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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
一章 平穏な日常の終わりは突然に
3/53

② 「前世に住んでいた国です」

「アッシュ、お前またそんなばーちゃんみたいなモン食ってんのかよ」


 前期授業最終日の夜。いつもより静かな学生食堂で魚の塩焼きに箸を入れていると、レオンが向かいにどしりと腰掛けてきた。彼の丼には山のような米が盛られている。


「毎日肉ばかり食べる肉食獣に言われたくはないですね」

「俺は生涯育ち盛りなんだよ」

「そうですか」


 黄金色に揚げられた肉を満足そうに頬張る幼馴染の姿を見つつ、少し冷めた汁をすする。魚介のあっさりしながらも深みのある旨味に、疲労が癒されていった。


「なぁ、実家にはいつ頃帰るよ」

「まだ考えていませんでした。例年通りでいいかと思いますが、ソフィアにも聞いてみましょう」

「だな。アイツの補習の日程も確認しないとだし」


 佃煮をつつきながらそんな会話を繰り広げる。

 自分達の実家は比較的近く、長期休暇でなくとも帰れる距離だ。例年通りであれば、休暇の真ん中辺りに帰省できるだろう。

 ……用事がなければ、だが。


「お、噂をすれば」


 そう言ってレオンが挙手をする。振り向くと、金色のゆるいパーマを揺らした女生徒が近付いてくるのが見えた。


「またレオンは山盛りご飯なの。げ、何よそのえげつない唐揚げの量は」


 パスタとサラダのセットを持った女生徒は、レオンの夕飯を凝視しながら隣に座る。彼女のトレイには、カップに入った甘味が三個乗せられていた。


「おう、肉は俺の主食だからな。ってお前はまたデザート三つも食うのかよ」

「どうせ二人とも食べないでしょ。だから私がその分食べてあげるの」

「そういえば少し太っ……でっ!」


 バシッと音がした背中を押さえるレオンを他所に、一つ年下の幼馴染ソフィア・シュルツは涼しい顔でサラダを食べ始める。

 まったく、この二人は毎日のように同じやりとりをしていて飽きないのだろうか。


「んで、ソフィアの今回の補習はどんな感じだ?」

「う……ひ、一つ……」

「お、一つだけなら及第点だな。去年なんか四つもだったしな」

「うるさい! 私は実践派なの! 暗記なんて……暗記なんて……!」


 ソフィアは半泣きになりながらレオンを睨みつける。が、レオンは気にせず山盛りの米を減らしていた。二人の体格差がなんだか微笑ましい。


「とにかく補習が一つで良かったですね。暗記だと文化学とか法学辺りですか?」

「そう、法学。条文とか覚えて何の役に立つのって感じだし、講師も最悪。覚える気にもならないよ」


 文句を言いつつパスタを口へ運ぶ。

 確かに法学の講師は教え方が上手くないので、彼女の言い分も分かる。それに彼女は暗記科目は不得手な為、相性の悪い授業は点数が良くない傾向にあった。

 それでも今回補習が一つで済んだのは、ある意味幸運だったのかもしれない。


「再試験はいつですか?」

「三日後」

「では明日から夕方ここで試験対策をやりましょう。夕飯が済んだら、前回の試験問題を部屋に持ってきてください」

「アッシュ様ぁ〜! 毎年助かるよ! ありがと!」


 目を輝かせてソフィアは礼を述べる。感情を隠さずに表現するその素直さが、彼女らしくて微笑ましい。


「ホント、アッシュはソフィアには甘いんだよな。補習ついでに俺の筋トレにも付き合ってほしいなー」

「それは断ります」

「ちぇっ。つれない相棒だな」


 ほとんど唐揚げを平らげたレオンが頬杖をついて言う。何度断れば諦めてくれるのだろうか。


「ふふん、羨ましいでしょ」

「バカ、補習自体は恥ずかしいことだからな」

「どうせバカだもん!」

「はいはい、もういいですから」


 何か始まりそうな二人をなだめつつ、残った茶をすする。騒がしい中でも、いつもの日常を感じられることに安堵する自分がいた。


「では、帰省はいつも通りでいいですね」

「休暇の中頃ってこと? 賛成ー」

「そのうち母ちゃんに連絡しとくか」

「お願いします」


 賛成多数で予定も決まったところで、そばに置いてあった瓦版を手に取る。

 校内の食堂や図書館には、アテラ内の情報が記載された瓦版が置いてある。それを毎日チェックするのが自分の日課だった。

 前に座るレオンも一緒になって見出しを眺める。するとそこに、気になる一文があった。


『他惑星にマナの存在を確認か』


 そのページを開く。そこには膨大な文章と共に、茶、青、緑の球体の惑星らしき絵が描かれていた。

 その一つに見覚えがあった僕は、急いで文章を読み進める。


『昨日魔法科学省は、茶の惑星、青の惑星、緑の惑星の三つにマナが存在する可能性があることを公表した。続いて、今後三つの星へ調査団を派遣し、マナの成分や量、生息する生物についての調査を行うことも発表した。

 いずれ不足すると噂されるマナの確保に、遂に国が動き出したようだ。──……』


 他惑星にマナの存在、調査団派遣。この文面から、国で何かが大きく動く気配を感じた。

 そして、それに関連してくるであろう三つの惑星。

 青色の惑星をもう一度見た時、僕の心臓が大きく跳ねる。


「アッシュ、どうした? 何か変なことでも書いてたか?」

「あ、いえ……何でも……」


 レオンが覗いてくるが、大丈夫と答えるので精一杯だった。

 どんどん鼓動が早くなっていく。脳内は思考が飛び交いぐちゃぐちゃだ。なんだか頭痛もしてきた。しかし、その青色の惑星から目を離すことが出来ない。


「ねぇ大丈夫?」

「別に……」


 まさか、本当に? なんで。どうなっているのか。

 訳がわからない。だってこれは、間違いなく僕の知っているあれだ。

 そうだとすれば、僕の記憶は。


 パン!

