⑥ 「マナを使える地球人はいる」
「それでその時のつっくんがさ〜」
「もうその話はやめてくれ」
ワイングラスを左手に持ったキースが上機嫌に言う。彼の周りを派手な格好の美女達が囲っていた。
向かいに一人で座るツエルは額に手を当てている。
「えぇー、もっと聞きたいわ。キースさんの話とても面白いのに」
「あはは、可愛い女の子にそう言われると照れちゃうなぁ」
「やだぁ、お上手なんだから」
グイッとグラスを傾け、一気に赤ワインを流し込む。その様子に女性達がキャッキャと騒いだ。
「はぁ……やはり来るんじゃなかった……」
シャンパンの気泡を眺めているツエルはそう独りごちる。
調査というから来たものの、彼に全くその気配はない。やはりただ遊びに来ただけではないのか。キースに対する不信感が募るばかりだ。
「あら、新規のお客様ね。ごめんなさいね、誰もお相手していなくて」
「あ、いえ。私はそこの見境なしに連れてこられただけで、一人が好きなので気にせずどうぞ」
「お客様である以上そうもいかないわ。私がお酒を注ぎますよ」
他の女性よりも落ち着いた様子の女性が、ツエルの隣に座る。彼女だけ着物を着ていた。
彼女は慣れた手つきで空いたグラスにシャンパンを注ぐと、ツエルのグラスに軽く当てる。
「新たな出会いに感謝を」
「あぁ、どうも……」
ニッコリと笑う彼女につられて、ツエルも少しだけ酒を口にする。炭酸の刺激が喉を心地よく通過していく。
「私はこの店の責任者をしている夏夜と申します。どうかしら、この店の雰囲気は」
「私はツエルです。あまりこのような店には来ないので、雰囲気はよく分かりません」
「ふふ、正直な方ね。ツエルさんは外国の方かしら?」
「ええ。ニホンはあまり来たことがなくて」
夏夜と名乗った人物が次々と話しかける。他の女性よりもグイグイくる感じではないため、ツエルは話しやすさを感じていた。さすが責任者、といったところだろうか。
「元々寡黙なのかしら。それとも警戒している? そんなに緊張しなくてもいいのに」
「はぁ……」
艶やかに笑うその様子に調子が狂わされる。
これだから女性の相手は苦手なのだ。と、ツエルはシャンパンを傾ける。
「あの、聞いてもいいですか」
「なんでもどうぞ」
酒の勢いを借りるつもりで、ツエルは意を決する。
「この店の名前、あてらとは、何か由来があるのですか」
ツエルは初めて夏夜と目を合わせる。彼女は動揺することなく返した。
「よく聞かれるわ。その時いつもはこう言うの。とても寒い地方の、私の故郷の名前よ。って」
「故郷、ですか」
「そう。私が日本に来る前過ごしていたところ。私ね、その地で一度死んでいるのよ」
夏夜はそう言い終えると、ジッとツエルを見つめる。意味有りげなその眼差しから、目をそらすことができない。
「へぇー、なんだか面白そうな話だね」
へらへらと笑いながら、キースが夏夜の隣に座る。持ってきたグラスにシャンパンを注ぐと、そのまま彼女のグラスに当てた。
「あ、俺キース。着物が良く似合う大和撫子って感じで素敵だよ、お姉さん」
「あら、キースさんは女性の扱いが上手なのね。責任者の夏夜よ。よろしくどうぞ」
「名刺ね、どうもどうも〜。でさ、さっきの話もう少し詳しく聞きたいんだけどどうかなぁ」
受け取った名刺をポケットに入れつつ、夏夜の様子を伺う。互いに腹の探り合いをしているようだった。
「お兄さん達、ワケありのお客様のようね。いいわ。ついてきて」
夏夜はフゥと息を吐くと、妖艶な笑みを浮かべながら席を立つ。着物の袖から鍵を取り出すと、暖簾の向こうへと入っていった。二人も後に続く。
入るとそこは先程までの派手な内装とは違い、話しやすそうな落ち着いた雰囲気の部屋だった。手前のソファに二人を座らせると、夏夜は手際良く湯呑みと茶菓子を差し出す。茶を淹れるその姿は絵になるくらい美しい。
「ここは私の個人的な部屋なの。防音になっているから外に会話は漏れないわ」
「助かるよ。お互いに人には聞かれたくない話になりそうだからね」
早速茶菓子に手をつけながらキースは言う。
「お前は少し遠慮しろ……。それで話の続きですが」
「私の故郷についてでしょう。
……アテラは、前世で私が過ごしていた星よ。私には前世の記憶があるの」
やはりな、と二人は思う。
元々予想はしていた。【きゃばくら あてら】の名付け親は、アッシュの逆バージョンの人物か、何らかの方法でアテラからやってきた人物ではないか、と。
何故このような店を営んでいるのか、地球で一体何をやっているのか。二人がここに来た目的はそれらを聞くことだった。もちろん、彼女がどんな人物で、何を考えているのか、ということは最重要事項だが。
「貴方達は、私と同じ記憶持ちの人なの? それとも」
「私達はアテラから来ました」
