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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
三章 ミッドサマー・デスマッチ
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⑥ 「……紅羽の本気、見せてあげるね」

 茂みからの攻撃を受けたあの時の感覚は、とても久しぶりだった。最近は机の上でノートを広げ、つまらない話を受け流しながら文字を書くばかりの日々だったから。

 あぁ、楽しい。不謹慎かもしれないが、確かにそう感じた。


 全身が震えるほどの力を、刀一本で受け止める。両足で踏ん張ると、足が地面にめり込む。艶やかな見た目とは裏腹に、とんでもない腕力の持ち主だ、と思った。


「そんな細い刀なんて真っ二つにしてあげるわ」

「馬鹿力にモノを言わせるようなお姉さんに、私の紅羽(くれは)は負けないよ」


 ソフィアは腕に力を集中させて相手をなんとか弾いた。その隙に素早く距離を取り、相手の出方を伺う。

 女のバルタ人は、先程までソフィアを襲っていた大きな鋏をつぅと指で撫でている。


「武器に名前をつけているなんて、アテラ人の雌って面白いわねぇ」

「アナタは武器に愛着とかないの? ただ振り回されるだけのハサミなんて、可哀想」

「ふふ、感性が豊かなのか、それともただのお子様なのか。ま、貴女の場合は後者ってところかしら」

「そうだね。私は好きな人にも子供扱いされるくらいのお子様だよ。でも」


 小馬鹿にするように笑う女バルタ人に、あどけない笑みで返す。


「それだけ成長の見込みがあるってことだから、私はこれでいいの」


 紅羽の切先が、太陽の光を浴びて反射する。

 紅色の柄を強く握り締めると、ソフィアは素早く相手の間合いに入っていった。


「可愛いこと言うのねぇ。貴女がアテラ人じゃなければ、妹にしたかったわ」

「それはどーも」


 鋏を握る手を狙うも、寸前のところで太い尻尾に阻止される。硬い鱗に刃先を砕かれてしまいそうだ。


「なるほど、尻尾が盾の役割をするってわけね」

「そうよ。この鱗、手入れが大変なの。だからあまり使いたくはないんだけど」

「それならその鋏だけで戦いなよ」

「そうも言っていられないでしょう。私は貴女たちを殺さないといけないんだから」


 つ、と唇を舐める。ひとつひとつの仕草がセクシーな女バルタ人は、目を細めて言った。


「ねぇ、私はシーナ四兄弟の紅一点、アルルと言うの。貴女もお名前を聞かせてくれる?」

「私はソフィア。ソフィア・シュルツよ」

「ソフィアと言うのね。

 ではソフィア。存分に殺し合いを楽しみましょう」


 言い終えると同時にアルルが大鋏を振るう。ソフィアは回転しながら後方に下がるが、その腕力から生み出される衝撃波に体勢を崩しそうになった。


「一振りでこれだけの風を起こせるなんて」

「その辺の男とは鍛え方が違うのよ」


 今度は鋏を開いた状態で何度も振り回す。すると風が刃のように鋭くなりこちらに襲いかかってきた。ソフィアは紅羽で応戦するが、腕や足に数ヶ所切傷を負ってしまう。


「こんなのはまだまだお遊びの域よ。ほら、もっと私の攻撃についてきて」


 草木が次々と切られ、最初よりも場が広くなる。こうなると、木陰から奇襲をかける事が難しい。彼女はそれを見越してこの攻撃をしているのだろう。


「どこかに隙が……」


 傷を負いながらもソフィアはアルルの動きを観察する。あれだけ大きな鋏を振り回しているのだから、必ずウィークポイントがあるはずだ。そこを叩けば、勝機はグッと近くなる。


「どうしたの? 防御だけじゃつまらないじゃない」

「お喋りなお姉さんね」


 そろそろ受け流すのも限界だった。早くなんとかしなくては。

 紅羽を振るうソフィアは唇を尖らせているアルルを見る。そういえば、彼女の表情は終始良く見えていた。自分も顔にだけは傷は付いていない。


「そういうこと」


 ソフィアは紅羽を大きく振り下ろし、彼女の真空波を一時的に中和する。そしてその一瞬をついて、紅羽を顔の高さで真っ直ぐに投げつけた。


「なっ! 危なっ……!」

「そっちじゃないわよ!」


 顔を傷付ける寸前で刀が消える。アルルがホッとしたのも束の間、高く飛び上がったソフィアが真上から刀を振り下ろした。アルルの両肩からは血飛沫が上がる。


「ッアァァ!」

「防御だけじゃつまらないと言ったのはアナタの方よ。さぁ、まだいくよ」


 膝をつくアルルの周りを飛び跳ねながら関節を中心に攻めていく。その度に彼女から呻き声が聞こえた。


「くっ、ちょこまかと」

「その大鋏ももう振れないでしょう。おとなしく降参してくれる?」

「降参? 笑わせないでちょうだい。これは生きるか死ぬかの戦いなのよ!」


 再び衝撃波が巻き起こる。見ると、そこには分離した鋏を両手剣のように持つアルルの姿があった。各所から赤黒い血が流れる彼女からは艶やかな印象が消え、まさに鬼の形相を呈していた。