 突然目の前に小さな手が現れる。見るとそこには、こちらをじっと見つめる翠の瞳があった。


「おかえり、アッシュ。なんか遠いところに行ってたよ」


 僕の様子を確認すると、ソフィアはすぐに手を引っ込める。

 どうやら大きな音で気を逸らそうとしたらしい。確かに、少し鼓動も落ち着いてきた。


「すいません、ありがとうございます」

「いーえ。部屋に戻ろうか?」

「大丈夫です。少しこれが気になってしまって」

「これって、惑星のことか?」

「ええ」


 大きく深呼吸をし、気持ちを鎮める。そして、もう一度青色の惑星の絵を見た。

 ……やはり、間違いない。自分の遠い記憶にあるものとほとんど同じだ。


「幼い頃、僕が話した遠い国の話、覚えていますか?」

「どうだったかな」

「私覚えてるよ! とても緑豊かな暖かい国の話でしょう」

「あぁ、そんなのあったな。水に囲まれてるんだよな。……ん、でも確かその国って」


 レオンが周りをチラッと見る。もうほとんど生徒はおらず、食堂の隅に座っていることもあり気兼ねなく話せる状況だった。

 それでも念のため、自分も音量を落とす。


「僕がアッシュとして生まれる前、いわゆる前世に住んでいた国です」


 ソフィアの目と口が開かれる。彼女も状況が分かってきたようだ。


「え、じゃあもしかして」

「はい。この青の惑星がそうだと思います。僕らが地球と呼んでいた星にそっくりですから」


 地球と思われる星を指差しながら言う。見れば見るほど、地球そのものにしか見えなくなっていく。

 それを二人も食い入るように見つめていた。


「アッシュの記憶は本物だった、ってことだね。すごいじゃん! 良かったね」

「前世の記憶なんて本当にあるモンなんだな」

「僕もこの記憶はただの妄想かもしれないと思い始めていたので、驚きです。まさかこんな形で地球を見られるとは」


 この幼馴染二人には、遠い国と表現して何度か地球の話をしたことがあった。アテラとは全く異なる風景の話を、二人が羨ましそうに聞いていたのを覚えている。

 そして二人は必ずこう言うのだ。

 もしそんな国があるなら自分達も行ってみたい、と。


「この記事を見ると、調査団を派遣するようですね。地球にもアテラ人が行くということでしょうか」

「だな。でも調査なんて出来るもんなのか?」

「科学者や天文学者などで構成されるでしょうから、環境だけなら調査は出来ると思います」


 どんな調査かは分からないが、マナの有無や成分調査であれば短期間で出来るだろう。

 もっと踏み込んだ調査であれば、その限りではなさそうだが。


「アッシュは行きたいと思わないの?」

「何処にですか?」

「チキューってところ。今どうなってるのかとか、気にならない?」


 ソフィアが何気なく尋ねてくる。

 確かに気になることはあった。しかし、地球とアテラの時間の流れが同じとは限らないため、自分の死からどれだけ月日が経ったのか分からない。

 それに、若いうちに死んだ地球に、特別な思入れがある訳でもない。


「僕はあまり行きたくはないですね。調査なんて面倒ごとには巻き込まれたくないですし。いずれにせよ、学生なんかに声は掛からないですよ」

「まーそうだな。ガキが行っても邪魔だろうし」

「えーつまんないの。行けたら行きたかったのに」


 そう言って膨れるソフィアに苦笑しつつ、僕は瓦版を閉じる。

 言葉通り、学生なんかに国の重要任務など回ってくるはずがない。僕には関係のないことだ。

 地球が存在した。つまり僕の前世の記憶は本物だった。今日はこれが分かっただけで腹一杯だ。なんだか疲れたので、早めに部屋に戻りたい。


「さ、もうこの話は終わりにして、そろそろ部屋に戻りましょう。ソフィアの補習の準備もしないといけませんし」

「うっ、すいません……。急いで資料持っていくから!」


 彼女は最後の甘味をかき込み、金色のパーマを揺らして慌ただしく出て行った。口元にクリームがついたままだったが、皿はきちんと片付いていた。


「忙しいヤツだな」

「あの子供っぽさが彼女の可愛いところですよ」

「お前のソレは妹みたいって意味の、だろ」

「僕等兄妹みたいなものじゃないですか」

「アイツが聞いたら泣くぞ」

「そう?」


 レオンに呆れ顔をされたが気にしなかった。

 “そういうこと”にはまだ、知らないフリをしておきたい。


「はぁ。それで? お前この後どうすんの」

「ソフィアの補習の準備を」

「そうじゃなくて」


 レオンが難しい顔をしてこちらを見ていた。自分の今の話を聞いて、これからどうするのか聞きたいのだろう。

 余計なことを言わなくても、彼なら分かるだろうが。


「……本当に僕には関係ありませんよ。今の僕はアッシュ・ハイディアですから」


 それだけ言って僕は立ち上がる。レオンも「だよな」とだけ言って後に続いた。


 食堂に残っているのは職員のおばさんのみだった。

 しかし、何故だか視線を感じる。

 周りを見渡しても他に誰も見当たらない。自分の思い込みだろうか。地球なんて話題を出したから、無意識に警戒してしまっているのかもしれない。


 気にするな。僕には関係ないのだから。


 空のコップに氷水を入れると、モヤモヤを振り払うかのように一気に流し込む。

 冷えた水にキンとするその痛みが、今の自分には丁度良い刺激だった。

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