「そう……。アテラ人は地球という星の存在を知ってしまったのね」
夏夜が苦笑する。先の言葉と今の表情から、あまり歓迎されていないことが感じ取れた。
「じゃあここに来た理由もなんとなく想像がつくわ。私が何者か調べに来たんでしょう」
「察しが早くて良かった。でも警戒しないでください。私達は危害を加えるつもりはありませんから」
「私が何もしなければ、でしょう。アテラ人相手に何かする気はないけどね」
時折向けられる鋭い目線が怖いが、温和に話を進めていく。互いに言っていることに偽りはなかった。
「……そろそろマナが底を尽きそうなのね。そこで目をつけられたのが地球ってわけ。分かるわ、地球には使われていないマナが溢れているもの」
「どこでそのことを」
「私がアテラ人だった頃から密かに言われていたわ。マナはあと数十年しかもたないって。さすがに地球には来ないと思っていたのに……よく見つけたわね」
湯呑みを両手で持つ夏夜は目を閉じる。室内に一時の静寂が訪れる。
「私ね、アテラを助けたいとは思うけど、地球も好きなの」
並んで座る二人を、凛とした瞳で見つめる。
「だからこそ、貴方達の事情も踏まえた上で忠告するわ。安易にこの星を滅ぼしたり征服しようとしたりしないことね。地球人は魔法は使えないけど、魔法に匹敵するくらいの武器を持っている。簡単にねじ伏せられるような相手じゃないわよ」
「そんなに難しいですか」
「ええ。防御型で防ぎきれない攻撃方法はいくらでもあるもの」
ツエルは顎に手を添える。彼女の元アテラ人という特性が、その言葉に説得力を持たせていた。
「なら、交渉はどうかな」
キースが目を光らせる。
「それは条件次第ね。それだけの利点が地球にあれば、交渉は可能だと思うわ。交渉相手を選ぶのは難しいでしょうけど」
「俺達も出来れば武力行使はしたくないと思っているよ。相手か……よく考えないといけなそうだね」
地球へ与える利点と、交渉相手の選定。これらを考えるのに一苦労しそうだ。
キースは背伸びをする。最近色々重なっていたため、身体が硬くなっている気がした。過度に緊張はするものではない。
「ねぇ、夏夜さんって地球人の今も魔法は使えるの?」
足を組み直し、そう質問する。夏夜は微笑んでいた。
「使えるわよ。お店の子の不眠の相談に乗ったり、面倒なお客様を退治したりするのに力を使うくらいだけど」
「特殊型なんだね。アテラ人の時と同じくらいの力?」
「そうね。変わらないと思うわ」
やってみる? と言わんばかりに手を向けてくるが、キースはそれを拒む。ここに来てまで酷い思いはしたくないようだ。
「もう一つ質問。元アテラ人と会ったことある?」
「ないわね。前世の記憶を持つって人にも会ったことはないわ。ただ」
夏夜の目つきがまた変わる。
「マナを使える地球人はいる」
その言葉に、先日の出来事が思い浮かぶ。放火魔、そして血塗られた聖杯という謎の団体。彼女の言う人物は、これらに関係しているのだろうか。
「あくまでこれは直感だけど、いま騒がれている放火魔はマナを使っていると思うの。あとは催眠術師ね。みぃきゅうぶで話題のクリスって男、彼は特殊型の使い手よ。同じ型の私がそう感じるんだから間違いないわ」
自分のスマートフォンを操作し、その男の動画を開く。そこには三十代くらいの男が動物を次々と眠らせる様子が映っていた。手をかざして数秒で行われるその行為に、二人も目を張る。
「こんなに堂々とマナを使っているとは」
「確かにこれは怪しいねぇ」
「他にも眠らせる系の動画はたくさんあるの。ただ、彼にはあまり良くない噂もあるみたいで」
次に夏夜は、裏チャンネルというサイトを開く。そこには【催眠術師クリスの野望】という文字があった。
「クリスは世界征服を企んでいて、裏で仲間を集めている……か。いまいち信憑性に欠けるけどなぁ」
「私も最初はそう思ったの。でもね、最近分かったことがあって。
bloody chaliceって聞いたことあるかしら」
「!」
この流れからその言葉が聞けるとは。
願ってもない展開に、キースは思わず身を乗り出した。
「血塗られた聖杯……! 何処でその名前を!」
「先日来た客からよ。酔った勢いで、俺がクリスと世界を変えるんだーとか言うから、どうやって? と聞いたの。そうしたら、bloody chaliceに世界は屈するって」
「その客が何者か分かる?」
「確か、土木系の社長って言ってたわ。金髪でガタイが良い若造よ」
その金髪と、世界征服を企む催眠術師クリス。これは一度、詳しく調べてみる必要がありそうだ。
「……ねぇ、貴方達はどこまでの情報を持っているの」
キースが頭で情報を整理していると、夏夜が目を細めて二人を見ていた。そこに二人に対する警戒心が窺える。これだけ情報を引き出せば当然だ。