「顔は女の命だと思って攻撃しないでいてあげたのに。もういいわぁ。早いところ始末してあげる」

「うわぁ、せっかくの綺麗な顔が台無しだよ。

 ……紅羽の本気、見せてあげるね」


 両者が同時に地面を蹴る。キン、という音が彼方此方から聞こえ、徐々にその激しさが増してゆく。二人とも身体が軽くしなやかな為、その接近戦にはまるで舞を踊るかのような美しさがあった。


「そうよ、私はこれがしたかったの。私の動きについてきてくれるなんて嬉しいわぁ」

「アナタこそ大したものね。結構斬ったつもりなんだけどな」


 アルルが鋏を振ればソフィアが回転しながらかわし、ソフィアが刀を振ればアルルが尻尾で防ぎ。互いに一歩も譲る気は無い。


「はぁ、さすがに疲れてきたかも」


 ソフィアのスピードがほんの少し落ちるのを、アルルは見逃さなかった。

 足元を狙われたソフィアは飛び上がってギリギリのところでかわす。しかしアルルは次の攻撃を仕掛ける気配がない。何かと思っていると、目の前に片鋏が現れた。


「っぐぅ、ぁ……!」


 柄の部分が腹部にヒットする。臓器が圧迫され、肋骨が数本折れるのを感じる。激痛が身体中を巡る。何とか両足で着地したものの、すぐに膝をついた。


「うふふ、使えるのは刃の部分だけじゃないのよ」

「やってくれたわね……げほっ、実力を見誤っていたみたい」


 腹部を押さえながらそう言う。既に身体中に切傷もあるため、あらゆる所に痛みを感じた。これ以上負傷すればおそらくやられてしまうだろう。

 ソフィアは胸の部分に感じる温もりに手を当てる。キースが与えてくれた補助魔法は一度しか使えない。どう使用するかが鍵となる。


「キースさんの力、借りるね」


 重く響く痛みを堪え、ソフィアは立ち上がる。少し離れたところでは鋏を一本に戻して構えるアルルの姿があった。

 ソフィアも刀を構える。全身に温かな血が巡るのを確認し、両足に力を込めた。


「紅羽、行くよ!」


 強く地面を蹴り一気に駆けてゆく。そのスピードは先程の戦闘時を遥かに凌いでいた。


「さっきより早……!?」


 アルルが言い終える前にソフィアが斬りかかる。素早さについていけないアルルは、ひたすら大鋏を振り回していた。


「ちっ、小賢しい……!」


 加速をつけて刀を振るうため、硬い鱗ももう盾の役割を果たせていなかった。手足や尻尾からも血が滴る。

 しかしアルルはまだその場に立っていた。その気力に関心したくなる程だ。


「お姉さんのその根性には負けちゃう」

「お子様が何を」

「でもこの勝負は私の勝ちよ」


 そう言って更にスピードを上げる。最早彼女の姿は見えず、代わりに突風が巻き起こった。その中心にいるアルルは、地面に鋏を突き刺して暴風に耐えていた。流れる血液が風に巻き込まれていくのを、気にする余裕などない。

 一方ソフィアの足は既に悲鳴を上げていた。小さな傷口が開き、彼女の血液も風に舞う。


 二人の血液が混ざり合い、突風を赤く染め上げてゆく。


「これで仕上げよ!

 秘技、紅吹雪(べにふぶき)


 大きな一振りとともに、突風が両断される。赤い血液が吹雪のように舞い散ると共に、中心にいるアルルの身体が空高く上がった。

 ソフィアは紅羽をもう一振りする。すると地面に叩きつけられる寸前でアルルの身体がふわりと浮いた。そのまま彼女は静かに仰向けとなる。


「お疲れ様、紅羽」


 クルクルと華麗に回すと、そのまま光となって紅羽が消えた。倒れているアルルの元に近付くと、彼女が首だけこちらに向ける。


「まだ終わったわけじゃ……」

「もう身体動かないでしょう。やめときなよ」

「だったら早く殺しなさいよ」

「命を大切にしなさいって、お母さんから言われなかったの?」

「私達は殺し合いをしていたのよ……。私を殺さなくてどうするの」


 アルルが掠れ声で訴える。

 確かに命懸けの戦いをしてはいたが、キースから生かしておくように言われている。そう伝えても納得しなさそうなこの頑固なお姉さんを、どうやって丸め込もうか。

 考えていると、ふと彼女の言葉を思い出した。


「死にたがりのお姉さん。お望み通り、お姉さんの“命”、もらうね」


 ニコッと笑ったソフィアは素早く手を横に振る。アルルは目を見開いた。


「うそ……で、しょ……。わたし、の……かおが……」


 それだけ言ったアルルはそのまま気絶する。彼女の右頬からは血が流れ出ていた。

 ソフィアは彼女の顔を覗き込む。傷付けたものの、すっと鼻筋が通った綺麗な顔に変わりはなかった。


「そんなに顔って大事なの? 私も大人になったら分かるかな」


 徐ろに隣に寝転ぶ。折られた肋骨の痛みが響いた。


「いてて。……ふふ、久しぶりに楽しかった! さ、篤志たちが終わるまで待ってよ」


 真夏の直射日光が火照った身体を更に焼き尽くす。しかし、どこか嫌な感じはしなかった。

 少し遠くから、幼馴染二人の声が聞こえる。二人も頑張っているようだ。でも、彼らなら任せて大丈夫だろう。


 ソフィアは静かに目を閉じる。そよぐ風に身を任せ、そのまま意識を手放した。

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