


「父さん大きいのに、やっぱりオムライス小さかったかな」

「父さんはああ見えて意外と小食なの。このくらいが丁度いいってきっと言ってるよ」

「そうかな。それなら嬉しいな」


 絵を見ながらへへっと笑う。母さんもボクを撫でてくれた。

 父さんは戦場が職場だったらしい。アテラ人同士の紛争を仲介したり、侵略してきた異星人と戦ったり。常に危険と隣り合わせの仕事だが、父さんはそれを誇りに思っていたそうだ。

 けれど、父さんはその仕事のせいで亡くなった。ボクがまだ生まれる前のことだった。


「ボクも父さんみたいに大きくなれるかな」

「たくさん食べて、たくさん寝て、いろんな経験を積んだら、きっとなれるよ」

「じゃあ頑張らないとね」

「よし、母さんも応援してるよ」

「ん、ありがとう」


 母さんはそう言ってくれるが、その笑顔にはどこか悲しみを感じる。

 会ったこともない父さんを、ボクは尊敬していた。しかし同時に、何故ボク達を遺して逝ってしまったのか、戦場から離れた仕事は出来なかったのかと、父さんに憤りを感じることもあった。

 こうして母さんの悲しそうな顔を見る度に、その思いは強くなっていく。


「明日は母さん、薬作りで家にいるから」

「じゃ弁当はいらないんだね」

「うん。たまには一緒にモモちゃんの食堂にでも行こうか」

「いいの?」

「サンにはいつも我慢ばかりさせているから」

「やったー!」


 その分、ボクが母さんをたくさん喜ばせて、悲しい思いはさせない。これが、父さんのことを知ったボクが父さんに誓ったことだ。

 そしていつか、例えこのままホロウだったとしても、母さんを守れるくらい強い男になるんだ。今まで母さんがボクを守ってきてくれたように。


「ねぇ母さん」

「なあに?」

「やっぱり何でもない!」

「え、何ー? 気になるじゃない」

「へへっ、大したことじゃないからまた今度ね! ごちそうさま!」


 ねぇ母さん。

 ボクは父さんがいなくたって、この街にここまで育ててもらったよ。

 それに、母さんの愛情、たっぷりもらっているよ。

 だから全然寂しくない。ボクはとても幸せ者だね。


 いつもありがとう。

 これからも、一先ず大人になるまでは、隣にいてね。




 ボクは夕飯の食器を片付けながら外を眺める。いつも暗い空には、いつもと同じ満天の星が広がっていた。

 しかしどこかその空には違和感がある。


「あんな星あったっけ……?」


 遠くに赤色の光が煌めいていた。他の星よりも少しだけ大きな煌めきに、ボクは胸のざわつきを覚える。


「なんか気持ち悪いなぁ。どこかの惑星か何かかな。明日もまたあったら母さんに言おう」


 変な色だから気になるだけだ。

 そう自分に言い聞かせて、ボクは濡れた手を拭く。

 隣の部屋では母さんが薬の調合をしていた。黙々と作業をする様子に、ボクは微笑む。


「真剣だなぁ。邪魔しないように早めに寝よう。おやすみ、母さん」


 小さくそれだけ言って、部屋へと向かう。

 窓から見えた赤色の光が僅かに大きくなった気がしたが、知らないふりをしてボクは布団に潜った。


 この田舎町に何かが来るとか起きるとか、そんなのある筈ない。

 だって、今までずっと平和だったし、これからもここは、平和なままでなくちゃいけないんだから。

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