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地球を征服しますか、それとも救いますか  作者: ずんだ千代子
一章 平穏な日常の終わりは突然に
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① 「最後だからって気合い入れすぎだろ」

挿絵(By みてみん)




 もうどれくらい動き続けたのだろう。熱のこもった脳は油断したら思考を止めてしまいそうだ。

 肩で呼吸をするほど息が上がっている。額からの汗は頬を流れ、熱気で眼鏡もやや曇っていた。しかし、吐かれる息はいつも通りの白。この白い息だけが、自分が氷点下の中にいるという現実を思い出させてくれていた。


大地の叫び(ボーデンルーフ)!」


 距離を取っていた同級生が言うのと同時に、足元が激しく揺れ出す。膝をついてやり過ごそうとするが、周りには突風が巻き起こっており思うような体勢が取れない。

 悪戦苦闘していると、前方から尖った石が飛んできた。


「っつ!」


 頬や腕に鋭い痛みが走る。しかし怯んでいる暇などない。急激に間合いを詰めてきた彼の手に、演習用の短剣が握られているのが見えた。


「ぐっ」


 右手の甲につけた防具でとっさに短剣を(はじ)く。ガキィンという金属音が鼓膜を揺らすと同時に、衝撃が腕を震わせた。


「チッ、今度こそ」

「させません。ガン!」


 再び突っ込んできた彼の一振りを避けて、懐に右手を忍ばせる。そこから素早く痺れ技を放つと、途端に相手の体が小刻みに震え出した。

 膝をついて崩れる同級生の首元に、すかさず彼が落とした短剣を当てる。目の前の同級生は、腹を抑えながらものすごい剣幕でこちらを睨んでいた。


「そこまでだ」


 横から野太い声が聞こえた。それを合図に、短剣を地面に置く。


「時間、二分四八秒。十六対四で勝者、アッシュ・ハイディア。お前らの演習は以上だ。着替えておくように」

「ありがとうございました」


 息を切らしながら相手に礼をし、声の主である厳つい教官からタオルを受け取る。タオルの柔らかさが僅かに疲労を癒してくれた。

 汗を拭きつつ周りを見る。高い塀と明るいライトに囲まれた場内には、武器を振り回している者たちがまだ数組いた。風を切る音、金属のぶつかる音が彼方此方から聞こえてくる。

 氷点下だというのにここはものすごい熱気が立ち込めていた。氷の大地には所々に水溜りが出来ている。


「早いところ着替えて」

「おっ、お前も終わりか」


 歩き出した矢先、短髪の生徒が近付いてきた。彼は話しながら汗の滲む腕を回してくる。


「さすがに今の訓練は応えたなー。最後だからって気合い入れすぎだろ」

「重い。それに臭います」

「まあまあそう言うなって。汗臭いのはお前も一緒だろ」


 ハハハ、と彼は陽気に笑った。

 同じ演習を受けたはずの彼からは、汗臭いものの、自分ほど疲れている様子は見受けられない。日頃の鍛錬の成果だろうか。


「応えた、なんて言っている割には余裕そうに見えます。レオンにとってはあのくらい朝飯前でしょうけど」

「アッシュは俺を何だと思っているんだ。俺の朝飯は特盛二丁だが今はそれ以上に疲れてるぞ。そうだな、特盛四丁分くらいには」

「はぁ……そうですか……」


 彼らしい例え方にややうんざりする。この食事と筋トレが命の幼馴染、レオン・ハルベルトの思考は、常人のそれとはズレているのだ。


「あの、いい加減腕下ろしてくれます? 重いし硬いんですが」

「わりぃな。俺の筋肉が発達し過ぎてるばかりに」

「全くですよ。ではお先に」


 これ以上相手をしていると面倒臭そうなので、肩が軽くなった瞬間に歩き出す。「待てよー!」という声がしたが、もう立ち止まることはしなかった。


 足の向く先にあるのは、重厚感のある背の高い校舎。その玄関には【国立魔法強化訓練校 リマナセ】と彫られた石看板が置かれている。

 玄関からは既に授業を終えた生徒達が帰宅していくのが見えた。その中には大きな荷物を持っている者もいる。


「お、あれは下級生か? いいよな、早く帰れて」

「この時間まで演習があるのは、僕達四年次と最上級生のみですから」

「ま、俺達もこれで終わりだしな。明日からはやっと中間休暇だぜ」


 頭を下げて過ぎる後輩らを見つつ、レオンは伸びをした。

 ……なんて気の緩んだあくびをしているのだろう。


「んじゃ、休暇は俺と筋トレに励むか」

「断ります。僕は図書館に籠りますので」

「なんだよ。つれないなぁ」


 腕に力瘤を作るレオンをあしらい、校舎の横にある建物を見る。その別館にはアテラでも随一の規模を誇る図書館があり、そこでひっそりと本の虫になることが自分の楽しみだった。様々な裏の顔が噂されるリマナセに入学したのも、この図書館を利用するためだ。

 約一ヶ月の中間休暇は、本を一気読みできる唯一の機会。レオンには悪いが、この休暇は自分の時間を楽しみたい。


「まー毎年のことだからいいけどよ。体が鈍らないよう、走り込みには付き合ってもらうからな」

「その時は短距離にしてください」

「おう。校内三周くらいな」

「それは短距離と言わないのでは……」

「そうか?」


 何の疑問も持たない様子に半ば呆れるが、これ以上は突っ込まないことにしよう。

 いつもよりも静かな校舎は外よりも僅かに暖かく、汗で冷えてきた体には心地良い。


「おっと、終礼まで時間ねぇや。早いとこ着替えようぜ」


 時計を見ると、五分後には終礼が始まる時間だった。今日は前期最後の終礼だけに、遅れるわけにはいかない。


「そうですね」


 演習を終えた様子の同級生達が小走りに去っていく。それに混ざって、自分達も小走りに更衣室へ向かった。



 卒業まで残り一年半。来年の中間休暇は就職活動等で忙しいと考えると、ゆっくり出来るのは今回の休暇が最後だろう。

 僕が望むのは、静かに日常を過ごすことのみ。それさえ叶えば、仮にレオンの筋トレに付き合わされても問題はない。


 ……だからどうか、この平穏な日常が続いてほしい。気負うものがないこの生活がどれだけ恵まれているかを、僕は知っている。

 もう僕は、あの時のような思いはしたくないのだ。


「まぁ、そんなに突然日常が変わるとは思いませんけど」

「なんか言ったか?」

「いえ、独り言です」


 レオンがロッカーを開けながら尋ねるが、あまり気にする気配はない。変に探られるよりは良かった。

 自分の思考を思い出し、鼻で笑う。自分は敢えてなるべく目立たないように今まで生活してきたのだ。そんな自分に、妙な何かが起こるとは到底思えない。


 三分前を知らせるチャイムが鳴る。

 いつもよりやけに大きく聞こえたが、気の所為だと思うことにして制服に着替えた。

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