「最初に言ってた放火魔、彼は確かに自然型だったよ。そしてその彼から、俺は血塗られた聖杯の情報を得たんだ。
その団体はこの世界を支配しようとしているらしい。“魔法”を使ってね」
最近知り得たことをキースは簡単に説明する。夏夜は気難しい表情をしていた。
「放火魔と接触したの」
「彼の記憶にはもう俺達のことは残ってないけどね」
「そう……。はぁ。この先どうなるのかしら」
夏夜は色気のある溜息を吐き、天井を見つめる。今の彼女は無力感に苛まれているようにも見えた。
「私はただ、平和に暮らしたいだけなの。だからわざわざ夜の仕事をして情報を集めていたのよ。世間に不穏な動きがあれば、いつでも対応するつもりでいたわ」
憂いを帯びた瞳が、照明を反射してキラリと光る。
「けれど無駄だった。アテラ人はいつの間にか地球に来ているし、マナを使える地球人にも辿り着けなかった。前世の記憶を持つ私にしか出来ないことを、と思って今までやってきたけど……全部私の自己満足だったのね」
そう言い切って、自嘲するように笑う。鼻の高い美しい顔立ちに、その表情は似合わなかった。
「そんなことないよ」
キースは真っ直ぐに夏夜を見つめ、キッパリと言い放つ。
「クリスという人物は夏夜さんから初めて聞いたし、夏夜さんからの忠告は有り難かった。何より、初対面の怪しい俺達にここまで色んな話をしてくれたんだ。俺は夏夜さんがいてくれて良かったと思っているよ」
「それはただ、貴方達がアテラ人だって言うから」
「自己満足なんかじゃない。ちゃんと夏夜さんにしか出来ないこと、やってるよ。そしてこれからも続けてほしい」
彼女の手は僅かに震えていた。その手を、キースはしっかりと握る。
「夏夜さん、俺達に協力してくれないかな」
「えっ……」
「やることは今までと変わらない。ただ、何か気になる情報があればタイムリーに教えてほしい。それだけさ」
夏夜は戸惑っていた。無理もない。裏事情がありそうな客の方が圧倒的に少ないのだから、提供できる情報を何年も得られない可能性だってあるのだ。
それに、彼らとはほんの一時間程前に出会ったばかりだ。
果たして、ある意味賭け事のような誘いに彼女は乗るだろうか。
しばらく目を伏せると、彼女は決意したように顔を上げる。
「キースさんって本当お上手。いいわ。協力しましょう」
「よし! そうこなくっちゃ!」
握ったままの手をブンブン降ると、キースはツエルの隣に戻る。彼はとても満足気な笑みを浮かべていた。
「これ、俺の連絡先。連絡は電話でもピコでも、どっちでもいいから」
「頂戴しておくわ。私的なお話は無視するから、そのつもりでね」
「あはは、厳しいなぁ」
僅かに残っていた茶を流し込み、男二人はドアへと向かう。
「あ、会計は外のお姉さんに渡せばいいかな」
「そうね。新規様は初回だけ半額なの。数字は外の子に聞いてくれる?」
「オッケー。じゃあ夏夜さん、またね」
手を振って部屋から出ると、女性が数名近付いてきた。ツエルは既に距離をとっている。今も帰りたそうに、キースにアイコンタクトを送っていた。
「お姉さん達、今日はもう帰るね。また近いうちに」
そう言って提示された額を手渡したキースは、二人でネオン街へと出て行く。ツエルは外の空気を思い切り吸い込んでいた。
「つっくん、今日はありがとね。付き合ってくれて」
「もう二度と行かないからな」
「そんなに嫌だった? まぁいいや。これで次にやることは決まったし」
派手な格好の男女やスーツを着崩したサラリーマンが行き交う中を、キースは背伸びして進んでいく。
「血塗られた……とかってやつか」
「そうだね。あと、クリスって男の事も。やること満載だね」
「忙しいな」
彼はやけに楽しそう笑っていた。
新たな情報と仲間を得て、喜んでいるのだろうか。とツエルが思っていると、突然キースが振り向く。
「つっくんにお願いだけど。このこと、まだ上には黙っててくれる? 今言ったら、いい決断しなそうだからさ」
「構わないが、どうするつもりだ」
「俺が謎の団体を潰すのさ」
それは冷酷な笑みだった。炎の力を全面に出して戦闘を楽しんでいた、昔の彼がよくしていた表情。
「全部済んだら、俺が自分で報告するから」
「そうか。勝手にしろ」
こうなっては、彼を止めることは出来ないと分かっていた。そのためツエルも、それ以上は踏み込まないことにした。
夜中の風の涼しさと、ネオン街独特の熱気が、同時に頬を掠める。
上を見上げると、建物や看板の隙間からネオンとはまた違う光を放つ星々が覗いていた。
「君の愛した星は、必ず俺が守ってみせるよ」
左手をグッと握ると、薬指がほんのりと温かくなる。まるで、彼女がその独り言に応えるようだった。
そして騒がしい夜の街は、そんな“二人”をも日常の風景に変える。
もうすぐ、ゆっくりと流れる時間が終わることも知らずに。




