アッシュ編① いつか必ず僕が助ける
それはとても悲惨な光景だった。
二つ下の幼い妹は、髪を鷲掴みにされ激しく揺さぶられ、更には腹部を蹴られ。止めに入った母親も頬を殴られて。
当時まだ五歳だった自分に身体の大きい父親を止めることは難しく、簡単に跳ね返されて、腕を踏みつけられて。
痛みで動けないところにビール瓶を持った父親が近付いてきて、今度こそ殺されるのだと思った。
その時自分の目の前に広がったのは、真っ赤な液体が飛び散る様子。そして、ピクピクと動く父親の姿。
見上げると、包丁を持った母親が、虚ろな目をして立っていた。
状況は簡単に飲み込めた。自分達を散々苦しめた父親はいなくなった。これでやっと地獄から解放されたのだと、僕はこの時そう思った。
そのままフラフラと妹の元に行った母親は、ぐったりとした姿を見つめると何処かに電話を掛けた。
そしてすぐに僕の元へ来ると、頭を撫でて一言だけ言った。
何も出来ないお母さんでごめんね。
母親はその後何処かへ消えた。後から知った事だが、母親は隣の部屋で首を切って死んでいたらしい。
数分して、遠くからサイレンの音が聞こえた。しかし、自分の意識があったのはここまで。
次に目を覚ました時、僕は綺麗なベッドの上にいた。
横で包帯を巻いていた看護師がこちらを見るなり目を見開いたのを、ぼんやりと覚えている。
それから僕は、終わったはずの地獄を再び味わう。
無数に繋がれた、無機質な管。モニターに表示された、一定のリズムを刻むカラフルな線。その中央に綺麗な姿で眠る、小さな身体。
まだ幼くて状況が把握出来なかった僕には、妹が人間とは別の扱いをされているように見えた。そして、幼いからという理由で妹のベッドサイドに行くことを固く禁じられた。
たった一人になった、自分の家族。それなのに、窓越しでしか面会出来ない幼すぎる自分。
自分はリハビリをして快方に向かうのに、妹の状況は平行線のまま。自分が良くなっても面会は叶わず。
ただ見ていることしか出来ないという無力感が、僕にはとても地獄に思えた。
そんな地獄から数年。十歳になりようやく面会が実現する頃には、妹もたくさんの管から解放されていた。
眠り姫のような妹を見て、僕は決意する。いつか必ず僕が助ける。そして、一緒に暮らすんだ、と。
知っての通り、その夢は叶うことなく僕の人生は十八年で終わってしまうのだが。
そんなことも知らない僕は、気付くと孤児院の中堅どころになっていた。
周りの子供達とは家族同然に育てられた。しかし、ひたすら勉強に励むばかりの僕に近寄る子供は多くなかった。
通い始めた小学校でもハブられてはいたが、気にしなかった。自分にはたった一人の大切な家族がいる。彼女の為に出来うる限りのことはしたい。当時の僕には、その一心しかなかったのだ。
やがて彼女と出会い、この考え方は変わっていく。
そしてその彼女に特別な感情を抱くことになるが、この時の僕には想像も出来なかった。




